行き過ぎた正義

今宵もまた

ドス黒く腐った魂を持った者が、

宙に浮く者達に追われていた。


追われている男もまた

罪を背負った者であり、

彼等はその命を以って

償いをさせようとしている。


「や、やめろっ、

やめてくれっ!」


逃げ惑う人間の男。


「お前だって、

そう言ってた相手を

容赦なく殺したじゃあねぇかっ」


「自分の言うことだけは

聞いてもらおうなんて

ふてぶてしい野郎だなっ」


「死んであの世で詫びるんだなっ」


三人の浮遊者は

それぞれに思ったことを口にしている。


追われる男は角を曲がって

路地裏へと走って逃げ込む、

その後を追う三人の浮遊者達。



だがそこには腕を組み

仁王立ちする愛倫アイリン

立ちはだかった。


宙を舞う三人は驚いて

空中で制止する。


「やぁ、天使のみなさん、

お久しぶりじゃあないか」


愛倫アイリンは宙に浮く者達を

『天使』と呼んだ。


確かに彼等は人間に酷似した姿で

全身は真っ白、

その背中に大きな翼を生やしている。


「サキュバスのクソビッチかっ!

そこをどけっ!」


「さては俺達の獲物を

横取りしようってんだな?」


「腐った魂なんて、

お前達クソビッチの大好物だろうからな」


悪態をつく三人の天使達。


「いやだねぇ、あんた達は

天使のクセに品がなくて


もうビッチなんてのは

とうの昔に卒業してんだよ


そうだねぇ……

これからは、

愛に生きる女戦士とでも

呼んでおくれよ」


愛倫アイリンはサキュバスの娘達に

協力してもらい、この辺りで一番

ドス黒く腐った魂を持った人間を探し当て、

ずっと後をつけて張り込んでいた。


天使達がこの人間を襲って来るのを

待ち伏せしていたという訳だ。


-


そして、三人の天使達の背後からは

死神がその姿を現わす。


「挟みうちにしたつもりかっ?」


「いや、あたしはあんた達と

戦う気は無いんだけどね


もちろん、あんた達次第だけど」


「死神を嵌めようとしたのも

あんた達なんだろ?


この世界の神に対して

随分な仕打ちをするじゃあないか


詫びの一つも入れたらどうなんだい?」


「うるせえ、俺達にとって、

神はただ一人だけだ」


「まぁ、そこは確かに

センシティブな問題ではあるけどね」


「でも、あんた達は表裏一体、

合わせ鏡のようなもんじゃあないか」


多神教における魂の管理者『死神』


そして一神教の魂の管理者『天使』


外見は真逆、正反対であるにも関わらず、

魂の管理者という同じ役割を担う両者。


死神は同じ魂の管理者として、

天使達の暴走を止めようとしていたが、

天使達にはそれが疎ましく

死神を嵌めようとしたのだった。


-


「あんた達も

こんなことはもうおよしよ


ここはあたし達が居た世界とは

違うんだよ」


少し憂い顔の愛倫アイリン

もう帰ることは出来ない

滅び行く故郷への哀愁からか。


「おめえも

魂が見えるサキュバスなら

わかるだろ?」


「あいつらは生きてるだけで

他の生命いのち

多大な迷惑を掛けちまうレベルの

生ゴミみてえな魂の持ち主なんだよ」


「あぁ、生きてることを

許しちゃいけねえ奴だよ」


魂が見えない人間達は、

罪を犯した者と無実の者を

見分けることが出来ず、

証拠や自白によって罪人を判断し

法に基づき処罰するが、

それは魂が見える彼等からすれば

何ともまどろっこしい

苛立つ行為にしか思えない。


その人間達が制度化した

裁きのプロセスを掻い潜り、

本来裁かれなくてはならない人間が

裁かれることもなく

のうのうと生きている、

天使達からすれば

それが我慢ならないのである。


「あたしだって、

あんたらの気持ちは

分からなくはないけどね」


「ただね、それでも、

この世界では私刑はご法度なんだよ」


そうここはどんな凶悪犯であっても

最低限の人権が保障される世界、

彼等が居た異世界とは

何もかもが根本的に違う。


「私刑?」


「私刑なんかじゃねぇ」


「そうだこれは神罰だ、

この世界で言う天罰ってやつだっ」


三人の天使達は

口々に反論する。


「おや? あんた達、

それを言っちまっていいのかい?」


不敵な笑みを浮かべる愛倫アイリン


「それはあんた達の神が

あんた達に人間を殺せと命じたって

言ってるようなもんなんだよ?


この世界で言うなら

殺人教唆ってやつだね


今回はあんた達の独断専行なんだろ?


それをまるで神の意志みたいに

捏造発言しちゃあ

まずいんじゃないのかい?


