承 秘密

 ある日、私は妻と寝室で会話していた。

「なあ君、二人も年頃だ。そろそろ自分の人生を考えていく年齢だ。最近の香月の態度は目に余るところも多い。私はこのままでは葉月が不憫でならないよ」

「それでも私には、どちらも可愛い娘――。私たちはどんなときも二人を平等に分け隔てなく育ててきたつもりです。もしもこれから社会に出て葉月が不当な扱いを受けることがあれば、私は全力で葉月を守っていくつもりです。それしか、私にできることはありません」

「ああ、それは私も同じ気持ちだ。葉月にはもっと自分に自信を持てる経験をさせてあげたいし、香月には自分を表現する場所を与えてあげたい。けれども如何せん、二人はくっ付いている……」

「……香月のことは……、私、貴方に申し上げておかなくてはならない重大なことがありますの。これは、私たち藤堂一族に受け継がれている不の鎖、と言いますでしょうか、信じてもらえないかもしれませんが、受けとめてくださいますか?」

「何を今さら。君の言ったことに間違いなんて今までなかったじゃないか。そんな君がどうして私に秘密があったなんて、そっちの方がショックだ」

「すみません。これは藤堂一族の中でもトップシークレット。関わった者のみしか知らない、他言を許されないことなんです。だからこれから聞く私の話を、貴方は最後まで聞いたら絶対に娘達には言わないと約束してください。そして、私のお話を聞いた後、貴方がどうするか、どうしたいのか、改めて聞かせてください」

「ああ」


 妻はいつになく深刻そうだった。表情からも、口調からも、これから起きる何らかの災難を予想できた。

「実は、藤堂一族には代々受け継がれている恐ろしい病があるんです。そしてそれは女にだけ遺伝する奇病……」

「奇病?」

「はい、年頃になると発症し、それ自体で死に至ることはありませんが、難治性の非常に痛ましい病です」

「一体、どんな病気なんだ」

「はい、最初は顔から始まり、少しずつ全身に広がってくるんです。」

「何が?」

「腫瘍と爛れによる顔の崩壊と体の変形です。痛みも伴います。進行は早く、年頃に発症してから成人を迎える頃には全身に。私は……小さな頃、その病気を患った親戚を見たのですが、とても言葉では言い表せないほどのお姿でした。私の従姉でしたの、美しかった彼女は、あの綺麗な瞳は、私に差し出された手には嘗て桜貝のようだった爪は、どこにあるのやら……私はあんなに慕っていたはずの従姉を恐いと感じてしまったのです。」

「……でも、君は発症していないじゃないか」

「はい。それは私が醜女だから――。どうしてか、その病気は美しい容姿を持った女にだけ遺伝するのです」

「なんという……そんな非科学的なことがあるのか」

「私も詳しくは知りませんが、ご先祖様は『呪い』だと言っていたそうです」

「今の時代、呪いなんて」

「そうですよね、だから秘密なんです。この病気に名前はなく、治療法はありません。発症した女は気が狂って死ぬか、一族が用意する施設で療養という名の幽閉を強いられて一生を終えるか、選択肢は二つしかないのです」

「待て、それでは……」

「はい、おそらく香月は……もうすぐ発症するでしょう」


 私は、妻の信じ難い話を、私なりにどう解釈したら良いものか長いこと悩まされた。もし妻の言ったとおりになったとしたら、妻の言うことが真実であれば、私たちはどうすることもできないではないか。

 美しい容姿を一生奪われる恐怖に苛まれるであろう哀れな妹と、そんな妹と離れられずに不幸のまま自身の一生をともに奪われる醜く哀れな姉。これは、いよいよ私たち夫婦だけの問題ではないように思えてきた。

 たとえ避けられない運命であっても、娘達にも、この事実を知る権利はある。そして人生を選択する権利はあるのではないだろうか。だが、誰がどう伝える。どのように告げる――。考えは堂々巡りだ。




 私の思いとは裏腹に、実はこの私たちのやり取りを陰で盗み聞きしていた存在がいたとに、このときの私は全く気付いていなかった。

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