第17話 ちょっかい
翌日。
俺たちは通常通り、衛兵の仕事を執り行うことに。
ファムを覗いた第五小隊の三人で城壁の警備や街の巡回を執り行う。
明らかに人手が足りていなかった。三人だけでは充分に回らない。一刻も早くファムを引きずり出さなければ。
「ふああ……眠ぃなあ」
巡回の途中――スピノザが大きなあくびを漏らした。
「いつもなら、この時間はぐっすり寝てるってのによぉ。身体の中にアルコールを入れてないのなんて久しぶりだぜ」
「百歩譲ってその台詞を夜に言うならまだしも、昼間に言うな」
これまでどれだけ堕落した生活を送っていたんだ。
「巡回なんて面倒臭いこと、よくやってられるよな」
「この街は治安が悪いからな。あちこちで諍いが起こっている。俺たちは衛兵としてその仲裁に入らなければならない」
それに、と俺は言った。
「この前の強盗団のような連中がまた出現しないとも限らないからな。常に街中に監視の目を光らせておかなければ」
「怪しい奴は、片っ端からボコボコにしていけばいいじゃねえか。そうすりゃいちいち頭を使わずに済むしな」
「いいわけあるか。冤罪だったらどうするんだ」
「その時は謝ればいいだろ。ゴメン、ってな」
「相手をボコボコにしておいて、その理屈は通じないだろ……」
スピノザの脳筋的思考の前に俺はため息をついた。
「あー。仕事ダリぃ。帰りてぇ。マジで」
「私はまた、スピノザさんといっしょに働くことが出来て嬉しいですよ」とセイラは聖女のような微笑みと共に言った。
「ほーん。セイラ。あんた、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。――ということで、胸を揉ませて貰うからな」
スピノザはそう言うと、おもむろにセイラの胸を揉みしだいた。
「ちょっ! 何するんですか!?」
「や。あんたを見てると何かムラムラしてきてさ。それに事前に伺いを立てたろ? 揉ませて貰うからなって」
「伺いを立てただけじゃないですか! 私は了承していませんよ!?」
「いいじゃねえか。減るもんじゃあるまいし」
こいつ、男に生まれてたらセクハラで訴えられてたな……。
問題児揃いの小隊の中、セイラだけが唯一の救いだった。
――いや、厳密に言うと服装には問題がある気はするが。ビキニアーマーだし。それも他の連中に比べると可愛いものだが。
「それにしても、ファムさんは昨日、ジークさんを観察すると言っていましたが、どこかでこの様子も見ているのでしょうか?」
「ああ。奴の言い分だと、そうなるだろうな」
「なのに、全然、視線も気配も感じませんね」
「完全に消してるんだろうな。大したものだ」
「でも、昨日、ジークさんは気づいてみせましたよね? 凄いです! 私もその注意力を見倣わなければ……!」
セイラがぐっと胸の前で拳を握った時だった。
ヒュンッ!
