M女とドS

「おいっ、お前達、

ここで何をしている!?」


扉を開けると、スタッフの男に

荒々しい声で呼び止められる。


「ここが、厨房ですか」


奴隷の姿をした愛倫アイリンを連れた慎之介は

その場の機転で適当なアドリブで誤魔化す。


「食事にはどんな食材を使っているのか、

大変気になるところですね……

僕は超高級食材しか口に合わないものでして」


そう、悪魔のことなど何も知らないVIP待遇の客、

我儘わがまま傲慢ごうまんな大金持ちの坊々ぼんぼんとして

傍若無人な振る舞いをしていればいいのだ。


向こうは腹立たしく思うだろが、

こちらが超優良見込み客である以上、

ないがしろに扱うことは出来ない。


悪魔が手を焼くぐらいに

我儘で傲慢な人間を演じればいい。


いざとなれば、羊の皮を被った

愛倫アイリンという狼がいる。

今の状況的には羊の皮というよりは、奴隷の皮

もしくはドMの皮と言った方が相応しいのだが。



案の定、慎之介が握るリードに繋がれている

愛倫アイリンの姿を見て、

呼び止めた男は態度を豹変させて

猫撫ねこなで声で礼儀正しく対応して来た。


「お客様、さすがにここは

衛生上の問題がございますので、

立ち入りはご遠慮ください」


奴隷姿の愛倫アイリンを連れているのは

トップランカーの看板を見せびらかして

歩いているようなもの。

噂になっている超優良見込み客だと

男もすぐに分かったのだろう。


「確かに、おっしゃる通りですね、これは失礼」


そこが目当ての場所ではないことを確認した慎之介は

船内を見て回る迷惑な客を装う。


「さて、次はどこに行きましょうか、

この雌犬めすいぬもお散歩させなくてはいけませんしね」


それらしいことを言いながら

握っているリードを強く引っ張る慎之介。


「あぁ、あんっ……」


首輪を引っ張られて、

思わず艶めかしい声で鳴く愛倫アイリン


そのせつなさの中にあるエロスに

加虐心を果てしなく掻き立てられた男は

ゴクリと唾を飲み込む。


「じゃぁ、雌犬ちゃん、お散歩を続けようか」


再び首輪を強く引っ張る。


「あぁ、わんっ……」


 ――なんでワンなんだよ

 もうこの人絶対ノリノリでやってるだろ


-


「まさか、悪魔が衛生を語るとはね……」


慎之介の耳元に寄って小声で愛倫アイリンが囁くには

どうやら今の男は人間を装った悪魔だったらしい。


「とりあえず次を探しましょう」


誘拐された七名の人魚が何処にいるのか、

まだ分かってはいない。

巨大豪華客船と名乗るだけあってそこそこ広く、

この調子で見て回るのも時間が掛かる。


我儘で傲慢なVIP客を装いながら

慎之介と愛倫アイリンが探し続けると、

交替で見張りが立っている

明らかに怪しい通路へと辿り着く。


おそらくその先にある積荷置き場に

人魚達が捕らわれているのであろうと

慎之介はすぐに察した。



「困ります、

さすがにお客様でもこの先に入られては」


人間に扮した悪魔は制止する。

何も知らぬ客を装って突破を試みようとした慎之介だが、

さすがにここでは止められた。


「ここは、この後開催されるオークション、

そこで出品される異世界の娘達の控え室となりますので」


確定情報は引き出せたが、

出来ることなら中の様子も見てはおきたい。

この規模で人身売買のオークションをすると言うなら、

おそらく捕らわれいるのは

人魚の七名だけではないだろう。


愛倫アイリンも慎之介と同じことを考えたのか、

既に魅了の術が発動されていた。


「どうぞ、こちらです」


人間を装った悪魔は魅了の術をかけられ

二人を部屋の中へと案内して行く。


これまで気配を察知されることを懸念して

一切術を使って来なかった愛倫アイリンだったが、

