The・シャドウ

やつれた慎之介と

精気を得てツヤツヤしている愛倫アイリン


「いやぁ、若いって羨ましいですな」


魚住さんはすっかり勘違いしている。


「いえ、絶対違いますからっ!」


「もう慎さんもさ、

いつまでもずっとそんなこと言ってないで

観念しちまったらいいじゃあないか」


「一緒にお泊まりまでした仲なんだからさ」


二日目は魚住さんと

事務方の仕事をこなす予定になっていた慎之介。


さすがに愛倫アイリンも邪魔する訳にはいかないので、

一人で村を散策する事にする。



田舎道をただブラブラと歩いてみるが、

人通りもなく車もたまにしか通らない、

確かに過疎なのは間違いない。


とは言えこちらの都会に人が多過ぎるだけで

異世界ではこれぐらいが普通だったようにも思う。


海岸の防波堤まで来て、

風に吹かれながらしばらく海を見つめる。


自然環境と言うことであれば、

やはり生まれ故郷の異世界の方が

遥かに美しかったのは間違いない。

ここは文明の発達と共に

多少なりとも自然環境を犠牲にした

世界なのだからそれは仕方がないのだろう。


異世界の海とは比べ物にならないぐらい

汚れた海だろうに、文句を言うこともせず

こちらの生活に満足している、

そんな魚人族にはちょっとした尊敬すら覚える。


もともと魚人族は

おかの連中に比べれば

穏やかな者が多かったから、

こんな奇跡のようなことが

起こったのかもしれない。


そんなことを考えながら

ぼうっとしばし海を眺める愛倫アイリン


-


「誰かいるね? 出て来なよ」


いつからか気配を感じていた愛倫アイリン

殺気や邪念などは一切感じないので

おそらく敵ではないだろうとは思っていた。


「これは失礼しやした、

アイリンねえさんの姿をお見かけしたので、

ご挨拶しておこうかと思った次第で」


日が当たる防波堤の影から

人型の影が現れるが、

すぐそばに本体と思われる者の姿はない。


「なんだい、シャドウかい」


その影がより黒の濃さを増して

次第に鮮明になって行く。


まるで影絵のような真っ黒な人型、

左目だけが輪郭を白くふち取られているが、

それ以外はすべてがただ黒いだけ。


そして厚みを持たず、

まるでニ次元の生命体であるかのように

地面に貼り付いている、

それがThe・シャドウ。

Theを付けるのが面倒なので

みなはシャドウと呼んでいる。


影の中に生き、影から影へと移動を行い、

夜は闇の中で活動する、

その特性を活かして異世界では

情報収集のプロ、情報屋を生業なりわいとしていた。



「あんたもここに住んでいるって言うのかい?」


魚人族と違って、

シャドウはこの地への適性が高い訳ではない。

彼の場合は都会の中でこそ

その特性を活かすことが出来るだろう。

まぁシャドウがこれからは普通に平穏に

暮らして生きたいと思っているなら

また話は別だが。


「依頼者との守秘義務ってのがありますんで、

詳細を明かすことは出来ませんが、

アイリンねえさんではありますし……」


シャドウはそう前置きした上で、

答えられる範囲のことを話す。


「とある筋から依頼がありましてね、

それを追って調査をしてたんですが、

それ絡みでたまたまこの地へ来てみたら

本当に偶然アイリンねえさんを

見掛けたという訳でして」


「へぇ、そうなのかい

日本は広いってのに

そんな偶然もあるもんかね」


少し気になったが、守秘義務と言われてしまえば、

さすがにそれ以上詮索する訳にはいかない。


「まぁ、ここに何かがあるかもしれませんし、

何もないかもしれません、それぐらいに

まだ目的には遠い状態でして」


「そうかい、あたしは

あんたがまっとうな仕事をしてくれてるのなら、

それでいいのさ


あんたの情報収集能力はとかく

闇稼業の奴等に利用されがちだからね」


「安心しておくんなせえ、ねえさん、

そりゃもう真っ当な筋からの仕事ですんで

これ以上はねえってぐらいの……


おっと、いけねえ、

それじゃあ、ねえさん、

あっしは先を急ぎますんで、これで」


ついつい愛倫アイリンにつられて

余計な事を言いそうになったシャドウは

慌ててその場を去って行く。


「これ以上ないぐらいの

真っ当な仕事ねえ……」


防波堤の影の中に再び消えたシャドウ、

その気配はどんどん遠のいて行く。


-


「本当かい!?

