ペルセウスの盾

サムエラが持つ呪術紋様、

戦闘能力を封印する呪いで

メディッサの石化能力を封じることになったが、

それは石化能力だけはなく

彼女の戦闘能力そのものを

封じることになることが

その後のサムエラの検証で判明する。


呪いが成功すればおそらくメディッサは

この世界で最弱の人型生命体となるだろう。


しかし、それでもメディッサはそれを望み、

愛倫アイリンもまたそれでよいと思った。


力が支配する異世界と違い、

この世界では力がすべてではない、

力が弱い者でも十分に生きて行けるし、

むしろ価値の判断基準は力以外の他にある。


これ程、人を傷つけることを怖れる優しいこの

戦わなければいけないような世界は

そもそもあってはならないし

そうなる前に自分が戦って止めてみせる。


女や子供をはじめとして

力弱き者が虐げられることのない世界、

それが愛倫アイリンがこの世界に見出した希望でもあるのだ。


-


そしてもう一つ、

メディッサが自らサムエラに頼んだことがあった。


「もし万一、

能力を封印する術に問題が起こって、

石化能力が発動してしまうことがあったら、

その時は……」


「なんだ、お嬢ちゃん、

俺の腕を疑っているのかい?」


「ご、ごめんなさい……

そういうことじゃないんです……

むしろ信頼してるからこそなんです……」


もし万一仮に石化能力が発動してしまった場合、

石化の効力が自らに跳ね返って来るようにして欲しい、

それがメディッサの願いだった。



「ペルセウスの盾ですか」


それを聞いて反応する慎之介。


「こちらではゴルゴンのメデューサが

神話の英雄ペルセウスに討伐された時の描写が

いろいろありましてですね


ペルセウスが持っていた盾の

鏡面のように磨かれた表面に写る

自らの姿を見て石化したという

ヴァージョンもあるんです」


愛倫アイリンはそれを

メディッサがこの世界で生きて行くという覚悟と捉え、

反対することはしなかった。


「よくわかったよ……

それがあんたの覚悟と言うことだね」


-


メディッサの石化能力が封印された数週間後、

条件付ではあるが彼女の移民申請は

日本国政府に受理された。


もちろん慎之介の尽力によるところも大きい。


「保護観察みたいな扱いですので、

当面保護観察官の指導などもありますが」


「封印、ゴーグル、ペルセウスの盾による

三段階セキュリティシステムが、

安全性あるものだと認めて貰えたみたいですね」


再度集まっていた四人、

愛倫アイリンとメディッサは抱き合い、

泣いて喜びを分かち合っていたが、

サムエラは突然意外なことを言い出した。


「おう、お嬢ちゃん、おめえ

俺の会社で働かねえか?」


「???」


悲願の移民が認められたこのタイミングで、

そんなことを言われ、

メディッサの頭はもはや

理解出来る範囲を超えてしまっていた。


「なんだい、あんた、

突然何を言い出すんだい?


一体どういう風の吹き回しだい?


あんたまさかこのに惚れちまったのかい?


それともこのの身の上話を聞いて

情にほだされたのかい?」



「ば、馬鹿野郎

そんなんじゃねえよ!


ビジネスだよ、ビジネス」


「今俺は青年実業家として

開運グッズ売ってるって話は

前にもしたと思うがよ


ここ日本で開運グッズと言えば、

招き猫とか金の小判とか

そんなのばっかりで

どうにも異世界感が足らねえ」


「そこでだ、ゴルゴンのお嬢ちゃんを

マスコットキャラクターにした

開運グッズを売り出したらどうかと考えた訳だ


なんでもこっちじゃ蛇ってのは

嫌われてもいるが、

神の使いとか吉兆として

がたがられてもいるそうじゃねえか


しかも白蛇なんざ

尚更なおさら縁起がいいって話しなんだろ?

そんな縁起物がこんだけ頭の上に居んだから

もうそりゃ縁起の塊みたいなもんだろ


それにお嬢ちゃんはこう見えても

元女神の末裔だって言うしよ


こりゃあもう金の匂いしかしねえよ」


光は影で、影は光、

すべての物事は多様性を持っており、

決して一義的ではない。


先日の慎之介の話をそう理解したサムエラは

メディッサが持つ光りの要素に着目して

メディッサの存在を再解釈しようと試みた、

その結果が開運のマスコットという訳だ。



メディッサは理解を超え過ぎていて

全く身動きすら出来ず、気を失っているか、

ペルセウスの盾が発動して

石化してしまっているのでないかという有様。


全く幸せ慣れしていない彼女には

ちょっと刺激が強過ぎたのかもしれない。


しかし、引きこもりニートが突然

明日から国民的アイドルになれと

言われたようなものだから

仕方がないと言えば仕方ないだろう。



「まぁそれにな、乗りかかった船だしな、

責任持って最後まで、

呪いを祝いに変えてやろうかなと思ってな


異世界で忌み嫌われていたお嬢ちゃんが

こっちで誰からも愛される

マスコットキャラクターになるなんて

そんな夢みたいなストーリーが

あってもいいじゃねえか」


「あんたも随分と変わったもんだねえ……」


再会した時からまるで別人のようだとは思っていたが、

こんな風に他者に情を掛けるぐらいに

変わってしまっていたことに

愛倫アイリンは再び驚かざるを得ない。


「だって地球は丸いんだろ?


そんなもん術師からしたら、

生き方を変えるには十分過ぎる理由だよ」


-


慎之介と二人で日中の渋谷を歩いていると

愛倫アイリンの元にメディッサが駆け寄って来た。

仕事の移動中、たまたま偶然見掛けたらしい。


あれからもう半年。


メディッサも以前とは比べ物にならないぐらい

随分と明るくなって笑顔も見られる。


何度も深々と頭を下げてお礼を言うメディッサ。

以前も何度も深々と頭を下げてお礼を言われたのだが、

彼女は会う度に何度も同じ様に礼を言う。


このまま一生、会う度に

こんな丁寧にお礼をされるのだろうかと

愛倫アイリンは思わなくもない。



ゴーグルと頭に被った

ニットキャップは相変わらずだが、

最近はキャップを被らないで

出掛けることも多いと言う。


そういう時は見知らぬ人に

一緒に写真を撮って欲しいと

言われたりもするそうだ。


なんでも一緒に写真を撮ると幸運が訪れると

SNSなどで噂されているらしい、

おそらくはキャラクターグッズの影響なのだろう。


生き生きと嬉しそうにしているメディッサに、

自然と愛倫アイリンと慎之介の顔にも笑顔がこぼれる。



これから仕事の打合せだと言って、

その場を去って行ったメディッサだったが、

突然何かを思い出したかのように

慌てて駆けながら戻って来る。


「これ、もらってくださいっ」


メディッサが二人に手渡したのは

自らのマスコットキャラのキーホルダー、

おそらくはサムエラの会社の新商品なのだろう。


少し顔を赤くして照れながら笑い、

再度深く頭を下げてお辞儀をして

メディッサは渋谷の人混みの中に走り去って行く。


その後ろ姿を見届ける二人。



手にするメディッサのマスコットキーホルダーは

半透明で成形されたファイギュアに

一部着色がしてある。


「これ、女子高生なんかにも

結構人気があるらしいですよ」


手にとって眺める慎之介。


「この半透明な感じがいいじゃないか」


指で摘んで天にかざす愛倫アイリン


「まるで清く透き通った

あのの美しい魂そのもののようじゃあないか」


太陽に透かしてキラキラ光るキーホルダーを

愛倫アイリンは穏かな笑顔で見つめていた。






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