第36話 壊滅

 朝。

 俺は兵舎の個室のベッドで目覚め、日課のトレーニングをこなす。日が昇りきる頃には肉体が良い具合に覚醒していた。


 ――よし。今日も具合は万全だ。


 程よいところで切り上げると、シャワーで汗を流す。身体が整う。さっぱりしたところで食堂へと足を運んだ。

 すでに衛兵たちは各々食事を取っている。

 ――が、何やら様子がおかしい。

 どことなく不穏な雰囲気を纏っていた。


「ジークさん! 大変です!」


 違和感に小首を傾げていると、慌てた様子のセイラが駆け寄ってきた。一目散に俺の元にやってくると矢継ぎ早に口を開いた。


「あ、あのですね! たたた大変なんです!」

「落ち着け。まずは呼吸を整えるんだ」

「は、はい」


 セイラは胸に手を宛がうと、息を吸った。すーはーすーはー。深く呼吸する度、ビキニアーマーに覆われた豊満な胸が隆起する。


「ふう……」

「落ち着いたみたいだな。それで? 何があった?」

「これを見てください!」


 セイラが俺に差し出してきたのは新聞だった。

 今朝の日付が記されたそれは、デンショバードがこの街に運んできたものだ。世界情勢や界隈の街の出来事が書かれている。

 ――ドクン。

 今日の一面になっている記事を見た途端、心音が撥ねた。


「なっ……!?」


 そこに書かれていたのは――

『エストールの街、何者かの襲撃により壊滅。魔物か?』

 という目を疑うような見出しだった。


「エストールの街というのは、以前ジークさんのいた街ですよね? それを見て、お伝えしなければと思いまして……」

「……ああ。紛れもなく俺がいた街だ」


 俺が冒険者としての経験を積んでいった街。

 俺が冒険者として【紅蓮の牙】の一員となり、仲間たちと共に戦い、成長し、最終的には決裂してしまった思い出の刻まれた街だ。


「それが――一夜にして壊滅してしまっただって……?」

「……はい。酷い有り様だったそうですよ。街は軒並み、焼き払われ、住んでいる人たちもほとんど亡くなられてしまったとか」

「だが、エストールの街には冒険者たちがいる。【紅蓮の牙】の連中も。彼らも皆、やられてしまったというのか……?」

「分かりません。けれど、壊滅したということは恐らく……」

「…………」


 俺はテーブルについていた手で額を押さえると、目をキツく瞑った。

 まぶたの裏に浮かんでくるのは【紅蓮の牙】の連中。

 ナハト。ハルナ。イレーネ。

 彼らは皆、【紅蓮の牙】が有名になるのと同時に人が変わってしまったが、俺にとっては長い時間を共に過ごした仲間だ。

 あいつらも皆、やられてしまったというのか……?


「ジークさん。大丈夫ですか……?」

「ああ。問題ない」


 俺は目を開けると、セイラの方を見やる。

 過ぎ去ったことはもうどうしようもない。

 今は目の前にある事態に向き合わなければ。


「……冒険者連中を軒並み倒してしまったとするなら、敵は相当の手練れだな。街一つを一夜で壊滅させたとなると、Aランク級か」

「恐らくは。ドラゴンやワイバーンでしょうか? いや、でも、目撃情報もないのに突然現れるのは不自然ですよね」


 ドラゴンやワイバーンの生息地帯には観測隊が常置されている。もし出現すれば、事前に街に警告が行くはずだった。

 エストールの街は一夜にして壊滅状態に陥ってしまった。

 とすると、敵は前触れもなくいきなり現れたことになる。


「……敵の正体は掴めないな。だが、魔物であればこの街も危ない。ここには光のオーブが安置されているんだから」


 魔物にとってこの王都に安置された光のオーブは天敵だ。

 何と言っても、彼らを統べる魔王を封印する楔なのだから。

 放っておくとも思えない。


「とにかく、最大限に警戒しておく必要があるだろうな。俺たちは衛兵として、俺たちに出来ることをするだけだ」

 


エストールの街の一報は衛兵たちの間にすぐさま駆け巡った。

 ボルトン団長は魔物たちがいつ襲って来ても迎え撃てるようにと、衛兵たちを総動員し最大級の警戒態勢を敷くように指示した。

 俺たち第五分隊は最前線である門前の警備を任されていた。


「一夜にして、街を丸ごと滅ぼしちまう魔物ねえ……。とんでもない奴がいたもんだ」とスピノザが欠伸を漏らしながら呟いた。

「まあ、今日来る分には一向に構わねえけどな。全く酔ってねえしよ。あたしの中の強者センサーが働いたのかもな」

「ウフフ。単にお金がなくて、お酒が飲めなかっただけだよね」


 ファムが横やりを入れる。


「いずれにしても、警戒しなければなりません。そのような強大な魔物を、王都に入れてしまうわけにはいきませんから」

 セイラは真剣な面持ちをしていた。

「そうだな」と俺も頷いた。

「――あ。誰か来たようですよ!」

 セイラが前方を指さしながら叫んだ。

 俺も含めた第五分隊の面々は身構える。いつでも迎え撃てる体勢になる。しかし、その警戒はすぐに解けることになった。


「どうやら、旅の方のようですね」


 近づいてくるのは二つの人影だった。

 ゆっくりと、時折よろめくように歩いている。

 近づくにつれ、その姿がはっきりと目視出来るようになる。


「あれは……!? ハルナとイレーネじゃないか……!?」


 見間違えるはずがない。

 門に向かってきていたのはハルナとイレーネだった。


「ジークさん。お知り合いなんですか?」

「俺のかつての仲間たちだ。エストールの街でパーティを組んでいた。……そうか。あの二人は生き延びていたのか」

「だが、随分と弱っているようだ。すぐに手当てをしないと」

「おい。ハルナ! イレーネ!」


 俺は持ち場を離れると、二人の元へと駆け寄った。

 ハルナもイレーネも俺の姿を見ると、目を大きく見開いた。地獄に垂らされた希望の糸を見つけたかのような表情になる。


「ジーク……?」

「……ひ、久しぶりー。会えてよかった」

「聞いたぞ。エストールの街が壊滅したそうだな。……良かった。お前たちは生き延びることが出来たんだな」


 俺はそう言うと、ここにいないもう一人の仲間について尋ねた。


「ナハトの奴はどうしたんだ?」

「そ、それが」


 イレーネは口ごもっていた。

 まさか、あいつはすでにやられてしまったのか?

 そう危惧した俺にハルナが告げたのは、衝撃的な事実だった。


「ジーク。聞いて。エストールの街を滅ぼしたのは、ナハトよ」

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