そろそろ正念場、開戦も辞さないと覚悟を決めたのだ。


悪魔にはサキュバスの魅了が通じないことが多いが、

下級悪魔で愛倫アイリンとの実力差があったため

今回はあっと言う間に術中に落ちた。



積荷置き場にはコンテナが積み上げられており、

その奥には幾多いくたものおりが積み重ねられている。


「さすが悪魔だね、控え室がおりとは

あいつららしい笑えない冗談だよ」


檻の中に閉じ込められている者達、

予想以上にその数は多い、

三十名以上はゆうに超えているだろう。


エルフ、ダークエルフ、獣人、有翼人、

こちらの世界に移民して来た

ほぼすべての種族がいるのではないかさえ思える。


暗い顔をして俯いている捕らわれの女達、

この先我が身に降りかかる運命に

恐れおののいているのであろう。


愛倫アイリンさんっ!」


その中に人間の娘達を見つける。

七名全員まだ無事のようで安堵あんどする慎之介。


愛倫アイリンの名を聞き、

捕らわれている者達

それまでの暗い顔が一変した。


異世界から来た者で

愛倫アイリンの逸話を知らぬ者はいない。

助かるかもしれないと希望の光が見えたのだろう。


「みんな、

今あたし達の仲間が助けに来るから、

ここでもう少しだけ辛抱しておくれよ」


別の場所に待機している

仲間のリリアンに思念を飛ばす愛倫アイリン


捕らわれの者達を今すぐにでも

解放してやりたいところだが、

水が無いところでは人魚の動きは遅い。

そして予想以上のこの人数を連れて

二人で逃げ切れるとは思えない。

やはり当初の作戦通りにいくしかないだろう。


そう考えた愛倫アイリン

船の構造と救出者の位置を細く

リリアンに伝えるべく思念を送り続けた。


そして慎之介は覚悟した。

この酷い有り様を見て

自分ですら怒りを感じているのだ、

愛倫アイリンの怒りはどれ程であろうか。

今回は愛倫アイリンの怒りを止めるのは無理そうだと。


-


ねえさんから連絡が来ましたよ」


リリアンは愛倫アイリンから伝えられた内容を書き留める。


今リリアンが居るのは

日本の領海内ギリギリに停泊している船舶の中。


ここには漁村に居たお爺ちゃん達の船、

村の総力を挙げて知合いに頼み

出してもらった船舶が多数停泊、

民間船団が結成されている。


村の魚人族達は既に水中で待機、

いつでも救出に向かう準備が出来ていた。


空にはサキュバスの仲間達と

協力してくれている有翼人が、

小型ボートには救出部隊として

ニンジャマスターの忍軍がスタンバイしている。



「想定していたよりも、

救出対象者が多いですね……」


作戦と言っても、いつものように

愛倫アイリンが悪魔をぶちのめしている間に、

手薄になった警備をかいくぐって

人魚の娘達を助け出すというもの。


ニンジャマスターが率いる忍軍が

先陣を切って大型客船に侵入し、

悪魔と交戦になった場合は

救出対象の逃げ道と退路を確保しつつ応戦。


リリアンをはじめとするサキュバス達は、

能力で檻の鍵を壊して、

捕らわれている者達を誘導、

人魚はそのまま船から海に飛び込む。


水のないところでは足が遅い人魚でも、

水中に入ってしまえば

そうそう悪魔に追いつかれるものではない。


しかし人魚以外に

海が得意ではない救出対象が多いため、

サキュバスと有翼人が抱えてここまで運ぶ必要がある。


「こんな時、空飛ぶ魔獣とかドラゴンが居れば

便利なんですけどね」


「なあに、いざとなったら、

あたい達が大きめの蝙蝠に変化へんげして

背中に乗せて運んでやんよ」


ヤルヤン達黒ギャル派も

当然救出作戦には参加している。


「やばいっすよ、あねさん、

潜入捜査で人質救出とかマジかっけぇっす!」


「女のあたしでも鼻血でますわ!」


「もうこれ、