一緒にバカンスしてくれるのかい?」


今回特に問題らしい問題もなく、

予想以上に早く仕事が片付いたので

午後は愛倫アイリンと過ごすことにする慎之介。


普段いろいろとお世話になっていることだし、

お礼の意味も込めて

ここで少しぐらいねぎらってあげたとしても

さすがにバチは当たらないだろう、

そんな気が慎之介にはあった。


まるで幼い子供が

遊んでもらえることになって

喜んでいるかのように

無邪気にはしゃぐ愛倫アイリン


普段の比較的クールな面影は全く無く、

まるで無垢な幼い少女のようにも見える。


今だけ見れば千年を生きて来た

レジェンド級サキュバスとは到底思えない。


しかし少なくとも百年以上、愛倫アイリン

こんな表情を見せることはなかったことを

慎之介は知るよしも無い。

その希少価値を全く知らないのだ。


そして、女はいろんな顔を持っており、

恋する女はいくつになっても好きな男の前では

可愛らしい女の子の側面があるということも

恋愛経験ゼロの慎之介が知る筈も無い。



「よし、慎さん

釣りで勝負をしようじゃあないか」


防波堤で釣りをはじめる二人。


「あたしが勝ったら

今晩も一緒に添い寝してもらうからね」


「そんな約束してないじゃないですか」


次から次へと釣り竿で魚を吊り上げる愛倫アイリン

一方の慎之介は釣り針が動く気配すらない。


愛倫アイリンさん、

本当に釣り上手なんですね」


素直にその腕前に感心する慎之介。


「なぁに、

千年も生きてると、退屈で仕方ないからね、

大概のことは一通り

やってみたことがあるのさ」


「それにね、あたしは

こっちの世界で見た釣りのコメディ映画が大好きなんだよ」


余裕の表情で勝ち誇っている愛倫アイリン


だがその様子を見て、

周りに居る魚人族はクスクスと笑っている。


「そりゃ、愛倫アイリンさんの魅了は魚にも効きますからね」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!

それってズルじゃないですかっ!」


釣り勝負はドローということになったが、

結局その晩も愛倫アイリン

寝ている慎之介のベッドに潜り込み、

朝になって大騒ぎする羽目になる。


-


「慎さん、どうだい? この水着は」


白ビキニの水着でセクシーポーズを決めている愛倫アイリン


まだ今朝のことを生々しく鮮明に覚えている慎之介は

愛倫アイリンなまめかしい姿を直視することが出来ない。


「とっても素敵ですよ」


顔を真っ赤にして目を逸らしている慎之介。


「黒の方がよかったかね?」


愛倫アイリンはそう言いながら

水着の色を白から黒に変えてみせる。


この水着もどうやら市販の物ではなく

愛倫アイリンの術によって物質化しているようだ。


その都度、チラ見しては褒める、

それを繰り返す信之助。


「ん? ああそうかい、

今朝あたしの全裸を見ちまったから、

水着よりも中身の具が気になって仕方ないんだね」


「いえ!違いますから!」


「なんだい慎さん、

そうならそうと言っておくれよ、

慎さんだったら見たい時にいつでも見せてあげるんだよ」


「いや、いや、いや、いや……」


なんだか最近、愛倫アイリンの痴女化が

激しくなっているような気がする慎之介だったが、

本来のサキュバスの姿としては

むしろこちらが正しいので仕方ない。


-


それからも海水浴にダイビング、海水温泉やらと

残りの時間を二人で楽しく過ごした

愛倫アイリンと慎之介。


二泊三日の視察が終わった帰り道でも

愛倫アイリンはまだ少しテンションが高い。


「慎さん、すごく楽しかったね

また二人で一緒に旅行しよう、ね」


キラキラとした笑顔で

嬉しそうにそう言う愛倫アイリンを見て、

ついつい可愛いと思ってしまう慎之介。


「今回はあくまで視察、ですからね」


 ――こんなに喜んでくれるのなら……

 一緒に来てよかったのかな


今回の視察で、慎之介は愛倫アイリンのことを

今まで以上により身近な存在として

感じられるようになっていた。

二人の距離が近付いたように感じていた。


-


だか愛倫アイリンのヴァケーションもここまでで

数日後には再び女戦士の顔に

戻らなければならなかった。


この漁村に居た人魚の娘達七名が

忽然と姿を消して行方不明になったのだ。






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