転 変化

「キャーーーー!!」


 その悲鳴に続き、慟哭が家中に響き渡ったのは、私が藤堂一族の秘密を知ってから二ヶ月後の、二人の十七歳の誕生日だった。

 この二ヶ月は、不気味なほど穏やかに過ぎ、私はあの秘密を妻の戯言だと思えてくる。しかし、私は知っている。妻は戯言など言わない質の女だ。

 姉妹は相変わらずで、美しく活発な香月は、たとえ葉月がセットであっても周囲の男子から人気があり、自宅でパーティをしたり、葉月を連れ回してデートに出掛けたりしていた。葉月はというと、文句の一つも言わずに香月に付き合い、罵られても前以上に笑っていた。私は、その笑顔が不憫でならなかったのだが、どうしてもそこに潜む違和感を感じてしまうのはなぜだろう。葉月は愛想笑いなどしていない。心から笑っているのだ。おお、なんと哀れな、美しい子なんだ。私は、いよいよ二人の分離手術を考えるようになっていた。


 そして、時期はとうとう来たのだ。香月が泣いている。リビングで朝食を摂っていた私は妻と目を合わせ、二人の寝室へ掛けていった――。


「わ、私の顔が……崩れているわ!」

 それは、まだ小さな変化であった。私からすれば瞼と口元にヘルペスのような粒の塊が出来たくらいにしか見えなかったのだが、できものなど無縁だった香月にとってはひどく恐ろしい存在ということがわかる反応だ。

 妻は泣きじゃくる香月を抱きしめ、背中をさすり始めた。私はどうするべきか。姉妹のどちらを抱きしめるべきか――足が一歩も出ない。そのときだった。

「ふ、ふっ……ふふふふ」

 今まで聞いたことのない、葉月の笑い声だった。

「葉月、どうした? 何がおかしい」

「だって、だって、神様はいたんだなって、嬉しくて」

「何だって?」

「それに香月の顔、いい気味だわ。私はこのときを待っていての」

「うう……どういうことよォーー!」

 黙っていられなくなった香月はヒステリーを起こし、妻の腕の隙間から上半身を乗り出し、姉を必死に叩いた。

「香月、あんたはこれから私なんかよりもっともっと醜い化け物になるのよ」

「なんですって……?」

「私はあんたと違うから、あんたに優しくしてあげる」

 葉月は笑っていたが、瞳は涙で潤んでいた。

 その後、香月は失神し、葉月からあの夜偶然に私たちの会話を彼女が聞いてしまったことを告げられた。何と言うことだ。

 全て知った上で、葉月がこれから葉月らしく生きていくために、どうしたいのか、私は彼女に尋ねた。私にはそうするしかもう手立てが思いつかなかったのだ。

 そうすると、葉月は、香月が眠っている間に美容整形で自分の顔を美しくしたいと言った。私は、もっと先に彼女の気持ちを、心の声を聞いてやるべきだったのだ。私と妻は泣きながら承諾した。




 全身麻酔をし、大掛かりな手術が始まった。双子を分離するかどうかの選択については、香月が起きて、自身の運命を全て伝えた後に、香月にしてもらおうと私は考えた。あの子の未来を、私は、私はどうしても想像できなかった。

 葉月の整形手術は無事に終わり、しばらくの間は包帯で顔を覆っていたが経過は順調と担当医から聞かされた。この間、自己防衛からか外部との意思疎通を遮断してしまった香月は、ぐるぐるで撒かれた葉月の顔が美しく変わったとは思いもしていなかっただろう。

 しばらくして双子が退院すると、いくらか正気に戻った香月が家中の鏡を壊し始めた。香月が鏡を壊すので、葉月は自分用の手鏡を買ってほしいとねだった。


 香月の皮膚病は日に日に進行していく。不思議なことに、その進行が体に及んでも、決して葉月の体を侵すことはなかった。二人はまるで陰と陽。

 私は、ある日大きな決断をし、双子の寝室を尋ねた。大きな決断とは、二つのこと。一つは、香月の病の末路。そしてもう一つは双子の体について、つまり分離手術について二人に考えてもらう機会を与えた。


 私が話し終えると、香月は意外にも冷静に受けとめていた。葉月は未だ包帯で覆われていたからどんな表情かは読み取れなかった。

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