突如、俺の額に向かって弓矢が飛んできた。
昨日と同じように手で掴んで止める。
前方を見やると、建物の屋上に弓を構えたファムの姿があった。
彼女はふっと口元に笑みを浮かべると飛び降りる。
しゅたっと鳥のように着地した。
「……ファム。何の真似だ?」
俺は弓矢をへし折りながら尋ねた。
「いやあ。観察をしていると、ふとちょっかいを掛けたくなったんだよ。だけど、さすがの対応力だったね」
「下手すると、そのちょっかいで死んでいたが」
「この程度で死ぬ、君じゃないだろう?」
ファムは言った。
「僕はね、重度のかまってちゃんなんだよ。気に入った相手には、一日中ずっと僕のことを考えていて欲しい」
ふっ、と微笑む。
「だから、僕は僕のことを思い出して貰うためにも、僕は君にこうして時々ちょっかいを出すことにするから」
「お前、人からよく重いと言われないか」
「ううん。そんなふうに言われたことはないね」
とファムは言った。
「なぜなら、言ってくれるような友達がいないから」
どう反応していいか分からないから止めて欲しい。
「ちょっかいを掛けるにしても、別に身を潜めながらする必要はないだろう。俺たちと共に働きながらすればいい」
「僕はシャイなんだ。人との距離の取り方は慎重にする方でね。いきなりいっしょに働くような真似はできないよ」
……問答無用で人の額に矢を放つ奴がシャイとか言うな。
「それじゃ。僕はこれで」
ファムはそう言い残すと、影のようにその場から消えた。けれど、影なので、いつも俺のすぐ傍に潜んではいるが。
「ジークさん。大変ですね……」
セイラが同情するように言った。
「影からコソコソと狙いやがって。やるなら正面から堂々とやれってんだ」とスピノザは吐き捨てるように呟いていた。
それから、事あるごとにファムがちょっかいを掛けてきた。
街の巡回をしている時だったり、門番として検問をしている時だったり、兵舎の食堂で昼食を摂っている時も狙ってきた。
油断しそうになった瞬間を突くように。
その都度、俺はファムの掛けてきたちょっかいに対して対処した。おかげで一度も弓矢を喰らうようなことはなかった。
結局、一日の業務が終わるまでそれは続いた。
「うっしゃー。やっと終わった。んじゃ、早速、酒を入れるとするか」
「ジークさん。今日は本当にお疲れさまでした。……あの、大丈夫ですか? よければ私がお側に付いておきましょうか?」
「いや。問題ない。セイラはゆっくり休んでくれ」
心配そうにするセイラを帰すと、俺は兵舎にある寮へと戻った。
業務が終わったらちょっかいも終わると思っていたが、夕食の時も、風呂やトイレの時もお構いなしに矢が飛んできた。
俺はそれらを全て防ぎきった。
そして、寝支度を済ませると、ベッドに寝転がった。
仰向けになっていると、天井からファムの声が降ってきた。
「――大したものだね。僕のちょっかいを全て防ぎきるとは。さすがに最速で分隊長の座に就任しただけのことはある」
やっぱりいたか。
「お前こそ、一日中ずっと俺に張り付いている執念は敬服に値する。弓手としての才能はさすがと言うべきだろうな」
普通、多少なりとも集中力を欠いて気配を漏らすものだ。
だが、彼女はそれが一切なかった。
ずっと俺の影として張り付き続けていた。
「一つ、訊いてもいいかい?」
「何だ?」
「今日一日、君のことを観察していたけれど……君ほどの防御力があれば、わざわざ矢を防ぐ必要はなかっただろう?」
ファムは言った。
「僕の放った矢など無視しても、傷を負うことはなかったはずだ。なのに、君は全ての矢を丁寧に対処していた」
「ああ」
「それはプライドがあったからかい?」
「お前はあの矢を放つ行為は、ちょっかいだと言っていただろう。なら、無碍にするのは素っ気ない対応だと思ってな」
俺は言った。
「俺が本気で対処しないと、お前も張り合いがない――そう思ったから、全ての矢を全力で防ごうとしたんだよ」
「……なるほどね」
ファムはふっと笑みを浮かべる。
「やっぱり、君は僕が思ったとおり、面白い人だ」
そう言うと、天井からすっと下りてきた。
白銀の妖精のような姿が露わになる。
「うん。僕の人生の一部を捧げるだけの価値はありそうだ。それに――君のことをもっと近くで観察したくなった」
彼女は俺の布団の中に潜り込んできた。
「何をしているんだ?」
「……僕は、その、人との距離感の測り方が上手く掴めないんだ。だから、ちょっと急に近づきすぎたかもしれない」
ファムは恥ずかしそうに呟いた。
「これから、追々、距離感を測っていくよ」
「明日からは出勤してくれるのか?」
「うん。よろしくね。――ジーク隊長」
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