メディッサ

繁華街として夜の顔を見せはじめる渋谷、

駅前は人の混み具合が激しく

交差点では大勢の人間達が

歩道の信号が

赤から青に変わるのを待っている。


ニットキャップを頭に被り、

夜だというのに

サングラスのように濃い

ゴーグルを装着した少女もまた

駅前の交差点で信号待ちをして

立ち止まっていた。


 ――すごい、こんなに人がいるんだ


異世界では見たこともないような

人口密度の高さに不安を覚える少女。


城の地下に閉じ篭っていたので

狭い所が苦手という訳ではないが、

他者との距離が近いことに慣れておらず、

自分の周囲のテリトリー、

パーソナルスペースを

他人に侵されているようで

何となく落ち着かない。


信号が青に変わると

少女は人混みの波に流されるように

同じ方向へと歩いて行く。


特に行く当てがある訳でもなく、

目的がある訳でもなく

ただ彷徨っているだけに過ぎない。


-


「今なら女性は無料で

食べ放題、飲み放題、

お姉さん、どう?」


街を徘徊している少女に

ビラ配りやキャッチの男どもが

声を掛けて来た。


 ――そう言えば、お腹空いたなっ


この世界の貨幣を持っていない為

ここ数日何も食べていなかった少女は、

男の言葉を信じて

不用意に後をついて行く。


男の後に従って、雑居ビルの

細い地下へと続く階段を降りると

重低音で音が響いて来る。


室内は薄暗く、

赤や青の照明が

その場の人々を照り返し

浮かび上がらせる、

どうやら小規模なクラブのようだ。


人間達に混じって

こちらの世界で暮らしているのであろう

獣人達の姿も見える。


長らく地下に一人きりで

暮らしていた少女にとっては、

音量が大き過ぎて、

少し五月蝿かったが

この地下室内の退廃的な空気は

居心地が悪いものではなかった。



食べ放題でお腹を満たした後は

片隅でじっとしている少女。


一人になりたくはないが、

人間に話し掛けられたり

関わったりしたくはない、

目立たないでいたい、

そんな相反する願望の中で

揺れている少女の心。


自分の意に反して、

いつ人間に害を成してしまうか

そんな自分自身に怯える気持ちと、

長いことずっと一人きりだった

地下暮らしの感覚が

そう思わせるのだろう。


酒で酔っ払っているのか、

もしくはドラッグにでも手を出しているのか、

奇声を上げ盛り上がっている人間達を

密入国者である少女は

片隅でじっと眺めていた。


-


「よう、よう、

そんなとこで地蔵してないで

俺達と一緒に遊ぼうぜ」


少女の揺れる心などお構いなしに

酒に酔った三人の男達が

少女にちょっかいを掛けて来る。


「……だめっ、絶対っ……」


下を向き、俯いたまま

震える声でそう応える少女。


「こんなとこ来て、

気取ってんじゃあねえよっ」


「そんな尖がった格好して、

箱入り娘ってワケでもねえだろうよ」


「これ、

ゲームキャラのコスプレじゃね?」


ニットキャップにゴーグル、

少女からすれば

機能性を求めただけに過ぎないが

確かにファッションだけ見れば

やんちゃな女子風に

思われるのかもしれない。



酒の勢いもあって、

頑なに拒絶する少女に

腹を立てヒートアップする男達は、

無理矢理少女を引っ張り

連れて行こうとする。


それでもなお抵抗し続ける少女。


「なんなんだよっ、これはよおっ」


「顔ぐらいちゃんと見せろってのっ」


「ちゃんと人の目見て話さねえとなっ」


頭に血が上った男達は

少女のゴーグルとキャップを

無理矢理剥ぎ取ろうとした。


男達からすれば、ちょっと

からかったつもりなのかもしれなかったが、

それは自らの命を危険に晒す

愚行に他ならない。


ゴーグルとキャップを

同時に奪われた少女は、

自らの両手で自分の目を

咄嗟に覆い隠した。


「な、なんだ、こいつはっ!」


「ば、化け物だっ!」


「ひぇぇぇっ」


酔っていた三人の男達の顔が

一瞬で青ざめて行く、間違いなく

酔いも一気に醒めただろう。



目を両手で覆い隠した少女、

その頭には髪の毛の代わりに

無数の白蛇の姿があった。


ニョロニョロ、クネクネと動き、

赤い眼で舌をチロチロと震わせる白蛇、

それが少女の頭全面を覆っているのだから

こちらの世界の人間からすれば

不気味だと感じるのは無理もないこと。


それどころか、この場に居合わせた

異世界人ですら恐れおののいている。


「そ、そいつは、ヤベェヤツだっ!

みんな逃げろっ!石にされちまうぞっ!」


店内にいた猫科の獣人グループが、

少女の真の姿がゴルゴンであることに気づき、

矢継ぎ早に大声で叫ぶ。


店内に居た者達は

その言葉にパニックを起こし、

我先へと入り口の先にある

階段へと逃げて行く。


少女はこの騒ぎを他所に

これまで小さく変形させて隠していた

自らの半身である蛇の尻尾が

元の大きさに戻ってしまったことを

気にしていた。


 ――尻尾、せっかくここまで

   上手く隠せてたのになぁっ


人間達や同郷である筈の異世界人の反応に

少女が傷ついていない訳ではなかったが

誰かと関わった時は

必ずいつもこうなるので、

いつものように自分の心に

傷ついていないフリをしていた、

自分で自分の心を騙し続けていた。



周囲に人間達の気配がないことを確認すると

少女は目を塞いでいた両手を外し、

床に落ちているゴーグルを拾う。


白蛇の髪を持ち、

真っ赤な目をし

白蛇の下半身をした少女。


少女の名は『メディッサ』、

遠い昔異世界で、

女神の怒りをかって

ゴルゴンにされてしまった

メデューサの末裔であり、

異世界でも稀少な白蛇のゴルゴン。


そしてこの世界では、

密入国者であり

不法侵入者でもある。






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