法で裁けぬ者

「待ってくれっ、違うのだっ、

これは私がやったのではないっ」


ここは人通りが少ない路地裏、

目の前に居るのは死神、

そして人間の男が倒れている。


『異世界人らしき不審者が、

人間を襲っている』


そう警察に通報があり、

ちょうど近辺に居た

警部達に連絡が入り、

急遽この現場へと駆け付けて来た。


愛倫アイリンと慎之介もまた

どさくさに紛れて

一緒について来ている。



今現在、眼前に見えている死神は

おおよそ人間が考え得る

ステレオタイプとほぼ同一の姿。


身の丈は二メートルを超える巨漢、

ローブを纏い、フードを深く被って

その隙間からは白骨姿が覗いており、

死神の身の丈と同じぐらいの

巨大な鎌を手にしている。


人間がイメージする死神そのもの。


死神の前に倒れている人間の男は

既に青白く生気を全く感じさせない、

おそらくは既に絶命しているであろう。



「ひぇぇぇっ!

なんだこのオカルティックなのはっ?」


死神の姿に恐怖する大泉警部、

同行して来た警官達も

拳銃を手に後ずさりする。


「こいつ等、今まであたしを

なんだと思ってたんだろうね?」


オカルティックという点で言えば、

愛倫アイリンもまた

死神といい勝負のオカルト加減なのだが、

やはり見た目は重要ということだろうか。



「撃てっ、撃てっ!」


恐怖に駆られた大泉警部は

咄嗟に警官達に発砲を指示。


「待ちなっ!!」


愛倫アイリンはこれを制止しようとする。


もしこれが本当に死神であるならば、

曲がりなりにも『神』を名乗る存在に

問答無用で発砲するなど、

どんな報復をされるか

分かったものではない。


しかし愛倫アイリン制止の甲斐も虚しく、

やはり恐怖に支配された警官達は

冷静な判断力を失っており、

手に持つ銃の撃鉄を引く。


緊迫した空気の中に

響き渡る銃声。


「あーあぁ、

相手は一応神様だってのに、

こいつ等罰当たりにも程があるね」


しかし銃弾は

死神の体をすり抜けて行くばかりで、

全く効果はない。


「人間達よ、すまぬが

お主らに捕まるという訳にはいかんのでな」


死神はそう言い、

ローブを翻すと

その場から姿を消した。


「そりゃね、

人間に逮捕された神なんて、

あたしだって聞いたことがないよ」


さっきから横で

愛倫アイリンのツッコミを

聞いている慎之介は苦笑するしかない。



「まぁでも、

優しい神でよかったじゃないか、

こんなの普通だったら

殺されててもおかしくはないんだよ」


確かに、死神がその手にする

大鎌を振り回すだけで

目の前に居る人間は

肉体と魂のつながりを絶たれ

それだけであの世行きとなる。


愛倫アイリンの言葉で、慎之介は改めて

今目にした存在が神であることを

再認識せざるを得なかった。


-


「探せっ、探せっ!」


取り乱した大泉警部は

警官達に死神の捜索を命じたが、

愛倫アイリンが動くことはない。


人間達によって、連続突然死の

容疑者にされてしまった死神だったが、

愛倫アイリンはむしろ

死神が犯人ではないことを確信していた。



愛倫アイリンさんはあの死神と

面識はないのですか?」


慎之介は愛倫アイリン

異世界の生き字引か何かと

勘違いしているのかもしれない。


「いや、あたし達の世界も

こちらの世界と同様に

一神教と多神教では

テリトリーが分かれていてね


あたしはどちらかと言えば

一神教の世界寄りだから、

多神教の方はそれ程

詳しくないんだけれども


それでもあの死神は

こちらの世界に元から居る

土着の神じゃあないかね」


「確かに、こちらと異世界を繋ぐ

ゲートが出現してから

霊的干渉が起きて

今まで見えなかった存在が

見えるようになった

という報告がありましたね」



「しかし、

死神が犯人ではないとなると、

警察に通報があったというのも

怪しい気がしますね」


愛倫アイリンの勘を

慎之介は全面的に信じている。


「確かに、

タイミングが良過ぎるね


これまでずっと

被害者の死亡時刻は夜だったのに、

今回だけこの明るい時間ってのは


真犯人が死神をハメようとしたのかね……」



大泉警部と警官達は慌ただしく

容疑者の死神を探し回ている。


「だから、アレが犯人だったら、

あんた達全員とっくに殺されてるって


さすがに神を甘く見過ぎだよ」


被害者の状況を確認した後、

愛倫アイリンはそうツッコミを残して

慎之介と共に現場を後にするのだった。


-


喫茶『カミスギ』に戻って来た

愛倫アイリンと慎之介。


愛倫アイリンはずっと

あのドス黒く腐った魂の欠片、

残留思念のことが気になっていた。


サキュバスの娘達が見たら

まぁまず十中八九は

美味しそうだと

言いはじめるであろうぐらいに

腐って熟成された魂。



「あの死神は捕まりますかね?」


慎之介は愛倫アイリンに尋ねる。


「いや、間違いなく無理だろうね、

あんな一瞬で消えるような相手

