第39話 戦い
それから二日が経った午後のことだった。
空は完璧という言葉が似つかわしい青色をしていた。
思わず不気味になるくらいに。隅から隅まで僅かな曇りもなかった。
俺たち第五分隊は午前の巡回を終え、兵舎に戻っていた。一息ついていた。凪のような時間がそこには流れていた。
ウゥゥゥゥゥ……!
穏やかな時間を打ち払うようにけたたましい警報の音が鳴り響いた。生理的な嫌悪感を引きずり出すような音色。
「奴らだ! 魔族の連中が攻めてきたぞ!」
外から衛兵の怒声に近い叫びが聞こえてきた。
街をぐるりと囲む石壁にそびえる見張り塔から観測したのだろう。
一瞬にしてその場に緊張感が流れる。
ボルトン団長は兵舎にいた衛兵たちに告げる。
「よし。総員。配置につけ!」
その号令に従い、衛兵たちは散り散りになる。
俺たちの持ち場は以前のアンデッド戦と同じだった。最前線の門前。戦いにおいてまず死守しなければならない場所だ。
当然、激しい戦いになり、多大な危険を伴う。
前回は俺たち第五分隊の四人だけで防衛することになった。しかし、今回は他の分隊の衛兵たちも加わることになっていた。
曰く――。
「ジークたちは前回、たった四人で立派に戦い抜いた。その姿を見て、何というか、格好いいと思っちまったんだよ」
「俺たちも最初は理想を抱いて入団したんだ。秘宝や街の人々を守りたい。世のため人のために戦いたいってさ」
「けど、働いてるうちにそんな気持ちも忘れちまってた。……お前たちを見ているうちにその時の気持ちを思いだしたよ」
「俺たちもいっしょに戦わせてくれ。大切なものを守るために」
ということらしかった。
衛兵たちは皆、真剣な顔つきをしていた。最初に出会った時とはまるで違う。戦う人間としての覚悟が備わっていた。
「ジーク。頼んだぜ」
とボルトン団長に声を掛けられる。
「……かつての仲間と戦うのは辛いだろうけどよ」
「いえ。覚悟は出来ています」
俺はこの街の衛兵だ。
王都の人々に危険をもたらす存在であれば、容赦なく打ち倒す。それがたとえ、かつての仲間だったとしても。
「ジーク。あたしたちもいっしょに行くわ」
「うちらも少しは役に立てると思うし」
「……ハルナ。イレーネ」
ハルナとイレーネは俺に言ってきた。
「あんな奴だけど、ずっとこれまで戦ってきた仲間だから。あたしたちがあいつのことを止めてやらないと」
「ここで放っておくのは、無責任すぎだよね」
「危険な戦いになるぞ」
「そんなのは覚悟の上よ。あたしらがどれだけ死線を潜ってきたと思ってんの。死んでも死んだりしないわよ」
「それにいざとなったら、ジークが守ってくれるっしょ」
ハルナとイレーネは薄く微笑みを浮かべる。死の危険を覚悟して腹を括りながらも、俺に対する信頼の眼差しを感じた。
「うっしゃ。とっとと全員ぶっ飛ばして、祝勝会でも開こうぜ。街の連中の驕りでタダ酒をしこたま飲んでやるんだ」
スピノザが手のひらに拳を打ち付け、ニヤリと笑う。
全身から精気が漲っている。すでにやる気万端のようだ。
「ウフフ。悪いけれど、MVPの座は渡さないよ。僕はこの戦いで大活躍して、ご褒美としてジークに頭を撫でて貰うんだ」
ファムは目の前に垂らされたニンジンのためにモチベーションを上げていた。ちなみに俺は一言もそうするとは言っていない。
「ジークさん。行きましょう!」
セイラが俺に手を差し伸べてくる。
「――ああ」
俺は仲間たちに向かって頷いてみせると、一歩前に踏み出した。そしてかつての仲間を止めるために門前へと急いだ。
門前へと辿り付いた。
しばらくすると、遠くのように無数の魔物の影が見えた。
その先頭に立って率いる者。
頭部に二本の角を生やし、膨張した筋肉質な身体には紋章が刻まれている。はち切れんばかりの魔力が蜃気楼のように立ち上っていた。
変わり果ててしまったが間違いない。
奴はかつて俺の仲間だったナハトだった。
「ナハト……」
☆
「……ジーク。ようやく見つけたぜ」
ナハトはジークを金色の瞳で見据えると、口元を歪めた。
それは三日月のような、邪悪な感情に支配された笑みだった。
余裕めいていた彼の笑みはしかし、ジークの背後に揃った衛兵たちの中に紛れている者たちを見た途端にかき消えた。
――あれは……ハルナとイレーネか? 殺し損ねたと思っていたが、アスタロトの街にまで逃げてきていたのか。
なぜ他にも逃げ場所がある中でここを選んだのか?
理由は一つしか考えられない。
ジークの奴がいるからだ。
Aランク任務に失敗した後、あの二人は言った。
『ねえ。今からでもジークに頭下げて、戻ってきて貰わない? もちろん、許して貰えるとは思えないけど……。でも、あいつが【紅蓮の牙】の大黒柱だったわけだから。あたしたちだけじゃどうにもならないわよ』
ナハトから命からがら逃げ出した後、二人はジークを頼ってこの街を訪れた。そして共にいるということは、許して貰えたのだろう。
「……ふざけやがって! 結局、お前らはジークに寝返ったのか! 俺じゃなく、ジークの方を選んだってことだな!?」
ナハトは全てにおいてジークに勝っている自負があった。
奴は自分の踏み台であり、嘲笑うためだけの存在だと。
だから、散々弄んだあげく、飽きたから捨てた。
ナハトはジークをパーティから追い出した時、何の感慨もなかった。奴はこれで一人になったと高笑いしたくらいだ。
だから、ナハトは許せなかった。
二人がジークの元に身を寄せていることが。
「……許さねえ。ジークだけじゃねえ。ハルナもイレーネも。この街の連中も皆、纏めて焼き尽くして皆殺しにしてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます