第7話 怪しい商人

俺はラムダさんと門の左右に立って門番をすることに。

 これが記念すべき初の職務。

 怪しい奴を街の中に入れるわけにはいかない。

 そう気合いを入れていたのだが――。


「思っていた以上に人が来ないな……」


 門の前に立ち始めてから二時間ほどが経過した。

 にも関わらず、この街を訪れた者は未だに一人もいなかった。今のところはただ門前にぼうっと突っ立っているだけだ。


「この街は世界でも有数の危険地帯だからね。商人も護衛を雇う金が高くて割に合わないという理由で余り足を運ばないし、一般の来訪者となればなおさらだ。職を求める冒険者が訪れることはあるけれどね」

「そういうものですか……」

「ジークくんもここに来るまでは大変だったんじゃないかい? 魔物の群れに襲われたりしなかった?」

「ええ。確かに道中、何度も襲撃は受けましたが……。取り立てて、苦戦したということはありませんでした」


 ここに来る途中、異常なほど魔物に襲われた。

 幸いにも強さ自体は大したことがなかったから良かったが、対処が面倒だった。

 都度足を止めさせられたからだ。

 そういえばエストールから王都アスタロトに馬車で向かおうと思っていたが、どの御者にも拒否されてしまったっけ。

 王都アスタロトに向かうには多大な危険が伴う。どうしても向かいたいのなら、護衛を雇う分のお金と割り増し分を払えと。

 提示された金額はぼったくりとしか思えないほどの高額であり、パーティをクビになった俺には到底払えないものだった。

 なので、遠路はるばる徒歩で来たというわけだ。


「苦戦しなかったって……。この辺りの魔物、結構強かったと思うけど。やっぱり、元Bランク冒険者は違うなあ」


 ラムダさんは苦笑交じりにそう口にした。


「いやあ。でも、君みたいに強い人がどうして衛兵なんかになったのか気になるなあ。もしかして何か事情があったり?」


 探るような口調だった。

 相手の傷口を覗き込もうとするような。

 しかし、別に俺はそれを傷口だとは思っていない。

 もうカサブタになって治癒した後だったし、ボルトン隊長にも話したことだ。だから俺は何も隠すことなく打ち明けることにした。


「所属していたパーティをクビになったんですよ。そのパーティは有名だったから、そこに捨てられた俺を拾ってくれるところもなくて。困っていたところに、冒険者ギルドの人がこの衛兵の仕事を紹介してくれたんです」

「あらら。クビになっちゃったんだねえ」


 ラムダさんの目に悦びの色が浮かんだ。


「せっかくBランク冒険者にまで上り詰めたのに、落ちぶれちゃったんだね。人生ってのは何が起きるか分からないよねえ」


 どことなくニヤニヤしているように見える。


「――おっと。誰か来たみたいだね」


 ラムダさんの呟きに顔を上げると、前方から馬車が近づいてきていた。

 御者台にて馬の手綱を引く者が一人、その周りに護衛と見られる者たちが三人。計四人の来訪者たちが門の前に辿り付いた。


「今日はどのようなご用で?」

「物資を届けに来た」

「許可証をご提示願えますか?」とラムダさんが言った。

「ああ」


 御者台に座っていた男は被っていたローブを脱ぐと、懐から許可証を取り出した。それをラムダさんに手渡す。

 ラムダさんは許可証に目を落とした。小さく頷いた。


「それでは荷台の方を改めさせて貰いますね」

「分かった」


 ラムダさんは荷台の方に回り込むと、幌を開けた。

 俺も後ろから覗き込む。

 荷台には荷物が積み上げられていた。水や食料、日用品の類だった。


「どうやら、怪しいものはなさそうだね」

 とラムダさんは得心したように言った。

「結構です。街に入っていただいて大丈夫ですよ」

「……ああ」


 御者の男は頷くと、再びフードを被った。

 馬の手綱を引き、動きだそうとする。


「ちょっと待ってください」


 俺の言葉に、彼の手が止まった。


「……何だ?」

「申し訳ありませんが、街に入れることは出来ませんね」

「……この男は我々の通行を許可したが?」

「ちょっとちょっと。いきなりどうしたの」


 ラムダさんが慌てて駆け寄ってきた。


「ジークくん。この方々は商人だ。事前に来訪する報せも受けてる。それにこの許可証も間違いなく本物だよ?」

「ええ。その許可証は本物なんでしょう。商人の方々が来るという報せも。だけど、その商人と彼らが同一人物とは限りません」

「……どういう意味?」

「恐らく、ここに来る途中に入れ替わっています。本物の商人たちと。彼らは本来ここに来る者たちじゃない」

「入れ替わってるって」とラムダさんは言った。「え? じゃあ、本物の商人たちはどこに行っちゃったの?」

「口封じのためにも殺されたでしょうね」


 俺がそう言うと、ラムダさんは目を見開いた。


「そ、そんなバカな」

「出任せを言っているわけじゃありません。彼らからは微かに血の匂いがします。それに荷台の中もそうです。注意深く拭い取ってありますが、大量の血痕がありました。あの量は間違いなく致死量でしょう」


 俺は御者の男たちに目を向けた。


「彼らはここに来る途中の商人たちを襲撃し、入れ替わった。商人の身なりと許可証があれば街中に入ることが出来るから。――彼らの身柄を確保して名を聞き、そのような者が商会に在籍しているか問い合わせてみましょう」

「……ちっ。まんまと上手くいきそうだったのによ」


 御者の男は忌々しげに舌打ちをした。

 腰に差していた剣の柄に手を掛ける。

 馬車の周りにいた護衛に扮した男たちも剣を抜き放った。


「お前の言うとおりだよ。俺たちは商人じゃねえ。殺して入れ替わったんだ。血の匂いは入念に消したはずなんだがな……。まあバレちまったら仕方ねえ。こうなったら、お前らをぶっ殺してでも中に入ってやらあ」

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