第6話 初めてのお仕事
今日からは衛兵として勤務することになっていた。
宿屋の固いベッドの上で目を醒ます。
窓の外にはまだ日が昇っていない。
――さてと。出勤前に一汗掻いておくとするか。
俺は部屋から外に出ると日課のトレーニングを始めた。
無心になってひたすら剣を振るう。筋肉トレーニングも怠らない。こうした日々の研鑽が仲間や街の人々を守る防御力となる。
日課を終える頃になると、ようやく街に朝陽が降り注いだ。――とは言え、大半の人間はまだぐっすりと眠っている時間帯だ。
シャワーで汗を流し終えた後、出勤する。
詰め所に足を踏み入れると、ボルトン団長が出迎えてくれた。
「おう。来たか。昨日はちゃんと眠れたか?」
「ええ。ぐっすりでした」
「――ハッ。やるじゃねえか。お前、結構呑んでたのによ。酒も強いんだな。こりゃ連れ回し甲斐がありそうだ」
ボルトン団長は顎を撫でながらニヤリと笑う。
俺は団長の傍に立っていた衛兵の男の方を見やる。
「団長。そちらの方は?」
「おお。そうだ。すっかり忘れてたぜ。紹介しておかねえとな」
ボルトン団長はそう言うと、傍にいた衛兵の肩を持った。
「ジーク。こいつがお前の教育係のラムダだ。肩書きは分隊長。衛兵の心得を叩き込んで貰え。まあ、お前なら心配ないとは思うけどよ」
なるほど。
教育係ということは、俺にとっての直属の上司か。
年齢は――見たところ三十半ばくらいだろうか。
全体的に細身で、爬虫類のような顔をしている。
「今日からお世話になります。ジークです。よろしくお願い致します」
「ラムダだ。君の教育係を務めさせて貰うことになってる。とは言え、僕から教えられることなんて殆どない気がするけど」
ラムダさんは「はは」と自嘲するような笑みを浮かべる。
「聞くところによると、ジークくんは元Bランク冒険者なんだって?」
「ええ。昔の話ですが」
「いやあ。凄いなあ。きっと才能が違いすぎるんだろうなあ。僕なんて、君くらいの年の頃には全然だったよ」
ラムダさんは自嘲と媚びがない交ぜになった口調で言った。
「まあ、今もからっきしなんだけどね」
「はあ」
「おい。朝からシケたこと言ってんじゃねえよ。こいつも困ってるじゃねえか。自嘲する暇があるなら鍛錬の一つでもしやがれ」
「いやはや。仰る通りです。はは」
ボルトン団長に指摘され、ラムダは卑屈な笑みを深めた。
「んじゃ、後は頼んだぜ。――ジーク。何か分からないことがあればラムダに聞け。それでも解決できなきゃ、遠慮せずに俺の元に来い」
「分かりました」
「ジークくん。持ち場に行きましょうか」
ラムダさんはボルトン団長に一礼をすると、俺を引き連れて詰め所を出た。パタン、と扉が閉まった後のほんの僅かな瞬間だった。
「……ちっ。クソがよ」
ぼそりと暗い声が漏れ聞こえてきた。
――え?
思いがけず覗き込んでしまったラムダの横顔――その目は蛇のように獰猛で、声色には激しい憎悪が込められていた。
「ん? どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
「い、いえ。何でも」
「生意気に目鼻耳を付けてるんじゃねーよ、って思われちゃったのかと思ったよ。さすがにそれは勘弁して欲しいからね」
ラムダさんは元のヘラヘラとした笑みを浮かべていた。そこに先ほどまでの凝縮された悪意のようなものは感じられない。
――さっきのは聞き間違いだったのだろうか?
☆
ラムダさんに連れられて持ち場へとやってきた。
そこは街の正面門だった。
「我々が今から行うのは、検問だ。街にやってきた者が怪しい者じゃないか。それを判断しなければならない」
ラムダさんは言った。
「魔族や荒くれ者を通してしまったら、街の人々に危険が及んでしまうからね。この職務はとても重要なものだ」
「なるほど」
「――まあ、そんなことはわざわざ言われずとも分かってると思うけどね。こいつ偉そうだなとか思ってない?」
「全く思ってないです」
「本当かなあ。何しろ、天下のBランク冒険者だからなあ。衛兵みたいな薄級の仕事を見下してるんじゃないの?」
「職業に貴賎はありませんよ」
「ふーん。ジークくんは出来た人間なんだなあ。さすがBランク冒険者。木っ端衛兵の僕とは器の大きさが違うよ」
放たれた卑屈にどう反応していいか分からず、聞き流した。
「ちょっと。ジークくん。ここは笑うところだよ? 笑ってくれないと、僕が凄く惨めな男に見えてしまうじゃないか」
「すみません。笑うのは苦手なんです」
特に愛想笑いの類いは不得手だった。
おかげで無愛想だと言われることも多かった。
――そういえば、パーティの連中にもノリが悪いと言われてたっけ。任務の打ち上げの宴会の時も笑っていなかったから。
顔に出ないだけで、俺自身は楽しかったのだが。
「話が脱線しちゃったね。検問の話に戻るけど、街にやってきた人たちにはまず許可証を持っているかどうかを確認する。商人であればまず確実に持ってるね。まあ、中には偽の通行許可証を作って持ってくる人もいるんだけど」
ラムダさんは言った。
「許可証を持っていない場合だけど、その場で門前払いするってわけじゃなく、危険人物じゃないと判断すれば入場することが出来る。ただ、一般の人たちの中に魔族やお尋ね者が紛れ込んでる可能性があるから、そこは慎重に見極めなければならない。来訪目的を聞いたり他の街から回ってきた指名手配書を参照したりしてね。――どう? ここまでで何か分からなかったことはある?」
「大丈夫です。問題ありません」
「さすが。飲み込みが早いね。まあ、口で説明するより実際にやってみた方が早いよ。僕といっしょに検問をしてみようか」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます