守秘義務

魚人族が移民したあの村から、

ある日突然七名の人魚の姿が消えた。

彼女達は今もなお行方不明のままだと言う。


愛倫アイリンと慎之介は先日訪れたばかりの漁村を

急いで再び訪れることになる。


前回とはまるで異なり

険しい顔をしている愛倫アイリン

ピリピリしているのが

慎之介にも手に取るように分かった。


移動中、改めて状況を確認する慎之介。


「可能性として、

本人達の意思による失踪、事故、事件、

三つが考えられると思いますが……


まず本人達の意思による失踪の場合……


先日の視察での様子を見る限り、

とても失踪する原因となるような

不満があったとは思えません。


しかも七名という大人数で、

いきなり集団家出のような真似をするというのは

考えにくいのではないかと……


あの後、村の人達との間に

何かトラブルが発生して

それが原因で嫌気いやけが差して

村を出て行ったという可能性も

ゼロではないでしょうが……


それでも他の魚人族の仲間達に

一言も何も言わずに突然消えるとは思えません」


「次に事故の可能性ですが……


もし彼女達が海難事故にあっていたとして、

人魚ほどの水中適性を持った生命体が、

七名全員みな死亡するとも思えません。


生存者が一人ぐらい居ても

おかしくないのではと思えるのですが、

その辺りはどうなんでしょうか?」


「そうだね、

まず人魚が海難事故と言うのが

猿が木から落ちるよりはるかに難しいだろうね


水中に巨大水棲生物でも居て、

まぁクジラとか巨大ザメとか、

そんなのにいきなり食われたとかでもない限り

海難事故で死亡するなんてことは有り得ないだろうね、

ましてや七人も一遍いっぺんに」


「となると、

やはり事件ということになりますが……


これも疑問が残らない訳ではないんです


もし仮に誘拐などの事件だったしとして

七名を一度に誘拐するというのは

かなり大掛かりな組織の犯行ということになります。


いくらあの村が過疎だと言っても

そんな大人数が村に侵入して来たら

気づく人もいるのではないかと思うのですが」


「いや、慎さん、そうとも限らないよ」


「この間見た限り、

人魚の家は海岸線にあったからね、

まぁそりゃ人魚は

もっとも水が必要なタイプだから

当然そうなるんだけどね」


「ああ、なるほど、

海路から侵入するということですか」


「異世界でも、

人魚ってのは誘拐されやすくてね


見た目華やかで美しい、

それでおかに上がるとそれほど機敏には動けない、

さらい易く、逃げられにくい、

誘拐犯からすれば

これ程楽な相手はいないからね、

格好のターゲットにされちまうのさ」


苛立いらだちを隠せない愛倫アイリン

しかしこの時はまだ慎之介も今回の事件が

愛倫アイリンの最大の地雷だとは全く知らなかった。


-


漁村についた愛倫アイリンと慎之介、

あれからわずか数日しか経っていないというのに、

心なしか村からは明るさが消え、

暗い雰囲気に包まれているように見える。


この数日で村人と人魚達の間で

トラブルなどが無かったか、

魚住さんや魚人族の者達から話を聞く慎之介。


一方で愛倫アイリンは空から気配を探る。

それは人魚達の気配ということではない。


あの時、守秘義務と言っていたシャドウ、

今回の事件に関する何かを間違いなく知っている筈。


愛倫アイリンは後悔していた。

あの時、シャドウをもっと問い詰めて、

あいつが持っている情報を自分が知っていれば、

もしかしたら今回の事件を

未然に防ぐことが出来たのかもしれない。



シャドウの気配を見つけ、

追い詰めることに成功した愛倫アイリン


「ねえさん、本当に勘弁してください

あっしは人魚失踪の件には関わってませんから」


表情が乏しく、そうは見えないが

困り果てているシャドウ。


「あたしも信じてやりたいところだけどね、

ここであんたが何かをやっていたってのは間違いないしね


その数日後に人魚の達が集団失踪、

さすがにそれを偶然たまたまと言うのはね、

そこまであたしもお人好しにはなれやしないねえ」


「いや本当にあっしは別件を調べてたんでさぁ」


「何を調べてたんだい?」


「いや、それは

守秘義務ってのがあるんで言えねえんでさあ

お願いですから、信じてくださいよぉ」


「あんたまさか、

人魚の達を調べて情報を売って

誘拐に協力したんじゃあないだろうね?」


「神に誓って、絶対そんなことはしてませんて、

