第9話 同僚の女性

昼休みになった。

 俺は兵舎の食堂にて昼食を食べた。

 豆のスープにパン、干し肉という質素なメニューだ。


「こんな飯じゃやる気が出ないよな」


 と衛兵の誰かが呟いた。


「貴族や騎士団の連中はもっと良いものを食べてるのによ。俺たちは薄給に加えて、ろくに腹も膨れない飯ときたもんだ」


 待遇に不満を抱いているようだ。

 それを皮切りにして方々から愚痴が噴出した。


「騎士の連中は偉そうに指揮をするだけで、俺たちの半分も働きもしない。プライドだけは人並み以上にありやがる」

「ただでさえ少ない食料は全部上の連中が持って行っちまうしな。その割を食わされるのはいつだって庶民なんだ」

「命懸けで守らないといけないのがそいつらだと思うと、やるせなくなる。いっそのこと他の街で転職しようかね」

「出来るならとっくにしてるっての。ここにいるのは他の街じゃもうやっていけないような奴ばかりなんだからよ」


 一度堰を切ると皆、止まらない。

 よほど腹の中に溜まっているらしい。

 ……ここにいると、俺まで負のオーラに当てられてしまいそうだ。飯を食べ終えたことだし外に散歩でもしにいくとするか。

 俺は空になった食器を返却口へと運んだ。


「ご馳走様でした」

「いえいえ。お粗末さまでした」


 食堂のおばちゃんはニコニコと微笑む。


「あなた、礼儀正しいわねえ」

「いえ。これくらい当然のことですから」

「おばちゃん。あなたみたいな子は好きよ。うふふ。次からは他の人よりも多めにご飯を盛り付けてあげちゃおうかしら」


 俺は会釈をすると、食堂を後にしようとする。

 すると、その姿を見た衛兵の一人が声を掛けてきた。


「新人。どこに行くんだ?」

「ちょっと外を散歩してきます」

「最近の若いのは自由だねえ。俺たちが若かった頃は、飯を食べ終えても自分一人だけ席を外すなんてことしなかったが」


 衛兵たちの小言を受け流すと、兵舎の外に出た。

 組織というのは色々と面倒なしがらみがあるらしい。今まではずっと冒険者だった俺にとっては初めて経験するものだった。

 しばらく歩くと、街の広場に出た。

 中央に噴水があり、石畳が敷き詰められている。

 子供たちが走り回っていた。

 俺はベンチに座ると、その光景をぼんやりと眺める。


 しかし、今日はいい天気だな。

 雲一つない青空を仰いでいた時だった。


「あの。ジークさんですよね?」


 不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、綺麗な女性が立っていた。

 腰にまで伸びた艶のある髪。柔らかさの中にも芯を感じさせる端正な顔立ち。


「ええ。そうですけど」

「やっぱり! お噂はかねてより聞いていました。何でも、あのボルトン隊長を一騎討ちで負かしてしまったとか」

「向こうが全力だったかは分からないが」

「それでも凄いですよ。隊の中でボルトン隊長に敵う人なんていませんから。ジークさんはとてもお強いのですね。私も見倣わなければ!」

「えーっと。あなたは……?」

「――す、すみません! 申し遅れました。私はセイラ=ティアナと申します。ジークさんと同じ衛兵の者です」


 なるほど。彼女は同僚だったのか。

 ……しかし、あれ? 見間違いか?

