元呪術師

その男は乱暴に

喫茶『カミスギ』のドアを開けて

入店して来た。


背が高く痩身で

銀髪の坊主頭に顎髭あごひげ


金縁きんぶちのサングラスを掛け、

ファーコート《毛皮》に

真っ赤な襟付きシャツ、

そしてピチピチの黒い革パン。


両耳には金のピアスリング、

首からは金のネックレスを何本もぶら下げ、

両手首に金のブレスレッドを幾つも着けて、

ジャラジャラと音をさせている。


大きな宝石が着いた指輪が

両手の指全てにはめられており、

存在感、アピールがただならない。



男は愛倫アイリンを見つけると

怒鳴るような声で喋りながら

近寄って来た。


「てめぇ、クソアマ、

このクソ忙しいのに

呼び出してんじゃねえぞっ」


しかし愛倫アイリン

その男に全く見覚えがない。


「あんた、誰だいっ?」


「クソアマ、てめぇ、

自分で呼び出しといて、

なんてこと言いやがる」


「初対面のあんたなんかに

クソアマ呼ばわりされる筋合いは

ないんだよ、あたしゃ」


「クソ忙しいとこ

来てやったってのによおっ」


「だからっ、あたしゃ、あんたみたいな

オラオラ系イキり成金なんかに

知り合いはいないって言ってんだよっ」


「ちっ、仕方ねえなぁ……」


オラオラ系男はそう言うと

サングラスを外す。


そこにあるのは

まるで線で描いたかのような細い目。


「まだ、わかんねえのか?

俺だよ、俺、呪術師だったサムエラだよ」


「はぁぁぁっ?」


思わず素っ頓狂な声を上げる愛倫アイリン

彼女がこんな声を出すのも珍しい。


しかし確かにこの細い目は

愛倫アイリンが先刻話していた

陰気で辛気臭い

呪術師の目に他ならない。


異世界に居た頃は

黒いローブを着てフードを深く被り、

常に猫背で俯き加減、

いかにも人を呪いそうな

そんな恨めしそうな

目をしていたというのに、

どうしてこんなことになったのか、

イメチェンなのか

それとも人間界デビューなのか。


「あんた、どこでどう間違えたら、

こんなに見た目が変わっちまうんだいっ?」


「間違えた前提で語ってんじゃねえぞ、

このクソアマっ!」


-


「しかし、驚いたねぇ、

まるで魂まで

別人のようじゃあないかい」


改めて元呪術師の変貌ぶりに

驚きの溜め息を吐く愛倫アイリン


「それに随分と

羽振りもいいみたいだしね」


趣味が良いとは言えないが、

それでも身に着けている貴金属等は

すべて本物の純金や宝石類、

値段にすれば相当な額になるであろう。


「……あんた、まさか、

こっちでも呪術を使って

裏稼業とか、闇の仕事して

稼いでるんじゃあないだろうね?」


「ふざけんじゃねえぞ、クソアマ


呪術師なんざ、

もうとっくに廃業してんだよ


俺がこっちに移民する為に、

契約書やら誓約書を

何百枚書かされたと思ってんだっ


こっちじゃもう

呪術は一切使わないって

契約しちまってんだよっ」


「じゃあ、何やったら、

そんな悪趣味な成金みたいなことになるのさ」


「イチイチ、

ディスるんじゃねえよ、このクソアマ」



ドヤ顔で語り出す元呪術師のサムエラ。


「今の俺はなぁ、

青年実業家ってやつだよ


俺が霊力を込めてつくった

開運グッズがこっちの世界で

バカ売れしてんのよ」


「はぁぁぁっ?」


元呪術師サムエラの話に

再び素っ頓狂な声を上げる愛倫アイリン

まさか一日に二度も

こんな声を出すことになるとは

本人も全く思っていなかっただろう。


「呪術師で

人を呪うしか能がなかったあんたが、

開運グッズを売ってるだなんて

こりゃまた随分と

笑えない冗談じゃあないかい」


やれやれといった表情で

首を横に振る元呪術師のサムエラ。


「馬鹿野郎、

分かってねえなあ……


人を呪って不幸にするのも

ちょっと祈って開運させるのも、

ベクトルの向きが真逆に違うだけで、

やってることはそんなに変わらねえ、

大差ねえんだよ」


そこへちょうど

両手にコーヒーを持って運んで来た

慎之介が相槌を打つ。


「あぁ、なるほど、

光と影、陰と陽は

表裏一体ということですかね」


本来コーヒーを運ぶのは

ウエイトレスである

愛倫アイリンの役目なのだが。


「こちらでも『呪い』と『祝い』の漢字は

よく似ていると言われますしね」


コーヒーを出す慎之介を

斜に構えて一瞥するサムエラ。


「誰だい?このあんちゃんは」


「うんっ?

あぁっ、あたしの愛人だよっ」


愛倫アイリンは含み笑いで

ニヤニヤしながらそう言った。


「あんちゃん、

このクソアマの愛人やってんのかい?

そりゃまた、エライ度胸あんな」


「い、いえ、違いますって……」


いつもの如く慎之介は苦笑するしかない。


-


それから、石化事件について

慎之介は事情を説明した。


「なるほどねえ、

それで俺が呼びだされたってことか」


サムエラは顎髭を触りながら

そう相槌を打った。


「だがまぁ、

俺は犯人じゃあねえよ


さっきも話したが、

俺は今こっちでは呪術が使えねえ


クソアマなら分かるだろうが

契約ってのは術師への拘束力が

思いの外強いからな、

こっちの人間が思ってる以上に


おいそれとは破れねえ」



サムエラの言葉に頷きながら

慎之介は肝心な話を切り出す。


「我々もですね、

あなたを犯人だと思って、

呼び出したという訳ではないんですよ」


「石化された人を元に戻せないか、

というご相談でして」


「移民申請があった

石化魔法を使える魔法使いは

現在移民局で審査中で、

サムエラさんぐらいしか

まだこっちに来ていないんです


それで、石化解除出来る魔法使いも

こっちにはいないという有様でして」


顎髭を触り続けているサムエラ。


「まぁ、大概は石化と解除の

ワンセットで修得するからな、

そりゃそうなるわな」


「じゃぁ、俺を容疑者として

呼んだんじゃないってことは、何か?

もう犯人の目星は付いているってことなのか?」


「警察は、密入国して来た

ゴルゴンの少女が犯人だと

決めるけているようですが」


「なるほど、ゴルゴンねえ……」


そこで横から愛倫アイリンが口を挟んだ。


「あたしは違うんじゃあないかと

思っているんだけどね」


「ニンジャマスターに

聞き込みして調べてもらった話じゃあ、

そのゴルゴンの娘は

誰も石化させたくないからと言って、

ずっと独りで城の地下に潜ってったそうじゃあないか、

そんな子がこっちに来て

いきなり人間を石化させちまったりするかね?」


愛倫アイリンの推測に

しばしの沈黙が流れ、

考え込む慎之介とサムエラ。


「まぁ、いずれにせよ、

石化が解除できれば、

何かしら手掛かりはあるだろうよ」


愛倫アイリンがそう言うと、

再び時が動き出したかのように

サムエラは慎之介に問う。


「ところで、石化しちまった

人間の石像は今どこにあんだい?」


「下手に動かそうとして

壊しでもしたら大変ですからね、

死んでいる訳でもないとのことですし


なので現場で厳重管理の状態なんですよ


何せこちらの世界では

石化事件なんて初めてのことですから」


やれやれといった表情を浮かべる

元呪術師のサムエル。


「まぁ、俺の身の潔白を

改めて証明する為にも

ここは協力してやるしかねえかな」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る