第16話 銀髪美少女


第五小隊はスピノザを加えて三人になった。

 残りは後一人――ファムだけだ。

 酒場から外に出ると、スピノザが大きく伸びをした。


「ふあぁ……眠てえ……。なあ、今から帰って寝てもいいか? あたし、夕方まで寝ないと調子が出ねえんだよ」

「ダメだ。今は勤務時間中だ。夜になってから寝ろ。……それと、明日からは生活習慣も改めて貰うからな」

「へーへー。約束だからな。あたしはあんたの言いなりですよ」


 スピノザが投げやりになったように呟いた。

 隣にいたセイラは苦笑していた。


「残りは後、ファムだけだな」

「ファムさんのことですが、彼女は神出鬼没で所在が掴めなくて……。私も彼女がどこにいるのかは分かりません」

「奴の特徴は?」

「ええっと。綺麗な白銀のショートカットをしていて、背は私よりも少し低め。全体的に落ち着いた雰囲気の方です」


 あ、とセイラは思い出したように付け加えた。


「ちなみに、とても可愛らしい美少女ですよ!」


 別にその情報はあってもなくても良かったが。


「なるほど。それならわざわざ探す必要はなさそうだ」

「えっ? どうしてですか?」

「さっきからずっと俺たちのことを監視している奴がいる。そいつの見た目だが、セイラの言った情報と合致するからな」


 俺はそう口にすると、背後を振り返って言った。


「そこにいるんだろう? 出てきたらどうだ?」


 虚空に向かって呼びかけた――次の瞬間だった。

 ヒュン、と遠くから何かが飛んできた。

 あれは……弓矢か!

 真っ直ぐに俺の額を射貫こうと迫ってきたそれを、二本指で受け止める。下手をすれば今頃はあの世行きだっただろう。


 すると、その時、路地の影からぬうっと人影が現れた。

 闇を煮詰めたかのような黒装束に身を包んだ少女。

 浮世離れした白銀の髪に、飄々とした気まぐれな猫のような顔立ち。纏った装束の隙間から覗く肌は透き通っていた。

 細身かつ、小柄な身体つきは衛兵のそれとは思えない。

 だが――。

 離れた距離から正確に俺の額に矢を放ったのを見るに、手練れだ。


「あんたがファムだな」

「うん。そうだよ。初めまして。ジーク隊長」


 ファムは飄々とした面持ちで言うと、俺に尋ねてきた。


「だけど、どうして分かったの? 気取られるようなヘマはしてないつもりだけど。君は千里眼でも持ってるのかな?」

「見事な尾行だった。足音も衣擦れの音も気配も完璧に消えていたからな。だが、周りのがあんたの存在を教えてくれた」

「周りが?」

「隠れていた路地に猫が通りかからなかったか?」

「うん。いたよ。僕と目が遭ったから、『しーっ』って口元に指を立てて、彼には静かにしておいて貰ったけどね」

「その猫が息を呑む気配が伝わってきた。誰もいないと思って路地に入ったら、あんたが潜んでいたから驚いたんだろうな。辺りには誰の気配もなかったはずなのに、猫は誰かに驚いた反応を見せた。とすれば、そこには潜んでいる者がいる。それも、自分の気配を気取られないように留意した者がな」

「だけど、僕の容姿は見えていなかったはずだよね? ――なのに、どうして隠れてるのが僕だと分かったの?」

「容姿に関してはカマを掛けさせて貰った。路地に潜んでいるのが、ファムであるという確証はなかった。もっとも、その確率は高いと思っていたが」

「たったそれだけの情報で僕に辿り付くなんて、驚いたなあ」


 ファムはおどけたように両肩を竦めた。


「入団して間もない新人が分隊長になったって聞いたから。興味を持ってみたけれど。予想以上だったよ」

「それで尾行しようと思ったのか?」

「僕は気に入った相手のことは何でも知りたいんだ。そのためなら執拗につけ回す。その人を全て理解するためにもね」

「ストーカー気質だな」

「うふふ。確かにそうかもしれない」


 ファムはクスクスと笑った。


「だけど、ジーク。君はとても面白い人だね」

「? 別に面白いことを言ったつもりはないが」

「ファニーの方じゃなく、インタレスティングの方だよ。興味深いってこと。前の分隊長の時とは大違いだ」

「お前は前任の分隊長のことも尾行したのか?」

「うん。すぐに止めちゃったけどね。あの人はすぐに底が知れたから。つまらない人間に時間を割くほど、僕の人生の残り時間は安くない」


 スピノザの時も思ったが、こいつも中々にくせ者のようだ。秀でた力を持つ者というのはどこかいびつなものなのかもしれない。


「とにかく、明日からは仕事に出てきてくれ」

「そういうわけにはいかないなあ」


 ファムはすげなく俺の要求を撥ねのけた。


「僕はまだ君のことを測りかねてるんだ。だから、しばらく観察させて欲しい。君が僕の人生の時間を捧げるだけの価値があるかをね」


 ……スピノザの時もそうだったが、なぜ俺は自分の隊の部下のお眼鏡に適うかどうかを毎回試されることになるのだろう。

 本来、立場は逆のはずなのだが……。

 まあいい。

 俺がこいつを無理に従わせようとしても、素直に従うことはないだろう。向こうの土俵で納得させるのが得策だ。

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