 俺は自分が夢でも見ているのかと思い、目を擦った。けれど、何度目を擦っても、頬をつねっても目の前の光景は変わらない。


「あの。セイラさん。昼休みは日光浴をする趣味でもあるんですか?」

「いえ。ありませんよ?」

「えっと。じゃあ、勤務中もずっとその格好なんですか?」

「はい! そうです!」


 満面の笑みと共に頷いたセイラ。

 彼女は――何と、ビキニアーマーに身を包んでいた。

 守られているのは局部だけで、肌の大半は外気に晒されてしまっている。

 はち切れんばかりの胸やくびれた腰、締まったお尻は太ももは剥き出しだ。それは少々以上に刺激が強すぎる格好だった。


「……セイラさん。もしかして、露出癖でもあるんですか?」

「ち、違いますよ! 私はそんなふしだらな癖はありません! この鎧を着ているのは単に動きやすいからです!」


 なるほど――とはならない。

 確かに通常の鎧よりはずっと軽いし、速く動けるだろう。


「しかし、それだと防御力が不安じゃありませんか?」


 何せほとんど裸に近い格好である。

 剥き出しになった肌に敵の攻撃を食らえば、一溜まりもないだろう。


「大丈夫です! 当たりませんから! 当たらなければダメージはゼロ! それなら何の問題もないですよね!」


 ……いや、あると思うが。色々と。目のやり場に困るし。


「その、周りの目とか気にならないんですか?」

「最初は恥ずかしかったですけど、慣れればそうでもありませんよ?」と言うがこちらとしては一向に慣れそうにない。

「それよりジークさん。私に対して敬語を使わなくてもいいですよ。見たところ、私よりも年上みたいですし」

「セイラはいくつなんだ?」

「私は今年で二十です」

「そうか。なら、そうさせて貰おう」

「はい! よろしくお願いします!」


 その時だった。

 広場で遊んでいた少年が石畳に躓いてしまった。こけはしなかったが、手に持っていた風船の紐を手放してしまう。


「――あっ! 風船が!」


 慌てて手を伸ばそうとするが、届かない。

 少年は泣きそうな顔をした。

 気づいた時には、俺の隣にいたセイラが駆け出していた。


「――はっ!」


 彼女は石畳を蹴り、高らかに跳躍すると、上昇していた風船の紐を掴んだ。そのまま鳥のように軽やかに着地する。


「はい。どうぞ」


 とセイラは微笑みと共に少年に向かって風船を手渡した。


「もう紐を放してはいけませんよ」

「お、お姉ちゃん。ありがとう……」

「ふふ。どういたしまして」


 セイラは手を小さく振ると、俺の元へと戻ってくる。


「この格好だと、街の人たちが困っていたらすぐに駆けつけることが出来ます。だから私はこれでいいんです」


 彼女は良くても、風船を受け取った少年は顔を赤らめていた。いたいけな少年の性癖を歪めてしまった自覚はないらしい。


「あ、セイラさんだ」

「今日も頑張ってるなあ」


 通りがかった街の人たちはセイラに気づくと、一声掛けていた。セイラはそれらの声に一つ一つ丁寧に返していた。

 彼女はどうやら、街の人気者らしい。



「セイラさんも何か事情があって衛兵に?」

「事情というと?」

「この街の衛兵になった連中は、皆、他の街ではやっていけなくなって、最終的にここに流れ着いたのが多いだろう」


 かくいう俺もその一人である。


「いえ。私はそのような事情は特に。ただ、皆さんのお役に立ちたくて。それにこの国には大切な秘宝がありますから」

「光のオーブのことか?」

「あれはかつて勇者様が魔王を倒すために使用した秘宝です。いつか魔王が復活した時のために守り抜かないと。魔物の手に渡すわけにはいきません。世界中の人たちを守るために私は衛兵を志願したんです」

「…………」

「? ジークさん? どうかしましたか?」

「いや。凄いなと思って。この街の衛兵は擦れてる人ばかりかと思っていたから。セイラの高い志が眩しく見えた」

「私なんてまだまだです。志に見合うだけの強さもありませんし。ジークさんのような力を身につけないと!」


 セイラはむんと胸を張って意気込んでいた。


「ところでジークさんはラムダさんに指導して貰ってるんですよね?」

「ああ。そうだが」

「……あの、気を付けてくださいね。彼にはよくない噂があるので」

「よくない噂?」

「あの人は新人の方をこれまで何人も辞めさせてきているんです」

「そのこと、ボルトン隊長は気づいてるのか?」

「ラムダさんは上司の前ではボロを出しませんから。それに新人が辞めるのも、ここでは当たり前のことなので」

「なるほど。忠告ありがとう」

「何かあったら、私にも相談してくださいね。力になりますから。この街を守るためにもいっしょに頑張りましょう!」


 セイラは俺の両手を執って、力強い口調で言った。

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