第27話 護衛
翌日。
俺たちは盗賊団の頭目を刑場まで連行するため、王都の地下牢へとやってきた。
俗世から隔離されたその場所は、壁に掛かった松明以外に光の差さない暗闇。
濃密な瘴気が立ちこめている。
常人が迂闊に足を踏み入れようものなら、心が蝕まれてしまいそうだ。
ボルトン団長の後に続く形で石畳の通路を進む。
一番奥の牢へと辿り付いた。
そこはより一層、瘴気が強かった。
暗闇の中、大柄の男があぐらを掻いて横柄に座っていた。
「ガゼル。連行の時間だ」とボルトン団長が言った。
男はゆっくりと顔を上げた。
恰幅のいいその男は、ギラついた目でこちらを見据えてきた。地下牢に入ってなお、目はまるで死んでいない。
「……おお。もうそんな時間か」
盗賊団の頭目――ガゼルはそう呟くと、重たげに腰を上げた。
自らの足で牢を出る。
太い首筋をポリポリと掻いている。
くああ、と大きなあくびを漏らした。
「随分と余裕だな」と俺は言った。「これから処刑なのに」
「ビビるとでも思ったか?」
ガゼルは口角を持ち上げた。
「死にたくないと泣き叫んだり、縋りつくように命乞いをすると? まあ、本当に死ぬのであればそれもあり得たかもな」
「……自分は死なないとでも言いたいのか?」
「俺には可愛い手下たちがいるからな。奴らが必ず助けに来る。――むしろ、今日死ぬのは俺じゃなくお前らだ」
ガゼルは諭すような口調になる。
「悪いことは言わねえ。今すぐ、俺を解放しろ。そうすれば見逃してやる。薄給の仕事のために死ぬのは馬鹿らしいと思わないか?」
「確かにな」
と俺は言った。
「だが、お前を見逃せば、罪のない人々が苦しむことになる。だから、おいそれと逃がしてやるわけにはいかない」
「そうかよ」
ガゼルは残念そうに呟いた。
「なら、精々、自己満足の正義感のために死んでいけや」
俺はその言葉を無視すると、他の者たちと共に奴を刑場へ連行する。
刑場は街の外れにあった。
普段は閑散としている場所だが、今日は盗賊団の頭目の処刑を喧伝していたからか、街の住民たちが大勢集まっていた。
盗賊団の悪評は散々、広まっていた。
連中に対する怒りを募らせた人々が、処刑を見届けようと駆けつけたのだろう。その場には黒く煮えたぎる憎悪が渦巻いていた。
「この鬼畜外道め! 死んで償え!」
「お前のせいでどれだけの人が苦しんだと思ってるんだ!」
その罵倒を耳にしたガゼルは、民衆に向かって叫ぶ。
「ごちゃごちゃ抜かすな! 外からヤジしか飛ばせないカス共が! 言っとくがなあ、俺は一つも後悔してねえからな!」
目をつり上げ、口元を挑発的に歪めた。
「お前らみたいな養分がいるからこそ、俺たちは楽しく暮らせるんだ! これからも奴隷にように弄んでやるよ!」
はっはっは、と高らかに嗤うガゼルを、ボルトン団長は処刑台へ連れて行く。俺たちはその周りを警護していた。
――残党たちは必ず、このタイミングで仕掛けてくるはずだ。
そして、ガゼルが処刑台へと続く階段に足を掛けた時だった。
「今だ! お頭を助けろ!」
見物客たちの間から、飛び出してくる影があった。
一見すると単なる街の住民。
しかし、その動きは俊敏で、洗練されていた。
日の光が彼らの手に握られた短剣を照らし出す。
――やっぱり来たか!
