百年以上ぶりの恋

その後、守屋は

アイリンとリリアンがたむろする

喫茶店『カミスギ』を訪れる。

もちろん童貞喪失を決意、

覚悟を決めた訳ではない。


「慎さん!

会いに来てくれると思っていたよ!

ようやくあたしと

契約してくれる気になったのかい?」


抱き着こうとするアイリンを

守屋は両手を広げ前に出して制する。

抱き着かれてしまっては

また思考停止しかねない。


「い、いや、

そうではなくてですね……」


ちょうど店にいたリリアンは、

アイリンが惚れた男に興味津々の様子。


普段クールに

気だるそうにしいているアイリンが、

これだけ可愛らしくはしゃぐところを

リリアンはかって見たことがなく、

それだけでも目が離せないというもの。



「今日は改めてお願いにまいりました」


席に着きアイスコーヒーを飲んで、

ひと息つくと守屋は改めて本題に入る。


「移民局からの

半強制的な依頼ということではなく、

自分の友人として、

情報提供レベルで構いませんので、

今後もご協力をお願い出来ないかと」


「惚れた女の弱みに

付け込もうって作戦だね、

やるじゃあないか、慎さん」


「いえ、

全然そういうつもりはないんですが……」


「じゃぁなんでもう一度

お願いしに来ようと思ったんだい?

やっぱりあたしのことが

気になったんじゃあないのかい?」


「いえ、

そういう訳でもないのですが……」


「あの後、

アイリンさんに関する調査書や報告書を読んだのですが、

こちらの人間のことを

よく理解しようとしてくださっているのが感じられて……

とても誠実な信頼出来る方だと思いました」


真顔で守屋を見つめるアイリン、

初めて守屋に会った時と同じように

魂の共鳴を感じている。


これまでの自分の言動や行動を

ちゃんと理解してくれている

こちらの人間がいるとは

全く思っていなかったアイリンからすれば、

やはり運命的な相手に間違いないとも思えた。


「そうかい、

やっぱりあんたとあたしは

魂が魅かれ合う者同士ってことかね……

わかったよ。

でも、いくら慎さんの頼みでも、

あたしにも曲げられない流儀ってのはあるからね。

協力するしないは毎回

話の内容を聞いた上で決めさせてもうらうよ」


「もちろんです。」


「じゃぁ、

慎さんの女として、

協力することにするかね」


「そこは友達でお願いします」



これからの共存を約束した守屋とアイリン。

それがサキュバスとこちらの人間が共存する

未来への希望のようにアイリンには感じられる。



そしてこの先、アイリンは

人間社会の様々な問題を目の当たりにして、

時には慎さんとタッグを組んで、

密入国者や不法滞在者に移民者、

そして人間達と対峙して行くことになる。


-


「慎さん、

日本式の漢字を使った名前を

あたしにも付けておくれよ。

あたしもね、

せっかくここに移住して来たんだから、

日本式の名前を付けてみたいのさ」


「わかりました」


少し考えてから守屋は

自分の手帳に文字を書いてみせる。


「では、こんなのはどうでしょう?

『愛』と『倫』で『愛倫アイリン』」


「『愛』はもちろん

サキュバスのイメージですが、


『倫』には『人が修める、守るべき道』

という意味があります。


そしてもう一つ『倫』には

仲間という意味もあるんですよ」


「サキュバスでありながら、

人間のルールを守ろうとするあなたに

ぴったりの漢字だと思うのですが、

どうでしょう?」


愛倫アイリンは嬉しそうな顔で素直に喜ぶ。


「いいねえ、うん、いいじゃないか」


「確かにあたしにぴったりの文字だよ、

さすがあたしが見込んだ慎さんだよ」


「名前も付けてもらったし、

これで慎さんとあたしの契約成立ってことだろ?

早速で悪いんだけどね、

すぐそこにラブホあるから、行こ」


「は?」


「なんなら店内ここでだっていいんだよ?

プルプル震える店長マスターと小娘がいるけど、

気にしなくていいからね」


「あれだろ? 

名前を付けてもらったら、

その人があたしのあるじになるっていう

決まりなんだろ?」


ねえさん、それは和風系の設定ですから、

洋風系の私達は違うんですよ!」


「なんだい、そうなのかい?

ここは日本なんだし、

そういうことでいいじゃないか。

『郷に入っては郷に従え』だよ」


-


強引に契約しようとする愛倫アイリン

戸惑う守屋だったが、

サキュバスの本能的な習性だろうと解釈して、

折衷案を申し出る。


「まだ童貞を捨てる訳にはいかないんですが、

報告書で読んだ『ドレインタッチ』なら

ご協力出来るのではないかと」


若干不服そうな愛倫アイリンではあるが、

少しでも進展があるなら嫌がる道理もない。


「まぁそれでもいいかね。

慎さんの精気が貰えるなら、

有難く頂戴しておくとするかね」


守屋の頬に掌で触れる愛倫アイリン

二人の初めての接触。


「こっちに来てからはじめてだよ、

人間の男の精気を吸わせて貰ったのは」


惚れた男に精気を貰えて

幸せそうな顔でご満悦の愛倫アイリン


「人狼がいるじゃないですか?」


ここまで惚れた男の前ではよく笑い

可愛いらしい愛倫アイリンを見て

戸惑っていたリリアン。


人間男性との恋愛願望がある自分より先に、

惚れた男に精気を貰っている愛倫アイリンを見て

ちょっとだけ嫉妬してみたりする。


「あれは獣だしね、

緊急措置で仕方なくってやつだよ」


精気を吸われぐったりしている守屋。


「いやぁ、

結構体 だるくなるもんなんですね」


「やだよ、

久しぶりでちょっと吸い過ぎちまったかね」


これまでの様子を

横で見ていた高齢 店長マスター

何を思ったかプルプル震える手で突然

愛倫アイリンの手を握る。


「どうしたんだい? 店長マスター


「わっ!

店長マスターしぼんでいきますよ!」


「おかしいね、

ドレインタッチはしてないんだけどね」


「ダメダメ!店長マスター早く手を離して!」


高齢店長マスター興味本位で危うく死にかける。



いつもと調子が違う愛倫アイリン

困惑していたリリアンだが、

次第になんとなくだが気づく。


自分が生まれてから百年ちょっとが経つが、

愛倫アイリンはその百年以上の間、

恋をしていなかったのだと。






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