完全に女捜査官系AVじゃないっすか!」


「設定がエロいっしょ、これ!」


根は悪い達ではないのだが、

どうにも致命的に空気が読めない。



「当初の想定よりも時間が掛かりそうですけど、

そこは忍軍のみなさんに

頑張ってもらうしかありませんね」


「拙者達にお任せでござるよ

しかしこれだけの規模の実戦は

こちらに来てはじめてござるな」


いつもは脱力系諜報機関キャラだが、

愛倫アイリンに術を教えるぐらいに

ニンジャマスターも腕が立つ。


「あのおこり具合だと船沈めかねないんで、

とりあえず急ぎましょう」


-


人身売買オークションの開始を

今や遅しと待ち侘びる人々。


会場に集まった者達、その数はざっと五百人以上、

乗船しているすべての人間とほぼ同数。

元々この豪華客船は数千人以上を

収容出来るクラスのクルーズ船だ。


奥のステージ上、

スポットライトに写し出される美しいシルエット、

それを見た瞬間、

人々のボルテージは一気に最高潮まで登り詰め

異様な熱気に会場が包まれた。


目隠しをして、手錠と首輪に拘束された

抜群にスタイルがいい女奴隷。


男達は鼻息を荒くし、

自分こそが競り落としてやると意気込み、

女達も黄色い歓声を上げる。


人間の強欲が高密度に圧縮され、

弾け飛び昇華する瞬間。



だがしかしスポットライトの逆行の中、

奴隷である筈の女は突然叫ぶ。


「レディース、エンド、ジェントルマン!

変態紳士淑女のみなさま、ごきげんよう


悪魔が主催する狂乱の宴へ、ようこそ」


一転会場の人々は一気にざわめく。


「これからはじまります余興は、

サキュバスと悪魔達による

ダンスパーティーという名の死闘


巻き込まれて死にたくなければ、

とっとと救命ボートでお逃げください」


そう言い終えた時、

既に愛倫アイリンを拘束していた

手錠と首輪、目隠しは既になく、

両の手には二丁の銃が握られていた。


間髪入れずにその両手を左右に広げ、

二丁拳銃を乱射する愛倫アイリン


人々は悲鳴を上げて会場の出口へと逃げ惑う。


人間のスタッフを装っていた会場の下級悪魔が

次々と血を流し倒れ、その正体を現して行くと、

それを見た人間達はさらに阿鼻叫喚、

パニックを起こして我先へと逃げる。



ちょっとした地獄絵図の様相。


「いかにも悪魔が好きそうな

人間の恐怖心なんだけどね、

その肝心の悪魔がくたばっちまってるというね」


口角を吊り上げて悪魔的な微笑を浮かべ、

愛倫アイリンは闇の眷属らしさを垣間見せる。


だがもちろんここに居る

人間を殺すようなことはしない。


愛倫アイリンは千年生きて来た中で

人間に重傷を負わせたことは多々あるが、

人間の命を直接奪ったことは一度もない。


あの逸話の中ですら

王国の王と兵士に重傷は負わせたが、

直接殺してはいないのだ。


ただ負傷した王と兵士は、

解放された奴隷達によって、恨みを晴らすべく

撲殺され留めを刺されてはいたが、

愛倫アイリンはただ悲しそうに

それをじっと見つめているだけであった。



会場の騒ぎを聞きつけ

続々と駆けつけて来る下級悪魔達。


「さあ盛大なパーティーのはじまりだよ

今夜は激しく踊り明かそうじゃないか」


二丁の銃を乱射し

次々と悪魔を葬って行く愛倫アイリン


「さあ、誰があたしと踊ってくれるんだい?

まぁ、あんた達じゃ、あたしのダンスに

ついて来られないかもしれないけどね」


下級悪魔達が血を流し倒れて行く様に

嬉々としている愛倫アイリンを見て、

舞台袖に隠れていた慎之介は思う。


 ――こういう時は完全にドSなんだよなぁ

 女ってこええよなぁ






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