第8話 防衛

 四人の男たちは剣を抜き、臨戦態勢に入っていた。

 ……まさか、勤務を開始して早々に戦うことになるとはな。この街の門番というのは話に聞いていた通りの激務らしい。


「あんたたち、いったい何者だ?」


 俺は男たちに向かって尋ねた。


「商人たちを殺して入れ替わり、街に侵入して何をしようとしていた?」

「素直に答えてやるとでも思ったか?」

 と御者の男が口元を歪めた。

「今から死んでいく奴を相手に話すだけ無駄だ」

「そうか。なら、捕らえた後でじっくり話して貰うとしよう」

「……抜かせ。青二才が」

「じ、ジークくん。僕は応援を呼んでくるから! それまで頑張って持ちこたえて! Bランク冒険者の君なら出来るよね!? それじゃ!」


 ラムダさんはそう言うと、踵を返して街の方に駆けていった。

 ……凄い速度だ。あの人あんなに足が速かったのか。


「はっはっは。ざまあねえなあ」


 男たちはその様子を見てゲラゲラと笑い声を上げた。


「あの男、お前の上司だろう? なのに部下のお前を置いてさっさと逃げやがった。薄情にも程があるじゃねえか。なあ?」

「応援を呼びに行ったんだろう」

「本気で言ってるのかよ。だとすればおめでたいにも程があるぜ」

「別に構わないのに」

「上司が逃げ出すことが、か? 随分と寛容だな。自分の命が懸かってるのによ」

「いや、応援なんて必要ないのになと思ったんだ。あんたたち程度なら、俺一人でも充分に対応できるからな」

「お前はどうやら、人の神経を逆なでする才能に長けているらしいな」

「俺はただ、事実を告げただけだが?」

「……(ぴきっ)」


 男たちは眉間に青筋を浮かべた。


「あの無能な上司が応援を連れて戻ってきた時、そこには血まみれになって絶命したお前が無惨に倒れてることだろうよ!」


 御者の男が突き出してきた剣をタイミングよくパリィした。力を受け流され、御者の男は重心を崩して隙だらけになる。

 そこに剣の一撃をお見舞いした。


「ぐはあっ……!?」


 無防備になった胴を一閃され、御者の男はなすすべもなく倒れた。その様子を見ていた護衛の男たちはざわついていた。


「ヤンがあんなにあっさりと……!」

「あいつ、かなりの手練れだぞ!」

「こうなったら一斉に掛かれっ!」


 護衛の男たちが三方向に分かれて襲いかかってくる。

 一人目の切っ先を身を退いて躱す。

 向こうは俺の剣の動きを警戒して、すぐさま防御態勢に入ろうとした。なので盾を顔面にぶち当ててスタンさせた。


「がぱっ……!」


 仰向けに倒れる間際、男の目の前には星が飛んでいたことだろう。盾はこういうふうに攻撃にも使えるのだ。

 不意を突けるし、剣よりも隙が少ないから便利だ。

 続けざまに間合いに入ってきた男、彼が剣を振ろうとした時に出来た隙を突いて、肩口から腰に掛けてを切り裂いた。

 俺が剣を振るったところを見計らい、最後の男が懐に飛び込んでくる。さすがにこれには瞬時に反応することが出来ない。


「よし。獲った――!」


 相手は勝利を確信した表情を浮かべていた。

 その瞬間だった。

 キィン!

 護衛の男が振り抜いたはずの剣は根元から折れていた。少しばかり遅れてから、甲高い音と共に剣身が地面に落ちた。


「は……? え……?」


 護衛の男は狐につままれたような顔をしていた。


「今、俺は確かにあいつの首を切り裂いたはずだ……! なのに……どうしてこっちの剣が折れてるんだ……?」


 そこではっとした表情を浮かべる。


「まさか、何か付与魔法でも掛けてたのか……!?」

「いいや。俺はこの軽装の鎧以外には何も付けてない。付与魔法もな」

「あり得ない! じゃあ、お前は俺の攻撃を生身で受けたっていうのか? なのに俺の剣は真っ二つに折れてしまった」


 護衛の男は青ざめた顔で小さく呟いた。


「もしそれが本当だとしたら、いったいどれだけ頑丈な肉体なんだ……」


 武器を失い、丸腰になった護衛の男の顔に盾を打ち付けた。小さな悲鳴を上げると、男は仰向けに倒れて気絶した。

 俺は周囲を睥睨してから、剣を鞘に戻した。


「ふう。思ったより時間が掛かったな」


 その時、背後からいくつもの足音が近づいてきた。振り返ると、ラムダさんが他の衛兵たちを引き連れて駆けつけた。

 その中にはボルトン隊長の姿もあった。


「ジークくん! 何とか応援を呼んできたよ――って、あれ? さっきの人たちは? 姿が見えないようだけど……」

「そこに倒れていますよ」

「ええっ!? 一人で倒しちゃったの?」


 ラムダさんは驚いていた。



「マズかったですか?」

「いや。マズいってことはないけどさあ。まさか一人で倒しちゃうなんて……。はあ。嫌になっちゃうなあ」


 ラムダさんは困ったように苦笑すると、


「取りあえず、この人たちを連行しようか」


 衛兵たちが男たちの拘束に向かった。両手を縛ろうとする。

 その時、男たちが動きを見せた。


「くそっ……。このままおめおめと捕まってたまるかよ。仲間の情報を売るくらいなら死を選んだ方がマシだ」


 彼らは覚悟を決めた目になると、懐に隠していた短剣を抜いた。


「マズい! こいつ、自決するつもりだ!」

「くそっ。止めようにも間に合わない――」

「残念だったな。地獄で会おうぜ」


 男たちは懐から抜いた短剣で自分の首を掻ききろうとする――が、首に切っ先を引いても何も起こらなかった。


「なに――?」


 怪我もしていなければ、一滴も血が出ていない。

 男たちも、ラムダさんも、衛兵たちもその不可思議な現象に首を傾げる中、状況を理解しているのは俺とボルトン隊長だけだった。


「ジーク。お前のスキルだな?」

「はい。俺が彼らの攻撃を引き受ければ、彼らは自傷もできませんから」

「連中を『守った』ってわけか。面白い使い方だ」

 とボルトン隊長は笑う。

「おら。今のうちに拘束しちまいな」


 衛兵たちは男たちの両腕を魔法の込められた縄で縛った。

 これで逃げられない。

 衛兵たちは男たちを連行していった。

 後には俺とボルトン隊長、ラムダさんだけが残される。

 ボルトン隊長はラムダさんに言った。


「ラムダ。お前、応援を呼びにくるのは良いが、ジークを一人置き去りはないだろ。もし何かあったらどうする」

「すみません」


 ラムダさんは平謝りをしていた。


「ったく。まあ、ジークは賊相手にやられるタマじゃねえがな。だが、部下を守ることが上司の仕事だってことを覚えておけ」

「仰る通りです。はい」

「頼んだぞ」


 ボルトン隊長がラムダさんの肩に手を置いて、去っていった後だった。

 ヘコヘコとしていたラムダさんの表情からすっと色が消えた。ボルトン隊長の後ろ姿を冷たい眼差しで見据えている。


「……覚えておけよ。クソが」


 やっぱり、聞き間違えじゃなかった。

 悪態をついているのは彼だったのだ。

 そして、ラムダさんは俺が聞こえていないと思ってぼそりと呟いた。


「……新人。君もだからな」


 どうやら、俺もヘイトを向けられているようだ。

 魔物からのヘイトを向けられることには慣れていたが、まさか初日から指導役の上司にヘイトを向けられることになるとは……。

 これは面倒なことになりそうだ。

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