サキュバスは、ソードマスターと真剣勝負する

奇妙な来客

繁華街、

地下に続く階段を降りて行くと

喫茶『カミスギ』がある。


高齢のマスタがー趣味でやっているか、

もしくは税金対策なのではないかと

疑われるぐらいに、

あまり流行はやってはいない。


ここで自称ウェイトレスとして働いている

レジェンド級サキュバスの愛倫アイリンだが、

よく遊びに来る

同じサキュバスのリリアンに言わせれば、

まともに働いているのを

まだ一度も見た事がないらしい。


それでもリリアンのような

サキュバスの仲間達が

よく来店するようになり、

そのサキュバス達を目当てにやって来る

男性客も増えて来ていたので、

お店からすれば問題はないのだろう。


客寄せの看板娘だと思えばいいのか。



この世界で人間の彼氏をつくり

ビッチを止めると宣言した

リリアンはやらないが、

他のサキュバス達は

店に来た男性客に色目を使ったりもする。


今も店内にいる数人の男性客に

笑顔を振りまいたり、手を振ったり、

アピールに余念がない。


いつの間に話が

まとまったのか分からないが、

お客として店に来ていたサキュバスの一人が

男性客と腕を組んで店から出て、

二人で夜の繁華街に消えて行く。


こうしたことも度々ある。


この後、サキュバスの娘は

男から少しばかりの精気を吸わせてもらい、

その代わりに男に快楽を提供するのだろう。


サキュバスの娘達からすると

いい餌場にもなっているということか。


「あんた達、

ここでそういうことするんじゃあないよっ、

出会い喫茶じゃあないんだからっ」


確かにこれでは

新手の風俗業として通報されかねない。


風俗店は免許届出制度である為、

無免許では高齢の店長マスター

逮捕されてしまわないとも限らない。


サキュバス達のお陰で集客には成功しても

また別の問題が浮上する、

なかなかそう上手くは行かないものである。


「あいつ等、次から

出禁できんにしてやろうかね」


-


そんなある日

その喫茶『カミスギ』に珍客が訪れる。


怪しい気配を感じた愛倫アイリン

カウンターに置いてあった

ナイフとフォークを手にし、

天井に向かって投げつけた。


何奴なにやつっ!」


天井に突き刺さるナイフとフォーク。


普通であれば

喫茶店に置いてある程度の

ナイフとフォークが

天井に刺さる筈はない。


もし刺さったとしたら

どれだけ鋭利なナイフとフォークを

店で使っているのか、

危ないだろうという話だ。


当然、愛倫アイリンが魔力で

硬質化、鋭利化させていた。



「いやぁ、申し訳ござらぬ」


そう天井から声がすると、

天井にある換気口の格子が外れて

狭い穴からぬるっと誰かが降りてくる。


愛倫アイリンにはそれが誰だか

すぐに分かった。


「なんだい、

ニンジャマスターかい」


その場に現れたのは、

忍者の装束を着て、

目元だけを露出している

ニンジャマスター。


「こんなところからお邪魔して、

かたじけない」


彼もまたこの世界の人間ではなく

異世界から移民して来た者。


「ホントだよ、

誰かと思ったじゃあないか、

ちゃんと入り口から入って来ておくれよ」


「いや、拙者、

生まれつき正面玄関からは

入れない体質でござって」


忍者という職業が

遺伝子レベルで組み込まれると

そういう習性になるのだろうか。


「ここは地下だってのに、

よく天井なんかに忍び込めたもんさね、

あんたまるで軟体動物みたいだね」


「拙者、関節を自由自在に

外したり入れたり出来るでござるよ」


愛倫アイリン

妙なところで感心していると、

ニンジャマスターは膝を着いて頭を下げた。


「本日は、愛倫アイリン殿にお願いがあって、

参った次第」


-


「で、なんなんだい?

あたしに話ってのは」


愛倫アイリン

ニンジャマスターに緑茶を出すと、

テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けた。


「それが……

拙者の相棒同然でもある

ソードマスターのことでござる」


「どうかしたのかい?


