サキュバスは、密入国の少女を救えるか

密入国の少女

湾岸に掛かる巨大な橋、

その欄干らんかんの上に立つ一人の少女。


足下に広がる暗い海、

潮の匂いがその身に纏わり付いて、

海風が翻弄するかの如く

少女の体を激しく揺さぶる。


海を挟み陸地と陸地をつなぐ

この大橋の上から一望出来る東京の夜景、

煌々こうこうまばゆい光が街を彩り、

その中に浮かび上がる高層ビル群。


 ――夜なのに、こんなに明るいんだ


異世界に居た時の夜とは

比べものにならないぐらいに

明るい東京の夜景に驚く少女。


ここにあるのは絶望か、希望か。



大きなニットキャップで

すっぽりと頭を覆い隠している少女、

真っ黒なレンズのゴーグルを着け、

自らが醜悪だと忌み嫌っている

その容姿を必死に隠している。


 ――自分の外見は他者ひとを恐れさせる

 ――忌まわしい呪われた姿


異世界に居ても少女は

城の地下で人目に付くことなく

ずっと一人で暮らしていた。



自らの意志とは関係なく発動し

他者ひとを傷つけてしまう危険な能力、

忌み嫌われ、憎まれ、蔑まれ、

誰かと親交することを許されていない

生まれた時から呪われた存在、

それが自分。


自分は何の為に生まれて来たのか、

自分が生きている意味などないではないか、

そう思い続け、暗い地下で

孤独な日々を過ごして来た。


それでも、自分が居る世界が

滅びてしまうと知った時、

このまま何も無い空っぽのまま

死んでしまうのは嫌だ、

もっと生きたいという不思議な感情が

少女には湧き起こった。


だが、その見た目はともかく

その危険な能力が

移民先の人間世界で受入れられる筈もなく、

何度移民申請しても

日本政府はことごとくこれを却下、

決して認められることはない。


皮肉なことにそのことが

より一層少女の気持ちを掻き立て、

地下を出て人間世界に行きたいと

願う気持ちは強くなって行く一方だった。


それはずっと自らに課せられた運命に抗えず、

諦念ですべてを受け入れていた少女が

はじめてみせた執着。



それから少女は

先祖から受け継いで来た財宝を資金源にし

密入国ブローカーに代価を支払い、

この人間世界に不法入国者としてやって来た。


先祖の財宝には何の未練もなかった、

どうせ世界が滅びるのだから

そんな物を後生大事に取っていたところで

全くもってしょうがないこと。


そんな物は要らないから

自分が先祖から受け継いだ負の遺産、

呪いから解放して欲しい、

少女にはただそれだけしかなかった。


無理だと分ってはいても、

それでも人間世界、

新しい世界に行けば

自分が呪いから解放されて

生まれ変われるのではないか、

そんなことを心の片隅で思う。


例えそれが

そんな気分になっていただけだったとしても。



少女は強い風で吹き飛ばされそうになる

頭のニットキャップを両手で押さえた。


-


それから数日後、

東京の渋谷にある公園で

石化された男性が発見される。


被害者の身元は

今なお調査中ではあるが、

石像の外観からして

二十代の若者であろうと

推測されていた。


被害者の石化を解除する為に

警察と移民局が奔走しており、

そうなれば当然

人間に協力的である移民者

愛倫アイリンの元にも

移民局在籍の慎之介が相談に来る。


「石化事件かい?

そりゃあ、こっちの人間が実行するのは

無理ってもんだろうね」


いつもの如く喫茶『カミスギ』で

慎之介の話を聞く愛倫アイリン


「魔法使いの仕業ですかね?」


一緒に仕事中だったリリアンが

横から口を挟んだ。


「警察もその線で、

移民して来た魔法使い達を

洗っているらしいんですが、

石化魔法を使える魔法使いの移民は

まだ認可が降りていなくてですね……」


「密入国者の可能性が

高いってことかい?」


「そうなりますかね……」


密入国の魔法使い、

話しの流れからそこに居る一同はみな

それを真っ先に思い浮かべたが、

しかし密入国が前提であるならば

魔法使いに限定して考える必要もない、

他の石化能力所有者が

密入国して来ているケースも

考えておかなくてはならない。


「もし魔法使いではなかった場合、

他にどんな可能性がありますかね?」


「呪術師なんかも、

呪い系の術として石化が

使えるんじゃあないかねえ」


「呪術師ですか……」



「魔物だったら、コカトリスとか

バジリスクとかもいるんですけどね」


その他の可能性として

リリアンは魔物を上げた。


「さすがに魔物のような大型獣が

こちらにこっそり来るというのは

考えづらいですね、

もしそうなら大問題ですが」


消滅し掛かっている異世界、

しかしこちらの人間世界に

移民して来られる異世界住人は

わずかな者達に過ぎない。


こちらの人間を

危険に晒す可能性がある異世界住人達は、

移民を許可されることはないし、

当然生態系に大きく影響するであろう

大型生物などを連れて来られることもない。


今の段階で人間世界に移民出来る対象は

異世界住民全体の

わずか二割から三割程度に過ぎないのだ。



「そうだねえ……

あとは、ゴルゴンかねえ」


「ゴルゴンて、

こちらの神話にも出て来る

髪の毛が蛇で、

睨まれた人間は石になるという

ゴルゴンのことですかね?」


慎之介は自分のスマホで

ゴルゴンを検索する。


「神話でも諸説あるようですが、

女神の怒りをかって醜い姿にされた

という話もあるんですね」


スマホをいじりながら

慎之介は独り言のように呟く。


「あたしも会ったことはないんだけどね、

確か城の地下に引き籠もって

出て来ないって聞いてたんだけどねえ」


-


「とりあえず今は

被害者の石化解除も出来ない状況でして、

警察も我々もお手上げなんです」


改めて現在の状況を

詳しく説明した慎之介。


「さっき話した呪術師なら

石化解除ぐらい出来るかもしれないね


呪術師方面には

知り合いがいるから

ちょっと聞いてみてあげるよ


とは言え、

連絡先を知っている訳じゃないから、

ちょっと時間が掛かるかも

しれないけどね」


愛倫アイリンがそう言うと、

いつものように天井から

ニンジャマスターの声がする。


「では拙者が

探して連れて来るでござるよ」


その神出鬼没ぶりにというよりは

いつもこの喫茶店に居ることに驚く一同。


「あんた、

ここに住んでるんじゃないだろうね?」


割と秘密の話がいつも筒抜けで

慎之介も苦笑するしかない。


「すいません、助かります」


先に礼を言い

改めて慎之介は問う。


「どんな人なんですか?

その呪術師って方は?」


「なんだい、慎さん、

あたしに男の知り合いが居るからって

嫉いてるのかい?」


悪戯ぽい顔をしてみせる

愛倫アイリンだったが。


「いえ、そういうのいいですから……

男性なんですね」


「なんだい、慎さんのいけずぅ」


反応の悪い慎之介に

がっかりする愛倫アイリン


「サムエラって呪術師なんだけどね、

まぁ、呪いをかけるなんてことを

生業なりわいとしているだけあって、

暗くて陰気で辛気臭い奴だよ、

ありゃぁ、ムッツリスケベに間違いないね」






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