ここに居る罪

渋谷をずっと逃げ回っていた

ゴルゴンの末裔・メディッサ。


時には物陰に身を潜め、

時には店内に紛れ込んで、

ここまでなんとか捕まることはなかったのだが。


カラスにつつかれたせいで

頭のニットキャップは既にボロボロ、

ところどころから髪の毛に相当する白蛇が

中から顔を覗かせている。


そうなると周囲から見られる目も大きく変わり

メディッサが行く先々では常に

短い驚きの悲鳴が上がり、騒がれてしまう。


そんな周囲の反応に心傷つきながら

それでも必死に逃げ続けるメディッサ。


 ――こんな反応されるんじゃ

 この世界でもとても受け入れてもらえそうにないなぁ

 やっぱりあたしが居ていい場所なんて

 どこにもないんだ……


メディッサの行くところ必ず騒ぎあり、

それが警官達にも目印となり、

逃げることが難しい状況となりつつある。



「あっちだっ!」

「追えっ!」


メディッサを追う警官達、

その陣頭指揮を取るのは大泉来蔵おおいずみらいぞう警部。


トレンチコートにチョビ髭がトレードマークで

本人はダンディなインテリ風キャラを狙っているが、

中身はそこそにポンコツではある。


警部を先頭にメディッサを追う警官達、

その距離は次第に詰まって来ており、

このままでは追いつかれ捕まるのも

時間の問題であろう。


-


路地裏に逃げ込んだメディッサ、

そこを進むとその先は行き止まり、

とても越えられそうにはない

高い壁に行く手を阻まれている。


来た道を戻ろうとするが

既に警官達がすぐそこまで迫っている、

これでは戻るに戻れない。


壁際に追い詰められたメディッサ、

対峙する大泉警部と警官隊。


この緊張感を察知したのか

メディッサの頭部に居る白蛇達が

ニットキャップの破れた隙間から

ニョロニョロと姿を現し、

メディッサの意に反して、

口を開け牙を剥き

細く赤い舌をチロチロ出して

対峙する警官達を威嚇する。


不幸なことにこれが

目の前に居る人間達の誤解をさらに招き、

恐怖心をいたずらに煽ることになった。


「クッ、いざという時は

発砲を許可する」


警部の言葉に従い

拳銃を取り出し身構える警官達。


以前も似たような状況があった筈だが

そこから全く進歩が見られない。


 ――もう、ダメだっ



ここでさらに最悪の事態が起こる。


メディッサが掛けている

石化防止機能を持つゴーグル、

カラスにつつかれた際に

その留め具が緩くなっていたのだが、

このタイミングでそれが外れて落ちた。


そのままゴーグルも一緒に落下して行く。


だがこのままメディッサがその邪眼で

目の前に居る人間達を石化させてしまえば

この窮地を脱することは容易い、

千載一遇の好機と言ってもいいのかもしれない。


しかしメディッサは咄嗟とっさ

自らの両手で目を覆い隠した。


自らの命よりも、目の前の人間達を

石化させないことを選んだのだ。



だがこの一連の動きが

人間達に更なる誤解を与えた。


ゴルゴンが攻撃態勢に入り

石化攻撃を仕掛けて来る、

人間達はそう理解した。


それはあまりにも悲し過ぎるすれ違い。


「撃てっ、撃てっ!」


攻撃の意志ありと見なした大泉警部は

警官達に発砲を指示。


-


メディッサは死を覚悟した。


 ――ほんのちょっとだったけど

 こっちの世界、日の当たる外は楽しかったな


メディッサが薄暗い地下で過ごした十数年より

こちらの世界で過ごした数日の方が

遥かに有意義で満ち足りていた、

それはとても悲しいことなのに、

そんなことにすら彼女は気づいていない。


いくつもの銃声が鳴り響いたが

メディッサには全く痛みがなかった。


自らの目を覆い隠した手を

離すことが出来ないメディッサには

今何が起こっているのかは分からない。


人間の武器は痛みも与えずに、

敵を殺せるのかもしれない、

もう自分は既に死んでいるのかもしれない。


そんなことを考えていたメディッサ、

声が耳に届く。


「あんたは本当に優しいなんだねえ


石化能力を使えば、

ここから脱出することも出来たろうに」


それは知らない女の声、

だがどこか優しい温もりを感じる。


「あんたは優しいから、

ずっと一人ぼっちで居ることを選んだんだろ?


本当は、寂しかったくせに……」


目を隠すメディッサの手に

何やら生暖かい液体が触れ、

そのまま頬を伝い落ちる。


しばらくはそれがなんだか

メディッサには分からなかった。


 ――えっ、あれ?

 あたし、泣いてるの?

 なんで泣いてるんだろう?



メディッサを庇うように、

その前に広がる黒い蝙蝠の羽根。


その硬質化した羽根が

すべての銃弾を跳ね返していた。


「あんた達もいい加減に学習したらどうなんだい?

恐怖心に駆られて無暗に発砲するんじゃあないよ

その内本当に大変なことになっちまうよ?」


メディッサに声を掛けた後、

羽根を広げた愛倫アイリン

警官達に向かって文句を言った。


「あんた達に当たらないように

弾を跳ね返すのも結構気を使うんだからね」


-


ようやく後を追い掛けて来ていた

慎之介も追いついて、

大泉警部に石化事件の真相を、

事情を説明している。


文句を言ってはいたが

証人としてサムエラも一緒に来てくれた。


これでこのゴルゴンの娘が

石化事件の犯人だという疑いも晴れるだろう。


悪魔の件を除けば、

これで事態は終息しただろう、

愛倫アイリンはそう思っていた。



しかし警官達はゴルゴンの娘に、

頭から袋のようなマスクを被せ、

その身柄を拘束する。


「このにそんなことをするのはやめておくれよ

これじゃあまるで犯人みたいじゃあないかない

このは石化事件の犯人じゃあないんだよ」


愛倫アイリンは忘れていた。


「あんた達を石化させるぐらいなら

あんた達に撃たれて死のう、

そう考えるぐらいに優しいなんだよ」


根本的なことではあったが、

石化事件を意識し過ぎていたのだろう。


もしかしたら

そうであって欲しくはないと

思い込んでいたからなのかもしれない。



大泉警部は愛倫アイリンの訴えを無視して、

メディッサの両手に手錠を掛けた。


「不法入国の疑いで逮捕する」


メディッサは石化事件に関わらず、

そもそもが密入国者であり不法入国者。


この世界に居る、ここに居る、

ただそれだけで罪なのだ。






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