呪いと祝い

ミーティングルームの一室、

部屋のソファーに座り話をする

慎之介と愛倫アイリン、サムエラ、

そして捕まった筈のメディッサ。


彼女の壊れたゴーグルは修理され、

再び目を覆い隠している。


頭の白蛇も今はメディッサの言うことを聞き

大人しくしているようだ。


慎之介の手回しで、

監視を徹底するという条件付きで

話をする時間的猶予を貰ったのだが、

部屋の空気は当然ながら重苦しい。


メディッサから身の上話や

密入国の動機や経緯を聞いた後、

慎之介は改めて

彼女が置かれている現状を説明した。


「このままでは

強制送還は免れないでしょう。


悪いことに、先程の件で

石化防止機能のゴーグルも

外れる危険性があると

証明してしまったようなものですし」


「だけど、

消滅してしまう世界に送り返すなんて、

このに死ねと言っているようなものじゃあないかい


この世界に移民出来る

何かいい方法はないものかね?」


愛倫アイリンの言葉に

サムエラがきまり悪そうに反応する。


「ないことはねえけどよ……


クソアマも知ってるとは思うが、

俺達の世界では、邪眼をくり抜くってのは

そう珍しいことじゃねえ


ちょっと残酷だが、

それしか方法はねえんじゃあねえか?」


その言葉に臆する様子もなく、

メディッサの言葉は力強い。


「あたしはそれでも構いません!


元々暗い地下牢に一人こもって

大した物も見えていなかったんですから、

見えなくなっても大差ありません!


