第28話 巡回中
平日の昼間。
俺はセイラと共に街の巡回業務をこなしていた。
「ジークさん。今日はとても良いお天気ですね」
隣を歩くセイラが頭上を仰ぎながら呟いた。
抜けるような青空には、雲一つ浮かんでいない。王都に降り注ぐ日の光は、人々の心の膿を溶かすかのようだ。
「そうだな」
と俺は頷いた。
「おかげで何も起きない巡回中、眠くなる」
王都の中を歩きながら、異変がないか目を光らせる。
住民同士が揉め事を起こしているようなら間に入って仲裁したり、困っているようなら解決するために手を貸すこともある。
しかし――。
今日は何も起こらない、平穏そのものだった。
「平和なのは素晴らしいことですよ?」とセイラが言った。
確かにそうだ。
衛兵が眠気を催すというのは平和な証拠だ。
街中を歩いていると、住民たちがセイラに視線を向ける。
女性たちが彼女の容姿を見て黄色い声を上げていた。
「セイラさん。相変わらず抜群のスタイルね。それにあの胸……。いったい何を食べればあんなふうになるのかしら?」
「素敵よね。私もセイラさんみたいになりたい」
男性たちはセイラのことを鼻の下を伸ばしながら見つめている。
「お。セイラさんだ。眼福眼福……」
「優しい上に、おっぱいも大きい。最高だよなあ」
隣にいる俺ですら、視線が突き刺さっていることに気づくのだ。当然、セイラもそうだと思っていたが違っていた。
「?」
まるで気づいていなかった。
どれだけ自分の容姿に無頓着なんだ……。
「それにしても、スピノザとファムを組ませたのは心配だ。何しろ、うちの分隊きっての問題児二人だからな」
巡回業務は二人一組になって執り行う。
俺はセイラと組むことになり、スピノザはファムと組むことになった。
この分隊で真面目に業務をこなそうとするのは、俺とセイラの二人なので、それぞれが問題児を監督すれば良かったのだが……。
「私があのお二方と組むと、甘やかしてしまいますから」
そうなのだ。
セイラは甘い。甘すぎる。
以前、セイラがスピノザと巡回の際に組んだ時の話だ。
『巡回なんざ面倒臭い。酒が飲みたい』
と愚痴を吐いたスピノザに対して、
『たまには息抜きも必要かもしれませんね。……分かりました! 少しだけなら、お酒を飲んでも良いですよ』と許可した。
『おおっ! 話が分かるじゃねえか!』
喜び勇んだスピノザは、先ほどの気だるさはどこへやら。
酒場へ駆け込むと、店中の酒樽を空にするほど呑んだ。
兵舎に帰ってきた時、スピノザはセイラの背中でベロベロに酔っ払っていた。ボルトン団長にはこってりと絞られた。……分隊長の俺が。
セイラがファムと組んだ時も同じだった。
『――セイラ。僕にはやるべきことがあるんだ。片時も目を離せない。だから、ここは君に任せてもいいかな?』
と打診されれば、普通、理由くらいは訊くものだ。
仕事中なのだから。
それに優先する事項かどうかは確認する。
しかし――。
『ファムさんがそう仰るなら、よほど外せない事情なんですね……。分かりました! 私に構わずそちらを優先してください!』
とあっさり許可してしまった。
ちなみにファムのやるべきことと言うのは、俺へのストーキングだった。
巡回をサボるほどの理由では全くなかった。
セイラは人の言うことをすぐに鵜呑みにしてしまう上、相手の要望を、自分が損をすることが分かっていても聞き入れようとする。
セイラと組んだ者は皆、怠惰の限りを尽くしてしまう。
なので、スピノザとファムを彼女に宛がうことはできなかった。サボりの温床になるのが見えているからだ。
……セイラはダメ人間製造機になりそうだな。
将来、悪い男の食い物にされてしまわないか心配だ。
『この人は、私がいないとダメですから……!』とか言ってヒモ男を飼いそう。
セイラは母性と慈愛に溢れているからな……。
「ジークさんは普段、とてもお優しいですけど、叱る時はビシッと叱りますよね。いつも見ていて凄いなあと思います」
「絞めるところは絞めないと、舐められるからな。……特にスピノザのような者は。飴と鞭の配分を見極めなければ」
「私もちゃんと、人を叱れるようになりたいです」
「なら、練習してみるか?」
「練習ですか?」
「ああ。俺がサボってる衛兵だと思って、注意してみればいい。いきなり本番で叱るのも難しいだろうしな」
「わ、分かりました。やってみます」
セイラは顔を強ばらせながら頷いた。肩を上下に動かし、気をほぐす。頬をぺちんと軽く叩いてから、予行練習に入った。
「ジークさん。そこで何をしているんですか? 私はさっき、街の巡回業務に行くようにと命じたはずですよね?」
「固いこと言うなよ。たまにはこうして骨抜きしないと持たないって」
「そ、そうですよね――じゃなくて! ダメじゃないですか! 街の人たちの生活を守るために仕事をしないと!」
セイラはむむむ、と怒った顔を作ると――。
「ジークさん! めっ! ですよ?」
俺の顔をずびしと指さして言った。
――えっ?
「どうでしょう? 上手く出来ていましたか? ビクッとして、次からはちゃんと仕事をしようと思いました?」
「いや……むしろ逆効果かもしれない」
「ええっ!?」
セイラの怒り方の根底には慈愛が透けて見えるから、怒られた瞬間、もっと怒られたいと思ってしまった。
これは中々、道のりは険しいかもしれない。
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