街の住民たちは突然の襲撃に慌てふためき、蜘蛛の巣を散らすように逃げ出した。
その中でこちらに向かってくるのは……。
いずれも盗賊団の残党たちだ。
「ほらな? 言っただろ? 可愛い手下共が助けに来るってよ」
とガゼルは嗤った。
「お前らはもう、おしまいだよ」
一直線にガゼルの元へと向かおうとする盗賊。
俺はその前に立ち塞がった。
「邪魔する奴は誰であろうと、皆殺しだあ!」
躊躇なく突き出されたナイフを、俺はパリィで弾いた。
「うぉっ……!?」
重心を崩した盗賊の胴体を抜き放った剣で切り裂いた。
「ぐああああ!」
一人を片づけても、まだかなりの数がいる。
十人近くいるだろうか?
佇まいを見るだけで分かる。
全員、それなりの手練れのようだ。
だが、俺たちにとっては大したことではない。
盗賊団の男が首を鳴らしながら、挑発的に言った。
「……たった一人倒したくらいでいい気になるなよ? ガゼル盗賊団全員を敵に回したらどうなるか思い知らせてやる」
「なるほど。それは良いことを聞いた」
と俺は言った。
「――ここにいる者で盗賊団は全員か。なら、お前たちを片づければ、今日限りでガゼル盗賊団は壊滅というわけだ」
「ほざけ!」
頭に血が上った盗賊の男が襲いかかってくる。
だが、俺に斬りかかる前に、横から飛んできた大槌に脳天を撃たれた。水切り石のように石畳の上を弾き飛ばされる。
「はっはー! ナイスショットだ!」
スピノザが大槌を肩に担ぎながら、にやりと笑う。
「あたしらのことも忘れて貰っちゃ困るぜ。……それで? 次はどいつがあたしの大槌に脳天をかち割られるんだ?」
「ふざけやがって! 生意気な口を利けなくしてやるよ!」
盗賊団の中に、切り込む一陣の風。
次の瞬間、バッタバッタとドミノ倒しのように連中が地に伏せる。
剣を振るっていたのは――セイラだった。
「私も皆さんに遅れを取ってはいられません!」
「クソが! ふざけた格好をしやがって! この痴女女! 一斉に掛かれ! まずあいつから切り刻んでやるんだ!」
セイラに襲いかかろうとする盗賊団。
ヒュヒュン!
その眉間を、次から次に矢が貫いた。
「……ウフフ。隙だらけだよ」
離れた場所にある家屋の屋根の上から、ファムが顔を覗かせる。放った矢は正確無比に盗賊たちの息の根を止めた。
もはや戦いというよりは、蹂躙に近かった。
あっという間に盗賊団は殲滅された。
刑場の周りに立っているのは――俺たち衛兵のみとなる。その光景を、処刑台のガゼルは青ざめた表情で見下ろしていた。
俺は処刑台に続く階段を上ると、ガゼルの前へと立った。
「ご自慢の可愛い手下たちは、もういなくなったな」
「あ……あぁっ……」
奴は膝から崩れ落ちると、俺の脚に縋り付いてくる。
「ま、待ってくれ。殺さないでくれ!!」
ようやく死を間近に感じられたのだろう。
ガゼルは必死の形相で、俺に対して命乞いをしてきた。
「お前は今まで、殺してきた人たちの命乞いを聞いてきたのか? 奴隷として売られた人に救いの手を差し伸べたのか?」
そんなはずはない。
「他人の命乞いには耳を貸さなかったのに、自分だけは助けて貰おうとなんてのは、虫が良すぎるんじゃないか?」
俺は言った。
「今日死ぬのは、俺たちじゃなく、お前だったな」
「あああああっ! ああああああああああ!?」
ガゼルは処刑台に首を固定されると、逃れようとジタバタと暴れ回っていた。手足だけが激しく動き回る様は、滑稽でしかなかった。
「止めてくれ! 止めてくれ! 嫌だ! 死にたくないい! 殺さないでくれ! うわああああああああああああああ!?」
「見苦しいな。死ぬ覚悟をしていなかったから、こうなる」
俺はガゼルを見下ろしながら、冷たく言葉を吐き捨てた。
「死にたくないと泣き叫び、縋り付きながら命乞いをして死んでいく――悪党のお前にはこれ以上ない最期だ」
そして頭目は処刑され、手下たちは全員お縄についた。
盗賊団は壊滅した。
王都の人々もこれで安心して暮らせることだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます