第11話 強盗団

 それから一週間あまりが経過した。

 ラムダさんのちまちまとした嫌がらせは依然として続いていたが、俺にとってはどれも特に堪えることはないものばかりだった。

 パーティにいた時の方がよほど辛い仕打ちを受けていた。

 衛兵の人たちは俺に対して、


「一週間経っても残ってるのは最近の新人の中だとトップだな。皆、一日や三日くらいで尻尾を巻いて逃げ出すのに」



 と驚いているようだった。

 この仕事の定着率、悪すぎるだろ。

 この頃になると一通りの仕事は自分でこなせるようになっていた。

 門番としての検問、城壁の警備、夜警としての街の巡回。ラムダさんがことごとく仕事を押しつけてくることの思わぬ副産物だ。


「ったく。お前の覚えの速さには驚かされるぜ」


 ボルトン団長はそう言って褒めてくれた。


「お前がいれば、強盗団も捕まえられるかもしれねえな」

「強盗団ですか?」

「ああ。お前が来る前から、王都では強盗事件が多発していてな。人手が足りないこともあってか、いつも警備の目を掻い潜られちまう。そのせいで、俺たちは税金泥棒だと街の連中から袋叩きにされそうな勢いだ」


 ボルトン団長はため息をつくと、言った。


「だが、ジーク。お前がいれば、連中を捕まえられるかもしれねえ。……俺はこう見えてもお前のことを買ってるんだぜ」


 期待には応えたいが、連中の足がかりが掴めなければ難しいだろう。

 そして今日も俺は門番として検問にあたっていた。

 やってくる来客たちの身元を改めていく。

 日が暮れかける頃、旅の一行が訪れた。

 俺が検閲に向かおうとしたその時だった。


「ジークくん。ここは僕が引き受けるよ」


 珍しくラムダさんが先陣を切って出ていった。


「分かりました」


 俺はそう応えると、ラムダさんに検問を任せた。

 数分もしない内に、旅の一行たちの検閲は終わった。

 彼らは街に向かおうとする。

 思わずラムダさんに声を掛けていた。


「随分と速かったですね」

「え? そうかい?」

「彼ら、許可証を持っていませんでしたよね? であれば、他の街から回ってきた手配書と照合した方がいいのでは?」

「大丈夫だよ。心配しなくても。彼らはこれまでに何度か来たことがあるし。その時は何の問題も起こさなかったから」

「ですが、念には念を入れた方がいいかと」

「いいんだよ。僕が全部、責任を取るからさ。……それに後輩の君が、先輩の僕のやり方にケチを付けるのはよくないよ」


 およそ責任という言葉からは程遠いラムダさんから出た言葉に違和感を覚えたが、これ以上は追求しても無駄だと思った。

 この場は一旦、引き下がることにした。

 そして日が暮れきった頃、一日の終わりを告げる鐘が鳴った。

 しかし、俺たちの業務はこれで終わりではない。

 今日は引き続き夜警の仕事が入っていたからだ。これまたラムダさんが他の衛兵たちのシフトを引き受けたらしい。


「さあ。ジークくん。夜警に行くとしようか」

「今日はラムダさんもいっしょなんですか?」

「おいおい。その言い方だと、まるで僕がいつもサボってるみたいじゃないか。君の教育のためにしてあげてるんだよ?」


 物は言いようだな、と思った。

 まるでじゃなく、いつもサボってるじゃないか。


 俺たちは夜の街の夜警として巡回することに。

 松明を手にすると、怪しい者がいないか夜の街を歩き回って見ていく。最近は強盗事件が多発しているから注意しなければ。


「ジークくん。次はこっちの路地に行こうか」


 ラムダさんに先導されて、路地へと入り込んだ。

 闇に覆われたその場所には、月明かりと手にした松明以外に光はない。海の底のように誰の目にも留まらずに静まり返っていた。

 路地の奥に踏み出そうとしたその時だった。


 ……これは。俺たち以外に、誰かいるのか。


 辺りに人の気配があるのを察知した。

 次の瞬間、物陰から黒い影が勢いよく飛び出してきた。そいつは手にしていた短剣を俺に向かって突き刺そうとしてくる。

 月の明かりに照らされ、闇を走る剣先。

 それは身を退いた俺の頬を掠めていった。


「……躱されただと?」


 向こうは俺の反応速度に目を見開いていた。

 俺が迎え撃とうと腰に差していた剣を引き抜こうとした時だった。

 背中に強い衝撃が走った。

 少し遅れて、後ろから斬りかかられたのだと理解する。


――バカな。誰かが現れたような気配はなかった。瞬間移動したのか? だとしても俺が全く反応できないのはおかしい。

 いや、違う。そうか。

 後ろからいきなり現れた敵に斬りかかられたわけじゃない。最初から後ろにいた奴が俺に斬りかかってきたんだ。

 背後を見やると、そこにはニヤついた表情を浮かべたラムダさんが立っていた。地面に倒れた俺のことを見下ろしている。


「ラムダさん……あんた、何の真似だ?」

「ジークくん。君には今日、ここで死んで貰うよ」


 ラムダさんは口元を歪めた。

 その背後には三人の黒い影が立っていた。月明かりによって浮かび上がった――彼らの顔には見覚えがあった。


「こいつらは……昼間の……」


 昼間、やってきていた旅の一行だった。


「最近、この街では強盗事件が多発しているだろう? 彼らはその犯人たちさ。僕が彼らの裏で糸を引いていたのさ」


 ラムダさんの口調は夜にあてられてか、浮ついていた。


「僕が彼らに協力する代わりに、彼らは僕に得た金品の一部を払う。僕たちは共通の利害によって動いているんだよ」


 なるほど。道理で犯人の糸口が掴めないわけだ。

 衛兵であるラムダさんの協力があれば、警備の隙も把握できるし、衛兵たちを別の場所に誘導することもできるだろう。

 だが――。


「……あんた、自分のやってることが分かってるのか?」

「もちろんだとも。ジークくん。世の中、綺麗事だけでは渡っていけないんだよ。奪う者にならなければ、奪われる者になるだけさ」


 ラムダさんは自分に酔ったように嗤っていた。


「君は調子に乗りすぎた。その結果、死ぬことになる。団長には、君が激務に耐えかねて逃げたと報告しておくよ」


 もしかすると、と思った。

 これまで去って行った新人の内の何人かは、ラムダに消されたのかもしれない。奴は気に入らない者を葬り去ってきた。

 可能性としては充分にあり得るだろうと思った。 


「……ラムダ。あんた、何か勘違いしてるみたいだな」


 俺は言った。

 ラムダははっとバカにするように鼻を鳴らした。


「勘違い? 僕がいったい何を勘違いしてるっていうんだい?」

「ここで終わるのは俺じゃない。あんただってことをだよ」


 俺はそう言うと、地面に膝をつき、立ち上がった。

 ラムダの方を見やると、奴は驚愕の面持ちを浮かべていた。


「なっ……!? バカな……。立てるはずがない……! 僕は確かに背中を切った。動くのがやっとのはずだ……!」

「他人に頼らないと悪事の一つも起こせない奴のなまくら刀なんて効かない。そんなことも分からないのか?」


 俺は腰に差していた剣を、今度こそ引き抜いた。


「今まではあんたが上司だったから素直に従っていたが、あんたが悪党に成り下がったと分かった今は別だ」


 そして、奴の顔に向かって剣先を掲げて告げる。


「俺は街を守る衛兵として、街を脅かす悪党に加担したあんたをぶっ倒す。一切の手加減はしないから覚悟しろ」

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