移民が決まった時、あんた達二人とも、

遠いご先祖様の故郷で暮らせるって、

喜んでいたじゃあないか」


異世界人である

ニンジャマスターと

ソードマスター。


彼等の遠い先祖は

この世界の日本人であり、

戦国時代の頃、

人間世界から異世界に転移して行った

武士や忍者達の末裔。


何故そんな時代に

日本人が異世界に転移したのかは

定かではないが、

愛倫アイリンが居た異世界では

そうやって他の世界から

渡来した者達が一定数おり、

そうした者達は

渡来人とらいじんと呼ばれていた。


それが今回の異世界人の移民により、

渡来人の子孫が

今度は異世界から

日本に戻って来ることになった、

いわば彼等の血筋からしたら

逆輸入のようなもの。



「それが……

しばらく行方知れずになっていて、

私も会えていなかったので

事情がよく分からないのですが……


何でもこの世界で

マフィアの用心棒になったらしく……」


「マフィアの用心棒!?」


思わぬ展開に愛倫アイリン

驚きを隠せない。


「是非、愛倫アイリン殿に、

マフィアの用心棒を止めるよう、

ソードマスターを

説得していただきたいのでござるっ」


深々と頭を下げたニンジャマスターは

勢い余って客席のテーブルに頭をぶつけた。


「ちょ、ちょっと待っておくれよ


あたしも移民仲間の為に力を貸すのは

やぶさかではないんだけどね


今この世界のマフィアと関わるのは

あまりいいことじゃないと思ってるんだよ」


普段は情に厚い愛倫アイリン

今度ばかりは二の足を踏む。


「そこをなんとかっ、

お願いするでござるっ」


「いや、でも、ねえ……」


ここでマフィアと関わって、

今後マフィアと移民局の両方から

目を付けられるなんて事態は

想像に難くない。


愛倫アイリンとしては、

この世界で最も関わりたくないものが

ジャパニーズマフィアでもあった。


「今はまだこちらの人間を

殺したりしてはいないようですが、

それも時間の問題


もし一度でも

こちらの人をあやめてしまったら、

もう引き返すことは出来ません


そうなる前に

ソードマスターを

止めて欲しいのでござる」


「この通りでござるっ」


しかしニンジャマスターは

今にもジャパニーズ土下座を

全力で披露しそうな程に

頭を下げ続けている。


-


ニンジャマスターの頼みに

困り果てている愛倫アイリンだったが、

その場に居合わせ話を聞いていた

他のサキュバス達は

大いに浮かれて盛り上がっていた。


あねさん、

真剣に困ってるとこなんなんですけど、

こいつ等すっかりその気になってますよ」


この世界で彼氏をつくると

心に決めているリリアン以外、

その場に居た全員は大乗り気。


「私、一度マフィアに

会ってみたいと思ってたのよ」


「反社会的な人達なんでしょ?

きっと魂もいい感じに腐ってて

美味しいに違いないわっ」


「いやぁん、

腐った魂美味しそう~

超楽しみ~」


サキュバスの娘達にとっては

マフィアの男どもですら

餌扱いされてしまうのか。



ニンジャマスターも

ここぞとばかりに責めて来る。


「まぁ、みなさん、

こうおっしゃてることですし、

ここは一つお願いするでござる」


これでは一人真剣に思い悩んでいた

愛倫アイリンがまるで

馬鹿みたいではないか。


「もうっ!

あんた達は一体何だってんだっ」


愛倫アイリンは一人でやきもきしていたが、

この集団ではいつものこと。


-


さらにニンジャマスターは

おもむろに床にうつ伏せになり

寝転んで頼み込む。


「この通りっ、お願いでござるっ」


その奇妙な行動に戸惑う愛倫アイリン


「あんたそんなとこで

いきなり寝転んで一体何のつもりだい?」


愛倫アイリン殿は知らないのでござるか?


これはこの世界で

土下座を上回る究極のお願いの仕方、

土下寝どげねでござるよ」


また、冗談を

嘘か本当か見抜けない被害者が

ここにも出てしまった。


しかもそれをドヤ顔で

広めてしまうという。


「そ、そうなのかい?」



結局、周りの後押しもあって

ニンジャマスターの頼みを

断り切れなかった愛倫アイリン

マフィアの用心棒となった

ソードマスターを説得する羽目になる。






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