第37話 許し

 俺たちはハルナとイレーネを街の中へと迎え入れた。

 本来、今の時期に外部の者を受け入れるのは出来ないのだが、ボルトン団長にかつての俺の仲間だと話すと許可が下りた。

 兵舎の救護室へと運び込む。


 ハルナもイレーネも傷だらけでボロボロだった。

 力尽きずにこの街に辿り着けたのが奇跡的なくらいだ。

 衛兵団の回復術士と治癒薬のおかげで傷は塞がった。

 二人が落ち着きを取り戻すのと同時に話を切り出した。


「さっきの話は本当なのか? ナハトがエストールの街を滅ぼしたと」

「ええ。そうよ。あたしたち、見たもの。ナハトが高笑いを上げながら、エストールの街を焼き尽くしていくところを」

「街の人たちも次々に殺されていって……うっぷ」

「イレーネ。無理に思いだそうとしなくていい」


 俺は青ざめた表情のイネーレの記憶に蓋をしようとする。彼女にとってエストールの街で見た光景はトラウマと化しているようだ。


「だが、どうして奴がそんなことを……」

「【紅蓮の牙】が解散したからじゃないかしら」

「……【紅蓮の牙】が解散しただと? なぜだ?」

「あんたが抜けてから、【紅蓮の牙】は上手く回らないようになったから。今までなら楽勝でこなせてた任務も、失敗するようになって。あたしたちはギルドの連中や冒険者たちからバカにされるようになったのよ」

「うちらが失敗続きになったのは、ジークが抜けてからだから、他の人たちは紅蓮の牙を支えてたのはジークだったんじゃないかって言い出して。それにムキになったナハトがAランク任務を受けようって言ったんだよね。今のうちらじゃ絶対無理だからって止めたんだけどまるで聞かなくて。街の連中を見返してやるんだって」

「それで任務を受けたんだけど、案の定、歯が立たなかったわ。全滅しそうになったから命からがら逃げ出したの。任務は失敗して、パーティの信頼は地に落ちた。その後ナハトと揉めたこともあって、紅蓮の牙は解散することになったのよ」

