第32話 打ち合い

 練兵場へとやってきた。

 俺たち第五分隊とエレノアが相対する。

 その周りには騎士たちが控えていた。


「まずは貴重な時間を割いて貰ったこと、感謝するわ」

「俺たちにとっても、余計な疑いを掛けられるのは面倒だからな。手合わせをして誤解が解けるのならその方がいい」

「双方にとって利害が一致するというわけね」

「それで? 誰が相手をすればいいんだ?」

「当然、あなたたちの中で一番腕が立つ人よ。アンデッド軍を全滅に追い込んだ、立役者というのは誰かしら?」

「誰か一人の活躍というわけじゃない。全員の力があったからこその勝利だ。立役者が誰かと問われると困るな」

「その割には皆、あなたを見ているようだけど?」

「え」


 俺は仲間たちを見回した。

 セイラも、スピノザも、ファムもこちらを見つめていた。


「立役者となると、ジークさんではないでしょうか」

「ま。その点に関しては異論はねえわな。あたしらだけじゃああはならなかった。あんたが前線にいたからこその結果だ」

「それに僕たちが戦っても、彼女は納得しないんじゃないかな。君が戦うからこそ、彼女も理解すると思うからね」

「どうするのかしら?」とエレノアが尋ねてきた。

「そこまで言われると、俺が出るしかないだろう」


 俺はそう呟くと、仲間たちより一歩前に踏み出した。


「俺が相手になろう」

「決まりね。では、早速始めましょうか。危ないから、木剣にする?」

「真剣で構わない。それくらいで死ぬほどやわな鍛え方はしていない。もっとも、そっちが使いたいというなら話は別だが」

「私も同意見よ。真剣でやりましょう。ただ、後悔することになるわよ」


 エレノアは腰に差していた剣を抜いた。冷たい輝きを放つ剣身が露わになる。場の空気が一瞬にして張り詰めるのが分かった。

 俺もまた、剣を抜くと正中線の前で構える。左手には盾。

 遠巻きに眺めていた騎士たちが口々に言った。


「あの衛兵、死んだな……」

「エレノア副団長がどれだけ強いのかもしらないで……」

「まだ若いから副団長の座に納まっているが、単純な実力では騎士団長も凌ぐんじゃないかと言われるくらいだ」

「衛兵の分隊長風情が敵うような人じゃない」


 連中の言うとおり、エレノアはただ者ではない。氷姫という異名を取るほど、剣の道に邁進しているのが伝わってくる。

 だが、奴らは一つだけ見落としている。

 もし俺がエレノアと渡り合える自信がないのなら、端から勝負など受けない。受けたとしても一対一ではなかっただろう。

 そして、俺は自惚れているわけではない。


 つまり――。

 俺はエレノアと渡り合うだけの自信があるわけだ。


 エレノアは地面を蹴ると、駆け出した。

 セイラにも匹敵するほどの、鎧を着けているとは思えない俊敏さを有していた。


「――はあっ!」


 裂帛の気合いと共に放たれた一撃を盾で受ける。

 一撃が重い。それに早い。

 もしパリィを狙いに行っていたら、貫かれていた。


「ふっ! せいっ!」


 最短距離で繰り出される剣先。

 まるで針の穴を通すように正確無比な軌道。惚れ惚れするようだ。今まで出会ったどの剣士よりも美しい剣筋をしていた。


 だが――。

 それ故に軌道を読むことが出来る。


 俺は敢えて隙を作るような防ぎ方をしていた。

 エレノアほどの実力者が、それを見逃さないわけがない。

 案の定乗ってきた。


「――貰ったわ!」


 撒き餌である左脇腹へと剣を突き入れようとする。

 そこをパリィした。


「……っ!?」


 エレノアは重心を崩され、後ろへと仰け反る体勢になる。

 これまで、一分の隙もなかった彼女に初めて隙が生まれた。


「――よし。獲った!」


 無防備になった胴体に剣を振り下ろそうとする。

 その瞬間、俺は勝ちを確信していた。