なんだったら、

あたしが自分で目を潰しても構いません!」


さすがの慎之介も

その異世界出身者の感覚には

少しばかりついていけない。


「いえ、そういう訳にはいかないでしょう……


目をくり抜くなんてこと、

こちらの世界では

とても認められることではありません


それこそ人権問題になりますから」


愛倫アイリンが最近お気に入りの

人権というのも融通が利かないことが多い。


「でもね、

目をえぐるのは残酷だから、

このまま元の世界に帰って死んでくれって、

それは一体どっちが残酷なんだろうね?」


愛倫アイリンの言葉に

あくまで私的見解を語る慎之介。


「私が思うにですが……

とても残念なことですが、

自分達は目をえぐるなんて

残酷なことを認める訳にはいかないから、

自分達の目が届かない遠い所で

どうぞ勝手に死んでくださいと

そういうことになるのでしょうね……

この世界の考え的には」


-


八方塞がりの中、

停滞した時間ばかりが過ぎて行き、

話し合いのタイムリミットまで

もうそれほど残されていない。


諦めることを諦めた筈のメディッサが

また諦めることを自分に言い聞かせようとするかのように

言葉を発した。


「もういいんです……

たった数日だったけど、

こちらの世界を、日の当たる世界を体験出来た、

それだけでもう充分満足出来ました」


「みなさん、あたしのために、

いろいろとありがとうございました……」


居た堪れずに慎之介は声を掛ける。


「まだ諦めないでください


もし今回が駄目だったとしても、

ずっと移民申請し続けてください

きっと自分達が何かいい方法を見つけますから」


「メディッサさんはこれまで

暗い部屋の中にずっと独りで

こもっていたのかもしれませんが、

部屋の薄い壁一枚挟んだ向こう側は

明るい日の光が満ち溢れる

外の世界かもしれないんです


その薄い壁一枚を壊す勇気さえあれば、

外の明るい世界に出ることも出来る筈です


闇と光は実はほんのちょっとだけの差なんです」


ゴーグルでその目を見ることは出来ないが、

泣いているのではないかと思われるメディッサ、

その心に届く言葉を探して

慎之介は再び語り掛ける。


自分には何も出来ないが、

まずはここで自分が

励ますことを諦める訳にはいかない。



「ここは地球と言う星でもあるんですが、


ここで闇が深い地下に落ちたとして、

その先をずっーと

潜り続けて行かなくてはならなくなったとして、

どうなると思いますか?」


慎之介の問いに涙声で答えるメディッサ。


「うーん……

奈落の底? 深淵? に辿り着く?」


「いいえ、違うんです」


「マグマと言うものがありますが、

そこを乗り越えてその先へ、

さらに潜って行くとですね……」


テーブルの上に紙を置き、

丸を描いて線を引き説明する慎之介。


「反対側の明るい外に出てしまうんですよ」


「だって、地球は丸いんですから」



それを脇から見ていたサムエラはうなった。


「そうか……

そういうことかよ……」


「俺は今まで、何でこっちの世界には

あんちゃんみたいな能天気なポジティブ馬鹿が

沢山いるのか不思議で仕方なかったんだよ」


「それ、

褒められてる訳じゃないですよね……」


「あっちにも、

球体説や地動説なんてのは

あったにはあったんだがな


球体説なんて信じてる奴なんて、

ほとんどいなかったんだよ


このお嬢ちゃんみたいに

地中深くは奈落の底か、深淵、

下手すりゃ冥府の世界か、

地獄につながっちまう


みんなそう思って生きてたんだよ」


「だがな、

そういう地形的要因ってのは思った以上に、

思想や物事の価値基準に

大きな影響を与えているんだ


特に術師なんてのはモロに影響を受ける

そもそもほとんどの術が

森羅万象の理に基づいているからな」


「そりゃ、地の底に落ちても

どっかから出られるだろうと思ってりゃ、

気楽にも生きられるってもんだわな」


サムエラがこちらに来て

これ程までに変わったのも

その地形的環境要因の影響なのだろうかと

愛倫アイリンは思う。


「地形や自然環境や気象条件に、

そこに住む人間のメンタルが

無意識に影響を受けているという話は

こちらにもありますね


ここ日本も

自然災害が多発する環境でなければ、

日本人の国民性は

もっと違ったものになっていただろうと

言われていますしね」


-


「とは言え、どうしたらいいものか……」


しばらく考え込んでから

愛倫アイリンは口を開いた。


「方法が、あるよ」


「あるなら

何でもっと早く言わねえんだよ、クソアマ」


「あたしだって、今思い付いたのさ、

慎さんの言葉にヒントがあったってことさね」



「んで、どうすんだよ?」


「なあに、気がつけば簡単なことだよ


あんたがこの

呪いを祝いに変えてやればいいんだよ」


「何言ってんだクソアマ、

何千年前のご先祖にかけられた呪いを

解除するなんて無理だぞ


出来たとしても

どれだけ時間が掛かるか分かったもんじゃねえ、

それこそ一生掛けても無理かもしれねえ」


「別にね、この

人間になりたい訳じゃあないんだよ


先祖がかけられた呪いとは言え、

このはこの姿形で生まれて来たんだ


それはこのの個性ってことなんじゃあないかい?

それを今さら変えちまうってのはね


人間の姿が本来あるべき正しい姿って考えは

あたしはどうかと思うんだがね


このがなりたいのはね、人間じゃなくて、

えーと、うーん、その、そう、

コミュニティの一員ってことなんだよ」



「だからね、

呪いを解くんじゃあなくてね……


逆だよ、逆、

呪いをかけるんだよ


呪いの上に、さらに呪いをかけて、

突き抜けて反対側に出るんだよ、

外の明るい世界にね


呪いを祝いに変えるのさ」


愛倫アイリンの荒唐無稽な発言に

専門家として口を尖らせる反論するサムエラ。


「何言ってやがる、


呪いに呪いを適当に掛け合わせて、

上手いこと反対側に突き抜けられるって訳はねえ


出鱈目でたらめな掛け算なんかで

そうそう上手く結果は出ねえよ」



出鱈目でたらめじゃあなくて、

ちゃんと目算があるんだよ」


「あんたは全く覚えてないみたいだけどね

まぁ、これまで使う機会がなかったんだろうね」


それは異世界で、地下牢の石床に

上半身裸で倒れていたサムエラを

見続けていたアイリンにだからこそ分かること。


「あんたの腰の辺りに、

敵の戦闘能力を封印する呪いの

呪術紋様があるんだよ」


「そしてこのの石化能力を

戦闘能力だと仮定した場合、

あんたの呪術紋様でこのの石化能力を

封じることが出来るんじゃあないかと思うんだけどね」


愛倫アイリンの言葉に思わず首を捻って

腰の辺りを見ようとするサムエラだが、

当然人間の首がそこまで回る筈はない。



「あぁ~」


腕を組んでしばし考えるサムエラ。


「なるほどな、それなら確かに

やれるかもしれねえなあ」


「ただまぁ、呪いを二重にかける訳だからねえ、

それなりに難易度が高いとは思うんだけど……」


敢えてサムエラを煽るような言い方をする愛倫アイリン


「おいクソアマ、俺がどれだけ

人を呪うなんてクソみてえなことに

これまでの人生費やして来たか

知らねえ訳じゃねえだろ?」


「やってやろうじゃねえかよ」


-


その後は愛倫アイリンの案をベースに

詳細を詰めるため慎之介が話を進めた。


「サムエラさんは、現在こちらでは

呪術が使えない契約を結んでいますので、

包括契約以外の個別契約として

今回の特例に関する契約を

別途結んで貰うことになります……」


「今回の密入国に関する裁判や

移民再申請など必要な書類や手続きは

自分の方でやっておきますので……」


異世界出身の三人には

意味不明なことも多かったが、

既に慎之介への信頼があったので

そこも特に問題はない。


「みなさん、本当にありがとうございます

あたしなんかのために……」


メディッサはまだ自分に自信を持つことが、

自分を肯定することが出来ない、

当然と言えば当然なのだが。


そんな彼女が

おそるおそる言葉を続ける。


「あのぉ……あたしは……

本当にここに居てもいいと思いますか?」


ゴーグルで隠されていて

メディッサの目を見ることは出来なかったが、

慎之介は彼女を真っ直ぐに見据えて言った。


「少なくともここに居る三人は

あなたにこの世界に居て欲しいと思っていますよ」


-


翌日改めて慎之介と会うサムエラ。


机の上にとんでもなく分厚い契約書が

ドンと置かれている。


「徹夜で個別契約書を作成しましたので

ご確認をお願いします」


そんな慎之介を見て

サムエラはボソリと呟く。


「いやぁ、さすがクソアマの愛人だわ

いかにもクソアマが惚れそうなタイプだわ、こりゃ」






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