あんた達、死神に

濡れ衣を着せただけじゃ飽き足らず、

自分達の神にまで

濡れ衣を着せる気なのかい?」


-


「そこをどかねえのなら、

力づくで通してもらうぜっ!」


「やれやれ、なんだい、

結局力勝負になるのかい」


何も無い筈の空間に

紋様が浮かび上がり

弓矢を取り出す天使達、

前方の愛倫アイリンと後方の死神に向け

次々に矢を連射する。


愛倫アイリンもまた

自らの魂で構成した剣『斬魂刀ざんこんとう』で

高速で飛んで来る矢を斬り落す。


死神に向けられた矢は

大鎌によって叩き落とされて行く。



天使二人がそれぞれ、

愛倫アイリンと死神に

矢を射続ける間に、

残りの天使が垂直離陸で

空高くへと飛び上がり、

逃げて行った人間の男を追う。


狙われている男は

慎之介が保護して、

待機していた警察車輌で

この場から逃亡していたが、

天使の飛行スピードであれば

走行中の車輌に

追いつかれてしまう可能性が高い。


愛倫アイリンは自らもまた

背に黒い蝙蝠の羽根を出現させ、

空高くへと舞い上がった。


さらにその後を

もう一人の天使が空へと上り

追いかける。



死神に対する天使は

柄の両端に刃を持つ

双頭の剣を手にすると、

これを高速回転させながら

死神に斬り掛かり、

大鎌で死神がこれを受け止めた。


-


ターゲットを乗せた警察車輌を

空から追跡する天使。


その後を追う愛倫アイリン

自らの魂で構成した銃

魂銃レイガン』を両手にし、

二丁拳銃を乱射、

天使を牽制、威嚇する。


愛倫アイリンの魂の一部で

つくられている『魂銃』は

この世界の人間や

物質には全く影響を及ばすことなく、

精神文明至上主義的要素が強い

異世界の住人にのみ効力を発揮する。


羽根の付け根に被弾した天使は、

反転して愛倫アイリンに向け矢を連射、

後方の天使もまた矢を放って来たが、

愛倫アイリンはその両手の銃で

これを次々と撃ち落として行く。


愛倫アイリンの魂により

具現化された『魂銃』では

弾丸が尽きるということはない、

あるとすれば愛倫アイリン

精神エネルギーがゼロになった時か。


両手を左右に広げ、

飛んで来る無数の矢を

撃ち落とし切ると、

さらに前方と後方、二人の天使に向け

銃を乱射し続ける愛倫アイリン


宙を旋回しながら

急上昇、急降下を繰り返す二人の天使、

愛倫アイリンはそれに合わせ

自らの体勢を回転させながら、

これを狙い撃つ。


天使達は防御シールドを展開して

自らに向かって正確に飛んで来る銃撃を防ぐ。


「どういうことだよっ?

たかが、サキュバスのくせに

銃の腕前はガンナー並みに

超一流じゃねぇかよっ」


「なぁに、

千年も生きてると、

退屈で仕方ないからね、

大概のことは一通り

やってみたことがあるのさ」


薄ら笑いを浮かべる愛倫アイリン


「それにね、あたしゃ

この世界の西部劇も大好きなのさ」


「ちっ、クソビッチが

調子に乗りやがってっ!」


最大出力の防御シールドを

前面に展開して

天使の一人が正面から

愛倫アイリンに突撃。


もう一人の天使はその隙に

この場を急速離脱し

ターゲットを追跡しようと試みる。


そちらの方を

追おうとした愛倫アイリンだったが、

突撃して来た天使の

崩御シールドに跳ね飛ばされ、

高空から地上へと墜落して行く。


-


追って来た天使が射る光の矢、

これを避けようとし

蛇行する警察車輌、

しかしハンドルを切り過ぎた為、

パトカーは何回転もスピンして

最後に横転した。


中に乗っていた

慎之介と追われる男、

大泉警部と警官が

外へと飛び出すとほぼ同時に

光の矢が車に突き刺さり、

車輌が爆発を起こして

燃え盛る炎が周囲へと広がって行く。



紅蓮の炎の前に

空から舞い降りて来る愛倫アイリン

その両手には『魂銃』が握られている。


それに対峙する二人の天使、

ここに先程まで交戦していた

三人目の天使と死神が合流を果たす。


「あたしもこんな人間の屑を

必死になって守るのは

本意じゃあないんだけどね


慎さんが助けると言うのなら、

本気でやらせてもらうよ」


そう言って天使達に

睨みを利かす愛倫アイリンだったが、

そこで天使達に起こっている

異変に気づく。


「でもねぇ、あんた達、

こんなことしている場合じゃ、

ないんじゃあないのかい?」


いや、そろそろ頃合だろうと

思ってはいたのだ。


「あんた達、

墜天だてんし掛かってるんじゃあ

ないのかい?」


 ――堕天


「なっ、馬鹿なっ!」


愛倫アイリンの言葉に

我が身を振り返る天使達、

その足元からはかすかに

黒い染みが広がりはじめていた。







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