夜明けのコーヒー

眠っている慎之介。


なんだかとても柔らかいものを感じる。

きめ細かいモチモチした感触が

肌にまとわりついて心地良い。


寝ボケながら思わず抱きしめて頬をすり寄せる。


こんなに柔らかく気持ちいいものが

この世にあるのだろうか。


触っているだけで心が落ち着き

何故か妙に安心して癒される。


なんだかよく分からないが、

気持ちのいい夢なので

このまま覚めないで欲しい。



夢の中だと言うのに、

愛倫アイリンさんの美しい寝顔が鮮明に浮かぶ。


透き通るような白い肌に、輝く金色の髪、

少しふっくらとした唇の横に一つある黒子ほくろ


ついに夢の中にまで

愛倫アイリンさんが出て来るようになってしまったのか。

美しい人なのでそれぐらいは

仕方ないと言えば仕方ない。


細くて長い首筋、なめらかな肩から腕への曲線、

それとはアンバランスな豊満な胸の谷間。

顔だけではなくついには体まで夢に出て来てしまったか。

まぁそれぐらい美しいのだから仕方ない。


信じられないぐらいに細いウェストから

なだらかにヒップへとつながって行き、

そのカモシカのような長い脚が

自分の体に絡み付いている。



いい匂いもするし、温もりもある、

自分もついにこんなリアルな夢を見るようになったか。


そもそも夢とは人間が持つ脳内の記憶によって

再現されているのだろうと思っていたが、

自分もついにこんなリアルな女性を

夢の中で再現出来る程になったのか。


…… …… …… ……


 ――いや、俺、まだ

 女性の全裸リアルで見たことないじゃん……


 ――そういや、俺まだ童貞じゃん…………



「ええええええええええっ!!」


寝ぼけて夢とうつつはざまを彷徨っていた慎之介、

全裸の自分と全裸の愛倫アイリン

抱き合っているという現実を認識し、

驚きのあまりとんでもない声を上げる。


 ――やべえ!昨夜どうしたっけ!?

 酒でも飲んで記憶なくしたとか??


普段は生真面目で『自分』と言っている慎之介だが、

こういう時はただの普通の若者と変わりない。


-


「おはよう、慎さん」


愛倫アイリンが目をこすりながら

寝ていた上半身を起こすが、

全裸なので当然胸やら何やらがバッチリ見える。


「ええぇぇぇぇぇっ!」


顔を真っ赤にしてテンパって狼狽する慎之介。


「いや、あの、その……」


もはやまともな言葉すら出て来ない。


そんな慎之介を横目に、

愛倫アイリンはベッドのシーツを手にし、

隠すように体に巻き付ける。


「もう、慎さんたら、

あんなに激しいんだから」


顔を赤らめ伏せ目がちに恥らう愛倫アイリン


「ええぇぇぇぇぇっ!」


もう頭から立ち上る湯気が見えそうなぐらいに

顔が真っ赤な慎之介。



深呼吸をして、改めて記憶を辿ると、

昨夜は愛倫アイリンの部屋の前で別れて、

自分はこの部屋で一人で寝ていた筈。


「な、な、なんで、

こんなことになってます?」


「せっかくの慎さんとの初旅行だってのに

一人寝はやっぱり寂しいからね、

夜中にこっそり忍び込んだのさ」


「鍵掛かってましたよね?」


「ほら、あたし達、

そういうの開けるの雑作もないから」


「いや、いや、いや、

でも、そうだとしても、

二人で全裸っておかしくないですか?」


「ああ、それね……」


妙な間に慎之介はごくりと唾を飲み込む。


「ちょっぴり、

慎さんから精気を分けてもらったんだよ、

ごめんね、慎さん」


舌を出して可愛い風に謝ってみせる愛倫アイリンだが、

いろいろと誤魔化そうとしている魂胆が丸見えだ。


「ええぇぇぇぇぇっ!」


サキュバスが精気を吸い取ると言えば、

やはり真っ先にあれが思い浮かぶ。



「全身の皮膚接触の方が、

効率良く質のいい精気が貰えるってもんなんだよ」


ここで大事なことに気づく。


 ――ん? 皮膚接触?


