第18話 不穏
翌日の朝。
俺たちが出勤すると、衛兵たちは動揺していた。
「おい。見ろよ……! 第五分隊の連中が全員出勤してきてる……!」
「スピノザだけじゃなく、ファムもいるじゃねえか。あいつら二人、まともに上司の命令を聞いたことなんてなかったのに」
「ジークの奴、いったいどんな手を使ったんだ……!?」
ただ時間通りに出勤しただけでこの驚かれようである。
スピノザとファムがいかに問題児扱いされているか伝わってくる。
「あー。頭ん中がガンガンする……。ったく、最低の気分だぜ。おい、てめえら。あたしが飲む分の水を汲んでこいよ」
「は、はいいっ!」
スピノザが命令すると、衛兵の一人が慌てて駆け出していった。
断れば、何をされるか分からない。
彼を突き動かしている感情は恐怖のようだった。
「スピノザ。お前、もしかして二日酔いか」
「昨日はそんなに飲むつもりはなかったんだけどよ。気づいたら記憶がなくて。窓の外には朝陽が上ってたんだよ。うっぷ」
「仕事の前の日は控えろって言っただろ」
「わーってるって。明日からは気を付けるからよ」
「今日からだ」
「へーへー」
俺たちのやり取りを見ていた衛兵たちは色めき立っていた。
「ジークの奴、スピノザ相手にあんなに堂々と注意するなんて……。あいつ、自分の命が惜しくないのか……?」
「しかも、スピノザも素直に従おうとしてるだって……? 前任の分隊長が指摘した時は半殺しにされたのに……!」
「スピノザは自分より弱い奴の命令は絶対に効かないからな。ジークを自分以上の実力者だと認めてるんじゃないか」
その時だった。
ヒュンッ!
ファムが俺に向かって、懐に隠し持っていた短剣を振り抜こうとした。
それに気づいた俺は彼女の腕を掴む。
「朝から随分と激しいな」
「ウフフ。ほんのスキンシップだよ。君がスピノザにばかり構うものだから。僕のことも少しは見て欲しくてね」
「そのスキンシップは死人が出る奴だからな」
「大丈夫。君以外にはしたりしないよ。僕のちょっかいは君だけのものだ。僕は四六時中君だけを狙い続ける」
「捉えようによっては殺害予告だけどな」
まあ、この程度の攻撃で傷を負ったりはしないが。――もちろん、ファムもそのことを理解した上でやっているのだろう。
「ファムが他人に懐いてるところなんて、初めて見たな」
「というか、何だよあのやり取り! 危なすぎるだろ!? それを平気な顔でいなしてるジークもヤバい奴じゃねえか!」
「第五分隊の連中は、分隊長も含めて問題児なのか」
勝手に俺も問題児扱いされていた。何でだよ。
「ふふ。やっぱり、全員揃った方が賑やかで楽しいですね。今日から皆さんとお仕事ができると思うと嬉しいです!」
セイラはニコニコと微笑みながらそう口にしていた。
問題児だらけの分隊の中、純粋無垢な彼女は逆に異端かもしれない。
と思ったが、ビキニアーマーという服装は見るからに異端だった。
やっぱり、異端児ばかりなのかもしれない。
「おう。てめえら。出勤してきたか」
ボルトン団長が俺たちの前にやってきた。
「しかし、まさかこんなに早くこいつらを手懐けちまうとはな。ジーク。お前、分隊長として人を率いる才能もあるんじゃねえか?」
「褒めすぎですよ。大したことありません」
「――っと。それどころじゃねえ。マズいことになってな」
「何かあったんですか?」
「……実はな、近いうちにこの王都に魔物の軍勢が攻めてくるらしい。嘆きの墓に居城を構えるアンデッドの連中だ」
「「ええっ!?」」
衛兵たちは悲鳴にも似た驚愕の声を上げた。
「そ、それ本当ですか!?」
「ああ。偵察の連中から連絡があってな。奴ら、戦支度を整えてるらしい。この調子だと今日の夜には攻めてくるだろうと」
「…………」
衛兵たちの顔からは血の気が引いていた。
「マズいことになったな……」
「この街は今度こそおしまいだ……!」
皆、随分と悲観的な様相を呈している。
「そんなに強いんですか?」と俺は尋ねた。
「一年ほど前にも連中が攻めてきたことがあってな。その時は何とか防ぎきったが、甚大な被害が出ちまった」
ボルトン団長は過去を思い返すように呟いた。
「死者も多数出てな。あの戦いで随分と兵団の戦力は削られちまった。悪夢だった。一年経った今でも夢に見るくらいにな」
「騎士団の連中は! 彼らは加勢してくれるんですか!?」と衛兵が尋ねた。
「騎士団の連中は王族や貴族の連中を守ることに専念するってよ。矢面に立って街を防衛するのは俺たちの仕事だと」
ボルトン団長は自嘲の笑みを浮かべる。
「奴ら、言ってたぜ。精々、壁となって魔物たちを食い止めてくれってよ。ちゃんと骨は拾ってやるともな」
「くそっ! 俺たちは捨て石ってことかよ!」
「あいつら、俺たちより高い給料を貰ってるくせにふざけやがって! 割を食うのはいつだって庶民じゃねえか!」
衛兵たちは憤っていた。
騎士団というのは秘宝を守るため、王家や貴族に仕えている精鋭揃いらしい。最前線へは出ないということだろう。
「さて。これから防衛場所の分担を決めることになる。一番危険なのは、王都を囲む壁の正面にある門前の防衛だが……」
ボルトン団長がそう言った時だった。
衛兵たちはこぞって拒否反応を示した。
「門前の配置なんて、最前線じゃないか! 死にに行くようなものだ! 俺たちは絶対に行きたくないからな!」
「バカ言うんじゃねえ。行きたくないもクソもねえんだ。俺たちは街の奴らを守るためにやらなきゃならねえ」
「でも――!」
「なら、俺たちが引き受けましょうか」
俺が名乗り出ると、その場にいた全員がこちらを見た。
「……ジーク。お前、正気か?」
「どれだけ危険なのか、分かってるのかよ!?」
「ええ。だけど、門前を無人にしておくわけにはいかない。そうすれば、アンデッドたちは街に侵入して人々は危険に晒される。誰かがやらなければならないんですよ。なら、俺たちがその役割を引き受けます」
「……本気なんだな?」
「もちろんです。皆もそれでいいか?」
と他の者たちに尋ねる。
「望むところじゃねえか。骨も残らねえほどボコボコにしてやるよ」
「僕としても異論はないよ。矢の餌食にしてあげる」
「私も街の人たちを守るために頑張ります!」
皆、やる気のようだ。
「お前たちになら、俺も任せることが出来る。……だが無理はするな。ダメだと思ったらすぐに退くことだ」
ボルトン団長は言った。
「それは恥じることじゃない。いいな?」
「ええ。分かっています」
俺が頷くと、ボルトン団長もまた頷いた。
そして、ボルトン団長は衛兵たちに告げた。
「戦いは夜になる。奴らが力を発揮できるのはそこだけだ。つまり、朝まで防衛することができれば俺たちの勝ちだ」
衛兵たちの怯えを呑み込むような力強い声色。
「てめえら。腹を括って、気合いを入れていけ。光のオーブと街の連中を守るために全力を尽くして戦うんだ。そうすれば必ず勝てる!」
「「おおっ!」」
アンデッド軍との戦いが始まろうとしていた。
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