第34話 恋愛事情
「ジークさん。聞きましたよ!」
翌日の朝。
兵舎の食堂で朝食を食べていると、セイラが鼻息荒く話しかけてきた。その瞳の中には好奇心の星が瞬いていた。
「朝からやけに元気だな。どうした?」
「エレノアさんに告白されたそうじゃないですか!」
「ああ。そのことか」
「どうして私にもっと早く教えてくれなかったんですか! もしかすると、お力になれるかもしれなかったのに!」
「お力にって……。何をするつもりだったんだ?」
「ふふ。私、こう見えて恋愛話が大好きでして! 街の女性の方々からもよく、恋愛相談を受けることがあるんですよ」
「そうなのか」
「なので、お二人にとっての恋のキューピットになれるかと」
「しかし、耳が早いな。あの場にいた衛兵たちの誰かから聞いたのか?」
「ファムさんに教えて頂いたんです」
「ファムに? あの場に彼女はいなかったはずだが」
「ウフフ。バッチリいたよ」
にゅっ、と食堂の席に座る俺の股の間から顔を出すファム。肝が据わっていない者ならひっくり返っているところだ。
「……妙なところから出てくるのは止めろ」
「僕は影のように、君を常に観察しているからね。エレノアが君に恋慕の情を伝えているところも見ていたとも」
いるんじゃないかとは思っていたが。
油断も隙もない奴だ。
「それでジークさんはどうしたんですか? 告白を受けたのでしょうか?」
とセイラが前のめりになりながら尋ねてくる。
「そこはファムに聞いていないのか」
「はい。本人に直接聞いてくれと言われまして。どうなったのか気になりすぎて、昨日はろくに眠れませんでした!」
見ると、セイラの目の下にはうっすらと隈があった。
「その時に聞きに来れば良かっただろう」
「いえ。もう夜分も遅かったですから。ジークさんがお休みになっているところを、邪魔するわけにはいきません」
その辺りの分別はついているようだ。
やはりセイラは第五分隊の中で一番の常識人だ。
これがスピノザなら部屋の扉を蹴破ってでも訊きに来ただろうし、ファムはそもそも俺の部屋に度々不法侵入している時点で論外だ。
「告白は受けなかった」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ」
「エレノアさんはとても綺麗だし、聡明な女性ですよね? ……もしかして、ジークさんにはすでに恋人がいるとか?」
「いや、特にはいないが」
「では、どうしてですか?」
「恋愛に興味を抱いていないからな。今は付き合うとか、付き合わないとかより、この街を守ることに専念したい」
「はええ……。凄いプロ意識ですね」
セイラは感心したように呟いた。ついで苦笑いを浮かべる。
「他の人の恋愛話に一喜一憂している私がバカみたいです」
「それはそれで良いんじゃないか? 価値観は人それぞれだ。恋愛に現を抜かす人たちを否定したりはしない」
要は本人がよしとするかどうかだ。
「では、ジークさんは誰ともお付き合いするつもりはないんですね」
「今のところはな」
「それを聞いて安心したよ」とファムが言った。
「なぜだ?」
「君が誰かと付き合うことになると、その相手とのデートであったり、イチャイチャする様を観察することになるからね。NTRの性癖に目覚めてしまいそうだ。脳が破壊されてしまうことになるのはゴメンだよ」
「NTRって……。いつから俺がお前のものになった?」
そもそも俺とファムはただの同僚でしかない。
……しかし、こいつが四六時中俺のことを観察していると思うと、ますます特定の相手と付き合う気がなくなるな。
「というか、そういうお前たちはどうなんだ?」
「「?」」
「特定の相手はいたりするのか?」
「「……」」
セイラとファムは互いに顔を見合わせた。
セイラはあははと苦笑いを浮かべながら言った。
「私はその……他の人の恋愛話を聞くのは大好きなんですけど……自分のこととなると何も話せることがなくてですね……」
こと自分の恋愛についてはからっきしのようだ。
他人の色恋沙汰には全力で手を貸すし、頼れるキューピットになれるが、自分の恋愛になるとシャイなタイプなのかもしれない。
「僕は人見知りだからね。そもそも異性と話す機会がほとんどない。必然、色恋沙汰などとは無縁になると言うわけさ」
こいつはそもそも社会不適合者だった。
「となると、第五分隊は全員、色恋沙汰とは無縁というわけか」
「まだスピノザさんには聞いていませんよ?」
「いや、あいつには聞くまでもないだろう」
俺はそう呟くと、食堂の入り口の方へと顎をしゃくった。
セイラは俺が指し示した方角を見やる。
そこには二日酔いなのか、懲役三百年を喰らった囚人のような顔をしたスピノザが壁に手を付きながらリバースしていた。
「うえええええ……! 気持ち悪ぃ……!」
「うわあ! こいつ! 吐きやがった!」
「最悪だ! よりによって食堂でするのは止めろ!」
周りの衛兵たちはドン引きし、阿鼻叫喚が起こっていた。
ちなみに彼女のこのような振る舞いは兵舎でのみ見られるものじゃない。街中のどこででも同じようなことを繰り返していた。
「そうですね。スピノザさんはきっと、私たちの仲間です」
「不安になったとしても、下を見れば彼女がいるから大丈夫だね」
セイラとファムはスピノザの様子を見てホッとしていた。
「私、第五分隊の皆さんと仲間で良かったです」
セイラはしみじみと呟いていた。
変な団結意識を抱いているようだった。
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