ああどうして俺はこうも信用がねえのかなあ」


シャドウは天を仰ぐが

別に神を信仰している訳ではない、

どちらかと言えば闇の眷属だ。



「それにですね、

もしあっしが人魚誘拐に加担してるってんなら


あん時、あっしがアイリンねえさんに

わざわざ挨拶する訳がねえじゃないですか


そんな、ねえさんの

ブチ切れ案件だって分かってるのに

わざわざそんなことするなんて、

いくらあっしでもそこまでアホウじゃありませんよ」


「まぁ、それはそうだね、

だとしてもあんたが誘拐するとは知らずに

人魚の達の情報を

悪い奴らに流しちまったってこともあるだろうよ」


「いやそれは絶対ねえよ、ねえさん


人魚のことを調べてたんじゃねえし、

依頼主も悪い奴じゃあねえ、

信用してくださいよ」


「まぁそれはあんたが何をしてたのか、

話を聞いてから判断しようじゃあないか」


「勘弁してくださいよ、ねえさん


弱っちまったなぁ、

どうしても言えねえんだよなぁ」


「そうかい、可哀想なんだけどね、

生憎あいにく今あたしも虫の居所が悪くてね


どうしても教えられないと言うのなら、

力ずくで教えてもらうしかないかね」


「そ、そんなぁ、

ちょっと待ってくださいよ


これでもあっしもプロですから

守秘義務ってのを守らないとですね


いやそれ以前に、漏らしちまったら

この世界から消されちまうかもしれないんでさぁ


勘弁してくださいよぉ、ねえさん」


-


「力ずくは、

なくてもよさそうですよ」


懇願しているシャドウ、

そこに割って入って来たのは

愛倫アイリンを探していた慎之介だった。


「自分の携帯に連絡がありました。

これから先はシャドウさんと合流するようにと」


「今、あなたの依頼主と電話がつながってますんで

情報共有の許可を確認してください」


慎之介は手にしていた携帯を

シャドウが横たわっている地面に置く。


電話で話しているシャドウを見て

厚みのないボディでよく携帯が使えるものだと

妙な感心をする慎之介。



「どういうことなんだい? 慎さん」


まだ事態を把握出来ていない愛倫アイリン


「彼の依頼主は政府の諜報機関の関係筋、

天下の公僕ですので、

自分の仲間ということになるんですかね」


「じゃあ、シャドウが調べていたってのは……」


愛倫アイリンは嫌な胸騒ぎがしてならなかった。

以前と同じで、その名前が出る前に

相手が何を言おうとしているのか直感で分かってしまう。


「悪魔、ですね」


「また、あいつ等かい……」


込み上げて来る怒りと、

既に悪魔がこれ程までに

暗躍しているという焦りと不安、

不憫ふびんな人魚の娘達に対しての悲しみ、

いろんな感情が溢れて、

複雑な胸中の愛倫アイリン



以前病院でプリーストが見たという悪魔の目撃情報、

それを上長に報告した慎之介、

政府は悪魔の日本国内侵入の事態を重く見て、

対策組織を結成し、調査に乗り出していた。


こちらの人間では悪魔の足取りを追うことが困難なため、

異世界の情報収集のプロ達に依頼をしていたが、

その内の一人がここに居るシャドウということになる。


「あんたのことを疑ってすまなかったねえ……

そこは素直に謝罪させてもらうよ」


「いいってことですよ

アイリンねえさんの気持ちは

あっちの世界に住んでた者なら

みんな知ってますから」


現時点で、

悪魔が人魚達をさらったという確証はない、

ただあるのは状況の積み重ねだけ。


だが愛倫アイリンはこれが間違いなく

悪魔の仕業であると確信していた。



「人魚を誘拐したのが悪魔だと仮定して……

その場合、悪魔はどうしますかね?」


「あいつら自身は

人魚には興味がないだろうからね、

売り飛ばすだろうね、人間に……」


「人身売買、ですか……」


慎之介の頭には浮かぶ、

日本で人魚にまつわる残酷な伝説……

しかしそれを愛倫アイリンの目の前で言うなんてことは

とても出来るものではなかった。


だが愛倫アイリン自らがそれについて触れる。


「運が良ければ、性の奴隷として

変態の慰みモノにされる程度で済むけどね……」


「運が悪ければ、人魚の肉を食べたら

不老不死になれると信じている人間達に

食われちまうかもしれないね」


拳を強く握り締めて

愛倫アイリンは怒りに震えている。






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