「本当はやっぱり、

粘膜接触が一番いいんだけどね」


「えーと、あの、その……」


愛倫アイリンの言葉から察した慎之介、

おそるおそる大事なことを聞く。


「えー、その、あの、ですね、

ぜ、全然覚えていないんですが、

が、合体とか、してたりは、しませんよね?」


「なにを言ってるんだいっ! 慎さん」


「す、すいませんっ!」


何を怒られているのかはよく分からないが

とりあえず謝っておく慎之介。


「いくらあたしがサキュバスだからって、

慎さんの記憶の無い間に、

大事な童貞を奪ってしまうなんて、

そんな野暮な真似はしないよっ!」


夜中にベッドに忍び込んで

相手を裸にひん剥いて

全裸で抱き付くのはいいのか?

という気がしなくもない。


「慎さんの初体験は

生涯忘れられないぐらいの

濃厚、濃密な一夜をプレゼントしてあげようと

あたしはずっと楽しみにしているんだよっ!」


怒りながらとんでもない妄想を垂れ流すのも

どうなのであろうか?

と決して口には出せないが、激しく思う。


というか、なぜ自分は怒られているのだろうか。


-


激しいのは寝相だったというオチもつき、

一旦は落ち着きを取り戻す慎之介。


「でも、よかったよ

いくらあたしが言い寄っても

かたくなに受け入れてくれようとしないから、

実は慎さんがEDじゃないかと

あたしは心配していたんだよ」


そんな心配をされていたとは

全く思っていなかった、

いやむしろ思っていたとしたらおかしい。


「でもこんなに元気なら

健康な男ってことだろうからね、安心したよ」


慎之介の股間を見つめながら

意味深な発言をする愛倫アイリン

心配かけてすいませんと言うべきなのか、

お気遣いありがとうございますと言うべきなのか、

なんだかもうよく分からない。



「こちらの世界の人間には、

こういう風に男女が二人で朝を迎えた時、

夜明けのコーヒーを飲むという儀式があるんだろ?

あたし、ちょっとコーヒーを入れて来るよ」


突っ込みどころ満載の

愛倫アイリンの発言だったが、

まだそれを突っ込むだけの余裕が

慎之介にはなかった。


ベッドから起き上がった愛倫アイリンが、

体に巻き付けていたシーツからスッと手を放すと、

そのままシーツがファサッと床に落ちる。


全裸の後ろ姿、

キュートな小尻も丸出しのままの愛倫アイリンに、

またもや慌てふためき狼狽する慎之介。


「じ、自分が入れますから」


そう言ってベッドから起き上がった慎之介だったが、

床に落ちたシーツが足に絡まり、

そのままよろけて二歩、三歩進むと

前に居る愛倫アイリンにぶつかって倒れる。


「痛ててっ」

「大丈夫ですか?」


咄嗟とっさにそう言った慎之介だったが、

完全に密着して愛倫アイリンの上にのしかかっていた。


慎之介の掌の中には、

愛倫アイリンの豊かな乳房が握られている。


「なんだい慎さん、

あたしの裸を見て欲情して

我慢出来なくなっちまったのかい?」


「あわわわわっ」


再び言語障害に陥った慎之介。


「こんなに大きくしちまって……」


全裸で密着すれば、慎之介の意に反して

体の一部が元気になるのは自然の摂理、

致し方ないというものだ。


「うん、いいよ、いいよ」

「一時の劣情に流されて求めてしまう感じ、

あたしは嫌いじゃない、と言うか好きだから」

「そういうのもっと大事にしていこう、慎さん」


「ち、ち、違うんですっ!」


「恥ずかしがらなくてもいいんだよ、慎さん」

「こんなに硬くしちまって……

もう、慎さんたら」


「違うんですってばっ!!」



この後も慎之介はずっとこんな感じで、

ホテルを出る頃にはすっかり

抜け殻のようになっていた。


今回の慎之介の視察は

こういうちょっとしたハプニングもあり

大変なものではあったのだが、

しかし彼も普通の成人男子である以上、

これが迷惑だったとは言い切れない。


いずれにしてもこの時の会話が

後に二人の窮地を救うことにはなる。





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