第12話 制裁

 俺に剣を向けられ、ラムダの目には怯えが滲んでいた。

 しかし――。

 その背後から笑い声が聞こえてくる。


「きひひっ。ラムダさん。もうこいつ、殺しちゃおうよ」

「俺たちがいれば、衛兵の一人くらい、楽勝だっての」

「そうだよ。とっとと水路の底に沈めちまおうぜ」


 強盗団の連中はニヤニヤと余裕めいた笑みを浮かべていた。

 ラムダはその声にあてられ、次第に落ち着きを取り戻した。


「そ、そうだ。何も臆することはない。こっちには夜戦のスペシャリストがいる。彼らが負けるはずなんてない……!」


 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いていた。


「ジークくん。やっぱり終わるのは君だよ。元Bランク冒険者としてのその慢心が、死を招くことになるんだ」


 これまでに俺は一度たりとも、元Bランク冒険者だという肩書きを鼻に掛けたりしたことはなかった。

 ラムダとは根本的に考え方が違うのだ。


「二度と生意気な口を利けないようにしてあげるよ。……ふふふ。その顔が恐怖に歪むのを見るのが楽しみだ」

「あんたが直接、手を下せばいいだろう。そいつらを使わずに」

「上の人間は、自分の手を汚したりはしないんだよ。覚えておくといい。とは言え、すぐに死ぬのだから意味もないけどね」


 ラムダはそう言うと――。


「さあ。あの衛兵を殺してしまおうじゃないか」


 と強盗団の連中をけしかけた。


「きひひっ。もう待ちくたびれちまったよ。俺のナイフがずっと、血を吸いたいって駄々をこねて困ってたんだ」


 三人の中で一番小柄な男が、ナイフを舐めながら嗤った。


「じわじわと時間を掛けてなぶり殺しにしてやるよ。まずは指、その次に四肢、最後に首を掻ききってやる。次第に迫る死の恐怖に怯えな!」


 小柄な男は地面を蹴ると、高らかに跳躍をした。

 狭い路地の建物と建物の間を、バネのように高速で飛び回る。

 縦横無尽に黒い影が走っていた。


「きひひっ! 俺様の動きに付いてこられないだろ! このままお前は何も分からず、気づいた時にはあの世だ!」


 それまではランダムに飛び回っていたのが、突如、動きが変わった。

 俺が立っているところに向かって、真っ直ぐに向かってくる。奴が間合いに入り、短剣を振り抜こうとした時だった。

 キィン!

 そのタイミングに合わせて、俺は盾でパリィした。


「なっ……!?」


 小柄な男は完全に重心を崩され、隙だらけになっていた。

 俺はすぐさま、奴の脚を剣で切った。


「ぐああああ!」


 腱を断ち切ると、小柄な男はその場に崩れ落ちて悲鳴を上げた。


「自慢の脚も、これで二度と使えなくなったな」

 と告げると、

「さあ。次はどいつが来るんだ?」

「「……っ!」」


 あっさりと一人を仕留めたことで、残りの強盗団の連中に戦慄が走った。浮かべていた余裕の笑みはかき消えていた。

 このままでは呑まれてしまうと思ったのだろう。


「うおおおおおおっ!」


 一番大柄の男が大槌を手に襲いかかってきた。人の背丈ほどあるそれを振りかぶり、俺の脳天を目がけて振り落としてくる。

 だが――俺はそれを片手で受け止めた。

 ぴたり、と。

 向こうがどれだけ力を入れても、びくともしない。


「――ふんっ!」


 俺は力を入れると、大槌をひねり上げた。

 柄の方を持っていた大柄な男の両腕は、本来は曲がらない方向にねじ曲げられた。


「ぐううううううっ……!」


 大柄な男は走った激痛にもんどり打っていた。

 両腕の骨が粉々に砕けただろう。

 怪力も形無しだ。


「ひいいいいいいいいっ!」


 その光景を見ていた最後の一人は踵を返して逃げ出した。


「みすみす逃がすと思うか?」


 俺は足元に落ちていた短剣を拾い上げると、男を目がけて真っ直ぐに投擲した。剣先は右足を勢いよく貫通した。


「うぎゃあ!」


 男は足を貫かれ、うつ伏せに倒れ込んだ。

 俺は続けざま、大槌を宙に向かって放り投げる。回転しながら弧を描くと、遠く離れた男の頭蓋骨を陥没させた。

 ピクピクとか細く震えている。

 一応、まだ息はあるようだ。


「残りはラムダ――お前一人だけだな」


 強盗団の連中を片づけると、俺はラムダの方を見やった。


「ひっ。ひいいっ!」


 ラムダは青ざめた顔になると、その場に尻餅をついた。俺がゆっくりと近づくと、奴はズリズリと後退していった。

 やがて、奴の背中は建物の壁にぶち当たった。

 壁際に追い込まれる。

 すると、奴は突如額を地面にこすりつけて叫んだ。


「ま、参った。僕の負けだ! 許してくれ!」


 ラムダは俺の足に縋り付いてきた。


「じ、実は僕は奴らに脅されてただけなんだ。そうだよ。僕は被害者なんだ。ジークくんのおかげで助かった」

「勝てないと悟るや否や、強盗団に責任転嫁をして命乞いか。……ラムダ。あんた、本当にどうしようもないクズなんだな」


 俺はため息をついた。


「残念だが、たとえこの場を乗り切ることができたとしても、もうすでにあんたお得意の弁舌で誤魔化せる状況じゃない。強盗団とあんたは利害で繋がっただけの関係だ。正直に話せば罪を軽くするとでも強盗団の連中に吹き込めば、連中は喜んであんたとの繋がりを露呈してくれることだろう。そうなれば、加担したあんたは一生牢獄の中。下手をすれば処刑ということもあり得る。もう詰んでるんだよ」

「た、頼む。僕のことを見逃してくれ。一生牢獄の中は嫌だ。お願いだ。ジークくん。僕に出来ることなら何でもする!」

「……何でも? あんた、今、何でもって言ったか?」

「も、もちろん。欲しいのは何だ? 金か? 女か? 靴でも舐めれば良いか? 君への忠誠の証として喜んでするよ?」

「そうだな。じゃあ……」


 俺が考え込む仕草を見せると、ラムダはぱあっと表情を輝かせた。目の前に垂らした希望の糸を断ち切るように言う。


「自分の侵した罪としっかり向き合え」

「――っ!」


 ラムダのこめかみに青筋が浮かび上がった。


「ば、バカにしやがって! お前だけは僕がぶっ殺してやる!」


 怒りに我を忘れたように、剣を引き抜くと俺に斬りかかろうとする。

 俺は右拳を握り込むと、奴の顔面に叩きつけた。


「べぶっ……!」


 鼻の骨がひしゃげるような感覚があった。

 ラムダは背後にあった建物の壁へと叩きつけられる。地面に倒れると、白目を剥き、口から泡を吹いて動かなくなった。

 俺はそれを見下ろしながら告げた。


「あんたみたいな小物、剣を抜くだけの価値もない。……精々、冷たい牢獄の中で、自分の愚かさを悔いるんだな」

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