呪術紋様

「ハァハァ……

ハァハァ……」


追跡者から逃れ

身を潜め隠れる

ゴルゴンの少女メディッサ。


全力で走り息が弾んでいる彼女は、

自分を追って来る者達の

気配と足音に気づくと、

まだ呼吸が整わない息づかいを

気取られぬよう

手で自らの口を塞いだ。


息を殺して

自分を追って来る警官達が

行き過ぎるのをじっと待つ。



空が白みはじめている。


夜通し休む事なく

活動を続けた繁華街は

また日の光の下

昼の顔を取り戻そうとしているのだ。


近辺の飲食店などから

ゴミ捨て場に大量に出されたゴミ袋、

山積みにされているその中に

潜り込んで隠れたメディッサ。


彼女は警官達に追われている。



先程の店内で

ゴルゴンの正体を人間達に

同郷である獣人達に

見られてしまったメディッサ。

人間達は化物だと騒ぎ立て、獣人達は

移民が認められていない筈の

危険なゴルゴンが密入国して来ていると

すぐに警察に通報した。


同じ異世界出身者からも

鼻つまみにされている、

最初から知っていたことではあったが、

少女の心は少なからずまた傷つき、

気づかないフリを、

痛みを感じていないフリをするしかない。


故郷に居た時から

自分は誰にも受け入れられることはない、

忌み嫌われている存在。


それを解っていたからこそ、

自ら城の地下から外へ出ることは

決してしなかった。


しかし今度ばかりは

故郷が消滅するまで

黙って死を待っている訳にはいかない。



通報を受けた警察は

近辺で起こった石化事件の犯人に間違いないと

状況だけで判断し、

重要参考人という名目の容疑者として

彼女を探し回って、追い掛けていた。


メディッサも密入国するにあたって

多少の覚悟はしていたが、

早々にこんな目に会うとは

自らの不運を嘆くしかない。


 ――あたしは何処の世界にも

 居ちゃいけない存在なのかな


どの世界であっても

自分が受け入れられることはない、

そんな考えが頭をよぎって

圧倒的な絶望感に襲われ、

心が砕けそうになる。



幾ばくかの間に

空はどんどん明るさを増して行く。


ずっと異世界で古城の地下に

独り閉じこもっていたメディッサは

明るくまばゆい朝の陽射しにまだ慣れていない。


ゴーグルをしていたとしても、

太陽が燦々さんさんと輝く日の光の下では

まぶし過ぎて自分の目は潰れてしまうのではないか、

この世界にいるらしい

土竜もぐらと言う生き物がそうであるように。

そんな風にすら思えて来る。



そんなことを考えていたメディッサだったが、

突然頭に痛みが走るのを感じる。


 ――痛たたたっ

 ――えっ、なにっ?


メディッサが目線を上にやると

そこには人間が廃棄したゴミ袋を漁ろうとする

数羽のカラスの姿があった。


 ――ちょ、ちょっと

 こっち来ないでよ、見つかっちゃうじゃない


メディッサの願いも虚しく、

その意に反してカラス達は

大量のゴミ袋の中に身を隠した彼女の、

その頭部を覆っているニットキャップを目掛け

クチバシを突っ込んで来る。


動物的な本能でメディッサの頭部に隠されている

ただならぬ気配を察知したのだろう。


カラスの執拗なクチバシ攻撃に

痺れを切らしたのか

メディッサの髪に相当する筈の白蛇が

彼女の意志を無視し

ニットキャップの下からニョロっと姿を現し

眼前の敵に向かって威嚇をする。


白い体に赤い目をした蛇が

口を大きく開けて牙を剥き

赤く長い舌をチロチロと動かして

シャーと唸った。


メディッサの意を全く無視して

頭上で繰り広げられる

カラスと白蛇の攻防戦。


というよりは彼女の頭部が

勝手にカラスと戦っていると

言った方が正しいのか。


 ――ちょっと、何してんのよ


繁華街上空を飛び回っていた他のカラス達も

異変を察知して群れを成して集まって来る。


メディッサの頭上では

ちょっとした戦場のような

白蛇とカラス達による

バトルが繰り広げられている有様。


 ――どうして、こんなことになってんのよ


カラスが集まる光景に通行人達は驚き、

それなりの騒ぎになりはじめると当然の如く

メディッサを追っていた警官達も駆けつける。


 ――あぁっ、もうやだっ!


ゴミ捨て場から慌てて逃げ出すメディッサ、

集まっていたカラスの群れは一斉に空へ飛び上がる。


「居たぞっ!」

「追えっ!」


逃亡するメディッサを見つけた警官達は

彼女の後を再び追い掛けて行く。


果たしてメディッサに安息の時は訪れるのか。


-


時を同じくして、場所もやはり同じく渋谷、

渋谷駅から伸びる線路、

その脇に沿うように細長い敷地の公園。


さらにその公園の脇に隣接するように

水量がわずかしない川が流れている。


愛倫アイリンと慎之介、

そして呪術師のサムエラは

石化事件の現場であるこの公園を訪れていた。


「おいクソアマ、お前の都合で

こんな早朝に召集掛けてんじゃねえぞ」


人通りが少ない時間帯という理由で

早朝が選ばれた訳だが、

愛倫アイリンにとっても

その方が都合が良かった。


「まぁそう言いなさんな


あたしも真昼間というのは

どうも戦闘能力が落ちちまうからね


もし万一何かあった時のためにも

これぐらいの時間の方が

まだあたしも動けるってもんさね」



「しかしまあ、こりゃ

見事に石化されちまってるな」


立入禁止区域を警備する警官達と

話をしている慎之介を横目に

人間が石化されて出来た石像を眺め回すサムエラ。


「石化と言うよりは

もはや銅像に近いじゃねえかよ」


専門家としての血が騒ぐのか

自らの顎を手で弄りながら

まるで美術鑑賞でもしているかのように

石像を様々な角度から入念にチェックしている。


「俺的には、

石化させた奴の愛すら感じるな」


「愛、ですか……」


戻って来た慎之介は

サムエラの言葉に戸惑う。


「愛と憎しみは紙一重ってとこかね」


千年もの歳月を生きて来た愛倫アイリンからすれば

そういうこともあるだろうと思えたが、

若い慎之介にはまだ理解に苦しむのかもしれない。



「まぁ、いずれにしても

俺の能力で石化解除出来るか、

ちょっと試してみるわ」


元呪術師のサムエラはそう言うと、

ファーコートを脱ぎ、

続けて真紅のシャツを脱ぎ捨て

上半身裸の姿になった。


サムエラの姿を見て

予想外過ぎて慎之介は少し驚いた。


サムエラの上半身には

余す所なくびっしりと紋様が描かれていて

一見すると刺青タトゥーのように見える。


しかし目を凝らしてよく見ると

その紋様がすべて魔方陣のような形状をしていることが

魔術などに詳しくない慎之介にもすぐわかった。


「びっくりしたかい、あんちゃん」


「あ、いえ、こちらの世界でも一部地域では

祈祷師きとうしが全身に刺青をしていたりしますから

そういう類のもの、でしょうか?」


「まぁ、こいつもこれでもね

呪術師の家系の跡取りとして生まれて、

強制的に全身に呪術紋様を刻まれて

苦労して来ているからね……」


一瞬だけ暗い陰が

愛倫アイリン表情かおに落ちる。


愛倫アイリンはサムエラを小さい頃からよく知っていた。


まるで幼児虐待のような

運命の仕打ちを受けていた

幼少期のサムエラのことを。





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