第29話 騎士の横暴

 街の巡回の途中、広場に差し掛かった。

 そこは正門を通り抜けると、すぐのところに位置している。

 中央に噴水があり、辺りに石畳が敷かれている。

 主婦たちが井戸端会議に興じていたり、子供たちが走り回って遊んでいたり、街の住民にとっての憩いの場所となっていた。


 長閑な光景だ。

 俺たちが一休み入れるために立ち止まって伸びをしていると、向かいの道から見慣れた顔の二人が歩いてくるのが見えた。


「驚いたな」

 と俺は言った。

「大して広い街じゃねえんだ。巡回してりゃ、鉢合わせになることもあるだろ。現に他の衛兵の連中とも会ったしな」


 腕組みしながらスピノザが返してきた。

 傍にはファムが控えている。


「いや、そうじゃなくて。スピノザが真面目に巡回してることがだよ。てっきり、酒場にでも入り浸ってるのかと」

「バカ言うな。仕事中だぜ? んなことするかよ」

「前はしてただろ」


 しっかり飲んだくれて、酔っ払っていた。


「良く言うよ。君は今日も酒場に行こうとしていただろう。ツケ払いが膨らみすぎて出禁になったから止めただけで」

「あっ! ファム! てめえ、チクりやがったな!?」

「僕は部下として、ジークに状況を報告しただけだよ」

 とファムが言った。


「ちなみに彼女は巡回もサボろうとしていたよ。僕は止めようとしたんだけどね。カジノに入り浸って一文無しさ」

「洗いざらい全部ぶちまけてんじゃねえ!」


 スピノザはファムに掴みかかろうとする。

 しかし、ファムは身体を捻ってひょいと躱すと、俺の背中へと隠れた。そこから顔だけをスピノザに向かって覗かせた。


「ウフフ。君の攻撃は当たらないよ」

「これだから陰気な奴は嫌いなんだ。こそこそしやがって。気に入らないなら、ちゃんと正面からぶつかってきやがれ」


 スピノザはそう言うと、俺を見据えた。


「……ジーク。そいつをこっちに引き渡しやがれ。今回ばかりは我慢ならねえ。生意気なあいつに教え込まないとな」

「何をだ」

「どっちが上かってことをだよ」

「君のような粗暴な人間と正面からやり合うつもりはないよ。知ってるかい? 争いは同じレベルの者同士でしか起こらない」

「こ、こいつ……!」

「おい。仲間同士で止めないか」


 俺は慌てて二人の間に仲裁に入った。

 このままだと戦闘が始まってしまいそうな雰囲気だ。街を守るはずの衛兵が街に波乱を引き起こしてどうするんだよ。


「あの二人、相性が悪いみたいですね」とセイラが言った。

「どうもそうらしいな」


 明るく豪快なスピノザに、暗くて繊細なファム。

 まるで正反対な二人は、磁力であれば引き合うのかもしれないが、人間関係においては反発しあうことの方がずっと多い。

 水と油の関係だった。


「同じ分隊の仲間ですし、仲良くして欲しいのですが……」


 全く同意見だ。

 しかし、こればかりはどうしようもない。

 その時だった。


「騎士団の連中が帰ってきたぞ!」


 と街の住民が叫ぶ声がした。


「「……!」」


 広場にいた連中の目が門に続く道へと向いた。

 門の方から白銀の鎧に身を包んだ集団が歩いてくる。馬車も引き連れていた。住民たちは彼らの通るルートの左右に列をなした。

 そして、その場に跪いた。

 騎士団の連中は魔物を討伐するための遠征に出ていた。彼らが帰った時は、街の者たちはこうして出迎えることになっていた。

 俺たちも騎士団の連中の行路を邪魔しないよう、脇に捌けた。

 騎士団の連中は我が物顔で石畳の道を闊歩していた。自信が服を着ているようだ。全員の顎が平行よりも上向いていた。


「相変わらず、随分と偉そうだな。気にくわねえ」

 とスピノザが小さく吐き捨てた。

「その点に関しては同感だ。権力を笠に着た者ほど醜い者はない。これだけ離れていてもむせ返ってしまいそうだ」


 ファムの声色には、嫌悪の色が滲んでいた。


「あっ……」


 路地でボール遊びをしていた子供たち。

 片方が投げたボールを、もう片方が受け損ね、それは左右に並んだ人垣を超え、騎士団の行路のど真ん中に転がっていった。


「ご、ごめんなさーい」


 と言いながら少年がボールを拾いに道に入ってきた。すると、先頭を歩いていた騎士の一人が目の色を変えた。


 次の瞬間――。

 騎士の右足が、少年の鳩尾を蹴り上げていた。


「うああああ!?」


 ドボォ、と痛ましい音が響いた。

 少年は呻き声を上げながら、その場に蹲る。


「――っ!?」


 隣にいたセイラが息を呑むのが伝わってきた。

 街の住民たちも同じだった。

 その場の空気が一瞬にして凍り付いた。


「俺たちの行軍を邪魔するなんて、とんでもないガキだ! その舐め腐った性根をバカな親の代わりに叩き直してやる!」


 騎士の男はそう言うと、蹲った少年を更に足蹴にした。

 頭を抱え、涙を流しながらごめんなさいと何度も口にする少年をいたぶり、周りにいた他の騎士たちもニヤニヤするだけで止めようとしない。


「何て酷い……!」


 とセイラは唖然とした表情を浮かべていた。

 彼女が動くよりも早く――俺は動き出していた。

 騎士が更に少年を蹴ろうとしたところ、軸足に足払いを掛けた。


「うおっ!?」


 バランスを崩した騎士は尻もちをついた。睨み付けてくる。


「何だ? お前は?」

「それはこっちのセリフだ。その子が謝ってるのが聞こえないのか?」


 俺が睨むと騎士の男は凄んできた。


「お前……衛兵だな? 自分が何をしてるのか分かってるのか?」

「ああ。俺は衛兵だからな。街を守るのが仕事だ。街の住民を脅かす、お前のような奴を見過ごすわけにはいかない」


 俺が言うと、騎士が口元を嗜虐的に歪めた。


「随分と威勢のいい衛兵が入ったみたいだな」


 そして、腰に差していた剣の柄に手を掛ける。


「衛兵風情が騎士に逆らうなんてのは、言語道断だ。立場ってもんを、バカなお前の身体に分からせてやるよ」

「剣を抜くのなら、相応の覚悟をした方がいい」

「切り捨てる!」


 騎士が上段に剣を振りかぶった瞬間だった。

 ――遅いな。

 俺は騎士の顔を掴むと、体重を乗せ、思い切り石畳に叩きつけた。


「がっ……!?」


 勢いよく石畳と接吻を交わした騎士は白目を剥き、歯が粉々に砕け散った。うつ伏せに倒れると、ピクリとも動かなくなる。

 俺は物言わぬ騎士に向かって、吐き捨てるように言った。


「随分と鍛錬を怠ってるんじゃないか? 隙だらけだ。――と言っても、もはやお前の耳には届いていないだろうがな」

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