こちらの人間じゃあ

捕まえようもないだろうさ」


この流れで愛倫アイリンにも

疑問に思うことがある。


「もし仮に捕まえたとして、

その場合どうなるんだい?」


これには慎之介も

首を傾げながら答えるしかない。


「どうでしょうね、

なにせ相手は神様ですから


人間の法律を適用するという訳には

いかないでしょうし


人間が人間の法で

裁けるような相手はありませんから」


「法で裁けぬ者、

ということになりますかね」



 ――法で裁けぬ者


慎之介のその言葉と

ずっと気になっていた腐った魂が、

愛倫アイリンの中でつながる。


「そうか……

そういうことかい」


そう呟いた後、

愛倫アイリンは言う。


「慎さん、すまないんだけどね、

被害者のことを

もっと詳しく知りたいんだど、

何とかならないかね?


生前どんな人間だったとか

出来るだけ詳細に」


「分かりました、

警察に交渉してみます


しかし管轄が違いますので

こちらに何処まで

情報を回してもらえるかは分かりませんが」


「人間の組織ってのも随分面倒だね、

こういうのをあれだろ?

お役所仕事って言うんだろ?」


「いやぁ、面目ない」


頭を掻きながら苦笑する慎之介。



「そういうことであれば、

拙者にお任せでござる」


上の方から声がしたかと思うと、

天井がパカっと開いて

ニンジャマスターが降りて来た。


「あんた、勝手に

天井に出入り口つくるの

やめてもらえるかい?」


「大丈夫でござるよ、

店主殿にも了解を得ているでござる」


今迄何処に居たのか

全くその気配すら感じさせなかった

店長マスターがカウンターの奥で

親指を立ててサムズアップしてみせている。


これだけ気配を消せるのであれば、

店長マスターも忍者ということで

いいんじゃないかとも思うが、

こちらはただ老いて死に掛けで

生気がないだけだった。


「いや、まぁ、そいつは助かるよ、

ニンジャマスター」


そもそもこの話が

慎之介によって持ち込まれた時から、

ニンジャマスターには先行して

事件のことを調べてもらっていた。


「ニンジャ仲間を動員して

至急調べて来るでござるよ」


ニンジャマスターは

そう言うのとほぼ同時に、

忽然と二人の前から姿を消した。


-


数日後、再び喫茶『カミスギ』に集まる

愛倫アイリン、慎之介、

そしてニンジャマスター。


「これは……

さすがに酷いですね……」


ニンジャマスターの報告と

自分が入手した被害者の資料を見て

愕然とする慎之介。


この世界の警察による捜査では

決して知り得ないことが、

ニンジャマスターの報告にはあった。


催眠やら記憶読み取りやら

異世界人ならではの手法で

集めた情報が多く、

その辺はニンジャマスターも

慎之介には内緒にしておくしかない。


「やはり、愛倫アイリン殿の

読み通りでござったな」


「まぁ、

あれだけ魂が腐ってるんだから、

それなりにやらかしているとは

思っていたんだけどね」



一人目の被害者は、

有力政治家の息子。

悪い仲間に女を拉致させて来ては

別荘に監禁、奴隷として弄び、

挙句の果てには勢い余って殺してしまう、

その被害にあった女性が何人もいる。

しかし闇世界とも繋がりが深い父親が

息子の不始末を闇から闇へと葬り去る為、

決して表沙汰になることはなく、

法的に裁かれることもない。


二人目の被害者は

十数人の死亡者を出した

連続放火事件の容疑者であるが、

現在は証拠不十分として

不起訴になっていた。


三人目は

現在警察が捜査中の

連続強盗殺人事件の真犯人。

こちらも捜査が難航しており、

警察が犯人に辿り着くことは

永遠にないかもしれない。


四人目と五人目は

人身売買シンジゲートのブローカーで、

世界各国を飛び回り

幼女や成人女性を攫っては

闇のルートに売り捌いてる。

こちらも決して

表沙汰になることはないので、

警察はまだこの事実すら知らない。


六人目も

まだ捕まっていなかった連続殺人の犯人、

彼等はみな、

今回の事件の被害者であったが、

別の事件の加害者でもあった。


そしていずれも

死神とは違った意味で

『法で裁けぬ者』達ばかり。



「まぁ、確かに、

全員殺してやりたくなる気持ちも

分からなくはないんだけどね」


今回の連続突然死事件

改め魂強奪事件、

その真犯人の動機に

確信を持つ愛倫アイリン


確かに数百年前、異世界でも

似たようなことがあった。


根本的には力が支配する世界であり、

人間の法による影響力など

たかがしれていた世界だが、

それでも『法で裁けぬ者』達を

力で裁いて、その時は人間達から感謝され

まるでヒーローのように扱われていた、

その者達の仕業に違いない。


「まぁ、こっちの世界の判断基準で言えば、

『行き過ぎた正義』

私刑ってことになるのかね」






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