「そうだったのか……」


 俺がいなくなってから、そんなことになっていたのか。

 ナハトたちが苦戦していたことなど、まるで知らなかった。衛兵になってからは冒険者の情報に目を向けなくなっていたから。


「あいつは【紅蓮の牙】にいる自分に誇りを持ってたから。それをなくして、自暴自棄になって凶行に及んだのかも……」

 とハルナが言った。

「そうか。しかし、こんなことを言うのも何だが、ナハトの実力でエストールの街を一夜で滅ぼすのは不可能だろう」


 ナハトは実力者ではあった。

 だが、一人でエストールの街を滅ぼせるほどかと言われれば否だ。


「あの時のあいつは、何かに取り憑かれてるみたいだったわ。頭に角が生えてたし、見た目も禍々しかったし。それに……魔物を引き連れてた」

「たぶんだけどー。ナハトは魔族になっちゃったんだと思う」

「奴は魔に魅入られたというわけか」



 この前のリッチのように、人間の中でも魔族に寝返る者はいる。

 もしかするとナハトも唆されたのかもしれない。

 ちなみに魔物と魔族は似て非なる存在だ。

 魔王やその眷属など、強大な魔力を持つ者は魔族に分類される。魔物の上位互換が魔族と捉えると分かりやすい。


「……あいつ、街を焼き払いながらあんたのことを叫んでたわ。俺をこんな目に遭わせたジークは許さないって」

「凄い逆恨みじゃんね」

「……たぶん、近いうちにナハトはこの街を襲いに来るわ。ジークがこの街にいることはあいつも知ってるから」

「そうか。報せてくれて助かった」


 敵の素性が分かっていれば、対策も立てやすい。


「お前たちはこれからどうするつもりだ?」

「何も考えていないわ。本当はパーティを解散した後、魔法学校の講師でも目指そうかなと思ってたけど。街はなくなっちゃったし」

「そうか。なら、しばらくこの街にいるといい。俺から話は通しておく。落ち着いた後に働き口を探す手伝いもしよう」


 俺がそう言うと、ハルナもイレーネもきょとんとした表情になった。


「…………どうして?」

「ん? 何がだ?」

「……あたしたちはあんたにこれまで散々、酷いことをしてきたのよ? まさか、忘れたわけじゃないでしょう?」

「普通だったら怒ったり、見捨てたりすると思うんだけど」


 二人とも不安そうな表情をしていた。

 罪悪感が透けて見えていた。


「……そうだな。忘れたわけじゃない」

 俺は言った。

「俺はお前たちに散々罵倒され、罵られた。足手まといと言われたり、ただ突っ立ってるだけのカカシと言われたりな」

「だったら――」

「だが、俺はお前たちに貰ったものも忘れたわけじゃない」

「「え……?」」

「俺が最初、パーティに入った時、中々馴染めずにいた俺に対して声を掛けてくれたのはハルナ――お前だっただろう」


 俺はパーティの中で一番の後入りだった。

 だから、任務達成の打ち上げの際も、中々馴染めずに隅の方にいた俺に、


『ジーク。どうしてそんなところにいるのよ。もっとこっち来なさいよ。今日はあんたの歓迎会も兼ねてるんだからね? ほら、主役は真ん中に来る!』


 と声を掛けてくれたのはハルナだった。

 彼女が明け透けに俺に接してくれたおかげで、他の面々も遠慮することがなくなり、俺たちは仲間となることができた。


「イレーネは俺とナハトが口論になって揉めた時、後でこっそりナハトに俺へのフォローの口添えをしてくれていただろう」


 パーティが発足したての頃は方針を巡って俺とナハトは対等に喧嘩をしていた。互いに高みを目指しているからこその口論。

 イレーネは俺とナハトが決裂しないようにと取り計らってくれていた。


「……そういえば、そんなこともあったわね」

 とハルナが呟いた。

「もう凄い昔のことのように感じるし」とイレーネが言った。


 最初は俺たちもちゃんとした仲間だったのだ。互いが互いを尊重し合い、一つの目標に向かって邁進することが出来ていた。

 それがいつしか、歪んでしまっていたけれど。

 だが――。


「パーティを抜けた今も、俺はお前たちの仲間だ。少なくとも俺はそう思っている。仲間が困っているなら助ける。当然だろう」

「「…………」」


 ハルナとイレーネは信じられないものを見るような目で俺を見た。


「「ごめんなさい!」」


 二人は俺に向かって深々と頭を下げてきた。


「な、何だ。どうした」

 俺は言った。

「もしかして、傷を治癒したことか? それなら気にするな」

「そうじゃないわ」


 ハルナは首を横に激しく振った。


「謝らせて欲しいの。あたしたちが今まであんたにしたこと全部。本当はあんたがあたしたちを支えてくれていたのに。それに気づけずに酷いことをたくさん言って……。今頃になってようやく気づくなんて、本当にダメだとは思うけれど。もちろん、許して貰えるとは思っていないわ。でも、ただ、謝らせて欲しい」

「許すさ」

「えっ?」

「間違えることは誰にでもある。たった一度の間違いで全てが終わるほど、俺たちの仲は浅いものじゃないだろう」


 それに、と俺は言った。


「俺は誰かを正せるほど、正しい人間じゃない。いや、俺だけじゃない。皆、どこかしら歪んだ部分はある」

「ジーク……」

「顔を上げてくれ。俺はお前たちが生きていてくれたことが嬉しい」

「「…………」」

「どうした?」

「ううん。ホント、相変わらずだなって思っただけよ」

「ジークって、根っからのお人好しだよね。うちらに罵倒された時も、言い返してきたは一回もなかったし」

「それは単にボキャブラリーに乏しいだけだ」


 照れ隠しにそう呟いた。

 ハルナとイレーネはそんな俺を見て、小さく微笑みを浮かべた。その表情は、最初俺と出会った頃の純粋な彼女たちを感じさせた。

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