第10話 嫌がらせ
午後からも門番として検閲の仕事にあたった。
何人かの商人と旅人が訪れた。
商人は許可証を持っており、旅人は身元を念入りに検査したが怪しい者ではなかった。
そうしているうちに日が暮れようとしていた。
一日の終わりを告げる鐘の音が鳴った。
「よし。じゃあ、そろそろ引き上げようか」
ラムダさんは踵を返した。
俺もそのあとに続こうとした時だった。
「おっと。ダメだよ。ジークくんはここにいてくれないと。夜の間も、門を無人にしておくわけにはいかないからね」
「夜警の方と交代じゃないんですか?」
「今日はどうしても用があるとかで、シフトを替わってあげたんだ。だから僕たちが夜警も担当することになってるの」
「ラムダさんは?」
「僕もちょっと外せない用があるんだ」
ラムダさんは言った。
「それにほら、ジークくんは元Bランク冒険者でしょう? 僕なんかいなくても、一人で十分やっていけるよね?」
「勝手にシフトを放棄するのはまずいんじゃないですか?」
「大丈夫。ばれないよ。ジークくんが告げ口をしなければね。まあ、もししてもごまかしはいくらでも効くけれど」
ラムダさんは言い聞かせるように、
「言っておくけど、サボっちゃいけないよ? もし街の中に魔物や悪党の侵入を許したら僕たちの首が飛ぶからね」
「はあ」
ラムダさんはニヤニヤしながら言った。
「今、きっとジークくんはこう思ったでしょう? このクソ上司、俺に押し付けて自分だけサボるつもりかよって」
自覚はあったのか。
「新人はこれくらいやって当然なんだからね? 僕が新人だった頃は、ジークくん以上に理不尽な思いをしたものだよ」
だから今、その時の分を取り返そうとしているのだろうか?
「僕も定期的に様子を見に来るからさ。君がサボったり、休憩してたりしたら、その時は容赦なく注意するからね」
ラムダさんはニヤニヤしながら言うと、自分だけ先に帰っていった。
これは後で分かったことだが、ラムダさんは夜警の人のシフトを替わる代わりに、報酬を受け取っていたらしい。
端から俺に仕事を押し付けるつもりだったのだ。
――もしかして彼は、夜通し門番をさせるのを嫌がらせだと思ってるのか?
まさか……な。
いくら何でもそれはありえない。
この程度は俺にとっては何でもないことだからだ。
一日どころか、一週間ずっと立っていろと言われても何の問題もない。
一人になった俺は、これまでと同じように門番の仕事に従事した。むしろ一人のほうが気を遣わなくていいだけ楽だった。
時間は淡々と過ぎていった。
途中、何度かラムダさんが様子を見に来た。
「もしかして今、サボってたんじゃないの? 僕が来たから慌てて仕事をしているふりを繕ったんじゃないだろうね?」
「いえ。問題ありません」
「こっちはそういうの、全部お見通しなんだからね。気を抜いちゃだめだよ。僕はちゃんと見てるんだからね」
お見通しも何も、そもそもサボってない。
それにちゃんと見ていると彼は言ったが、日付が変わって以降は、一切姿を現さなかった。
辺りに気配も感じられない。
恐らく寝たのだろう。
見ているからと脅しをかけて安心したのか。
やがて、門前から見える山の稜線に朝日がのぼり始めた。
徹夜明けの目には眩しい。
そのうち、街が目覚め、人々が活動しはじめるのがわかった。しばらくした頃、背後から近づいてくる足音があった。
ラムダさんはニヤつきながら声をかけてくる。
「ジークくん。おはよう」
「おはようございます」
「僕がいないことをいいことにサボってないだろうね? ――って、うわ! 何だいこれは!」
「ああ。これは昨日、魔物が襲撃してきたんです。返り討ちにしておきました」
「これだけの数をたった一人で……?」
ラムダさんは息を呑んだが、すぐに表情を取り繕うと、
「だ、ダメじゃないか。魔物の襲撃があったなら、他の衛兵に知らせないと。報連相は社会人の基本でしょう?」
「はあ」
「少し腕が立つからって、そういう部分をないがしろにするようじゃまだまだ社会人としては落第と言わざるを得ないな」
ラムダさんはそう言うと、
「さあ、今日も仕事を始めようか。――言っておくけど、夜勤明けでも容赦しないからね」
その後、俺は昨日と同じようにラムダさんについて仕事を行った。
門番の業務に引き続き、城壁の警護、街中の見回りなどをこなしていく。
「じ、ジークくん。随分と元気だね。夜勤明けなんだろう? 本当は今にも倒れそうなのを空元気してるんじゃないのかい?」
「いえ。あと一週間くらいは大丈夫だと思います。それくらいの鍛錬は積んできているので」
「く、くそっ……。生意気な。疲れて業務をおろそかにしてるところを詰めて、心を折ってやろうと思ってたのに」
ラムダさんは自分の嫌がらせがまるで効いていなかったことが堪えたのか、ピクピクと顔の筋肉を引きつらせていた。
この人、面倒くさいな……
けれど、この時の俺はまだ知らなかった。
衛兵を辞めることになるのは俺ではなく、俺を辞めさせようとしていた彼になることを。
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