第38話 騎士団への協力要請

 まずは敵の情報を把握しなければならない。

 ナハトが率いていた魔物の群れについて。

 俺はハルナとイレーネに詳しいことを聞いた。

 彼女たちのおかげで敵の戦力を把握することが出来た。

 敵の戦力は飛行系や魔法使い等、正面以外から攻めてくる魔物が多い。となると正面の門を守る俺たちだけでは対処するのが難しい。


「騎士団の連中とも連携を取った方がいいだろうな」


 このままでは明らかに戦力が足りない。

 それに衛兵たちは接近戦を主戦場とする者が多い。

 飛行系の魔物であったり魔法を使う魔物と対峙するのは不得手だ。

 騎士団の連中の方がそれらの魔物の扱いには慣れている。

 単純に衛兵よりも騎士団の方が戦闘力に長けているしな。

 協力を仰がない手はない。


 俺はボルトン団長に、魔族に墜ちたナハトが攻めてくること、迎え撃つために騎士団との連携が必要になることを話した。

「分かった。俺から騎士団長のグレゴールに要請してみよう」


 ボルトン団長は騎士団に要請を送ると引き受けてくれた。しかし、午後になって兵舎に戻ってきた彼の表情は渋かった。


「どうでしたか?」と俺は尋ねる。

「……どうもこうもねえよ。突っぱねられた。こっちはこっちのやり方でやる。衛兵風情の指図は受けないとよ」


 ボルトン団長は苛立ちに任せてテーブルを拳で叩いた。

 ドン! という音に周囲の衛兵たちがビクッと身体を竦める。


「それどころかむしろ、お前たちが騎士団に従えだとよ。ふざけやがって。俺たちは互いに独立した組織だ。傘下に入ってやる謂われはねえ。それに奴の指揮の下で戦えば、捨て駒にされるのは目に見えてるからな」

「それでボルトン団長は何と返事を?」

「――ハッ。クソ食らえって吐き捨ててきてやったよ。あの野郎、こめかみをピクピクとさせていたくご立腹のようだったぜ」

「ああ……」


 俺は額を押さえながら天を仰いだ。

 完全に交渉は決裂してしまったらしい。俺たちは同じ街を守る同士だというのに。何故このようにこじれてしまうのか。


「ジークさん。どうしましょう?」

 とセイラが意見を仰いできた。

「もうさあ、あたしたちだけで良いんでねーの?」とスピノザ。

「僕としてもその方が嬉しいね。知らない人が多くなると緊張するから。僕はこう見えても人見知りなんだよ」

「それは知ってるが」

 どう見てもファムは人見知りだった。


「せっかく戦力がいるんだ。使わない手はないだろう。騎士団と連携が取れれば、防衛戦は遙かにやりやすくなる」

「でも、グレゴールさんには断られてしまいましたよね?」

「グレゴールにはな。だったらその下の奴に頼んでみればいい。ちょうど俺たちにはツテがあることだしな」

「ツテですか?」

「ああ。グレゴールに次ぐ地位にいて、奴以上の人望を持つ者がな。この時間なら巡回に出ている頃だろう。行くぞ」


 俺は第五分隊の仲間たちを連れて兵舎を出た。

 街中を歩いて探し回る。

 大通りを一本逸れた路地に彼女の姿はあった。

 石畳の上にしゃがみ込んだエレノアは、柔らかい微笑みを浮かべながら、目の前にいる子猫にミルクを与えていた。

 子猫はピチャピチャとミルクを舐めていた。


「……ふふ。そんなに急がなくても、誰も取ったりしないわ。ゆっくり飲みなさい。私が見張っておいてあげるから」

「エレノア。ここにいたのか」

「にゃっ!?」


 まるで猫のような声を上げてエレノアは肩をビクッと跳ねさせた。振り返り、俺たちに気づくと頬を朱に染めた。


「……み、見ていた?」

「何をだ?」

「……私が子猫に語りかけていたところを」

「随分と優しい表情をしていたな。まるでその子猫の母親のようだった。剣を握っている氷姫の時とは別人だ」

「……っ~!?」


 エレノアは声にならない声と共に目を見開くと、その場で頭を抱えてしまった、耳まで真っ赤に熟れている。


「……よりにもよって、あなたに見られてしまうなんてね。ふふ……。終わりよ。もう私は生きていけないわ」

「別に恥ずかしがることはないだろう」と俺は言った。「子猫に見せていたお前の表情は魅力的だったと思うが」

「み、魅力的……!?」

「ああ」

「……そ、そう。まあ、真に受けるほど私は単純な女ではないけれど。寝る前に今の言葉は何度も脳内再生させて貰うわ」


 こほん、と咳払いをしながら言うエレノア。

 しっかり真に受けているようだった。


「……さっき、私を探してたと言っていたけれど」

「ああ。エレノア。お前に頼みたいことがあってな」

「私に頼みたいこと?」


 俺はエレノアに事情を説明した。

 この街にもうじき、魔族が攻めてくること。騎士団の協力を仰ぎたいが、グレゴールには撥ねのけられてしまったこと。


「なるほど。それで副団長である私にね」

 エレノアは言った。

「確かに私は裁量権を持っているから、騎士団全員は不可能だとしても、かなりの人数を独断で動かすことが出来るわ」

「なら――」

「けれど、それは私自身の判断に基づくならの話よ。衛兵の要請に応えたと知れれば、グレゴールは黙っていない」


 エレノアは睨み付けるように俺をジト目で見てきた。


「騎士団内での私の立場も危うくなりかねない。……それが分かっていてもなお、あなたは私に協力を要請するのかしら?」

「ああ。そうだ」


 俺はエレノアの両肩を掴んだ。


「だが、エレノア。お前だけが頼りなんだ」

「わ、私だけ……?」

「他の誰でもない、お前にしか頼めない」

「そ、そんなに真摯な目で見つめないで頂戴。反則よ……」


 エレノアはたじろいだように目を逸らした。いつもの気丈さはそこにはない。居心地が悪そうに身体を縮こまらせていた。


「……あ、あなたがそこまで言うのなら。協力してあげてもいいわ」

「本当か!?」

「……ええ。ただ、それで私が騎士団を辞めるようなことになったら、あなたにその責任は取って貰うけれど」

「大丈夫だ。そのようなことにはさせない」

「……そ、そう。まあ、私としては、騎士団を辞めた責任として、あなたに貰ってもらうというのもゴニョゴニョ……」


「おい、こいつ。チョロすぎねーか?」

「完全にメスの顔をしていたね。氷姫もかたなしだ」

「しっ!」


 スピノザとファムがぼそりと呟いたのを、セイラは口元に指を立てて制していた。

 ともあれ、騎士団に協力を取り付けることが出来た。これで万全の状態でナハトたちを迎え撃つことが出来るだろう。

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