 しかし、エレノアはそこであっさり勝負を投げたりしなかった。すぐさま剣を持たない方の手の平を俺に掲げてきた。


 嫌な予感がした。

 第六感が警鐘を鳴らしていた。

 こういう時の勘というものは、得てして当たるものだ。


「――アイスシュート!」


 詠唱を口走ったエレノアの左手からは、氷弾が射出された。

 ほぼゼロ距離から放たれた一撃。

 俺は寸前のところで盾で防いだ。

 氷弾は盾を凍り付かせる。

 それは盾から手首へと浸食しようとしてきた。慌てて盾を投げ捨てる。


 ……危なかった。

 もう少し反応が遅れていたら、今頃は氷像になっていた。


「……驚いたわ。完全に仕留めたと思ったのに。素晴らしい反応ね。確かにあなたはただの衛兵というわけではなさそう」

「氷魔法――あんたは魔法剣士というわけか」

「ええ。珍しいでしょう?」

「剣術と魔術はまるで分野が違う。体得するのは並大抵のことじゃない。それも両方共に一流のレベルとなれば尚更だ」


 エレノアは剣士としては間違いなく一流の実力者だ。それに加えて、先ほどの氷魔法も一流の魔法使いのそれだった。


「簡単よ。ただ、血の滲む努力をすればいいだけ」

「なるほど。なら、俺にだってなれるな」と言った。 


エレノアは口元に微笑みを浮かべる。

 それを見た騎士たちはざわついていた。


「エレノア副団長が笑ってる……」

「普段は鉄仮面みたいに無表情なのに」

「あの衛兵との戦いを楽しんでるのか?」

「――そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね。これほどの実力者、ぜひ名前を教えて貰えるかしら」

「ジークだ」

「……ジーク。全力を出して戦える相手は久しぶりよ。でももう終わり。私の全てを以てあなたを負かすわ!」


 エレノアはそう言うと、左手の平を掲げた。氷魔法が発動する。

 次の瞬間――。

 俺の足元の地面から氷柱が突き出してきた。


「――くっ!」

「逃がさない!」


 次から次へと襲い来る氷柱を、駆け回りながら躱す。

 しばらく逃げ回ったところで、気づいた。


 ――囲まれている。


 いつの間にか周囲を氷柱に取り囲まれていた。

 そうか。エレノアは俺を攻撃するために氷魔法を撃っていたわけじゃない。真の狙いは逃げ場をなくすことだったんだ。


 頭上を見やる。

 円上になった氷柱の吹き抜け部分から、エレノアが降下してきていた。逃げ場を失った俺を仕留めるために剣を振りかぶる。


 躱せない。

 かと言って、盾もないから防げない。


「これで終わりよ! ――はああああっ!」


 エレノアは俺に向かって全力の一撃を叩き込んだ。

 大気が震えた。

 衝撃によって周囲を囲んでいた氷柱が砕け散った。


「え……!?」


 エレノアは信じられないものを見る表情をしていた。

 彼女は確かに俺の胴体を切り裂いた。

 しかし、その剣は真っ二つに折れてしまっていた。


「そんな……!? 間違いなく直撃したはず……!」

「ああ。だが、お前の攻撃力より、俺の防御力の方が勝っていた」


 それだけの話だ。


「……なるほどね」


 エレノアは口元を苦々しげに歪めた。 


「やっと理解できたわ。あなたたちがアンデッド軍を全滅させられたのは、あなたの常軌を逸した防御力があったから」

「そういうことだ」


 俺は丸腰になったエレノアの首元に剣を突き付けた。

 エレノアはふっと笑うと、


「……私の負けよ。私にはあなたを倒すための手段がない」


 両手を挙げて、降参の宣言をした。


「……けれど、ここまで完膚なきまでに負かされたのは初めてよ。ジーク。あなたという人間に興味が湧いたわ」


 エレノアは雪解けたような柔らかい表情をしていた。

 俺を見つめるその視線は、熱っぽかった。

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