第3話 採用試験

 採用試験のために練兵場へとやってきた。


「よーし。そんじゃ、採用試験を始めるとすっか」


 ボルトン団長は首筋を撫でながら、気怠げに言った。


「試験の内容は?」と俺は尋ねる。

「筆記や面接でもやるとでも思ってるのか?」


 ボルトンはにやりと笑った。


「この街の衛兵に必要なのは教養でも、礼儀作法でもねえ。力だ。街の連中と秘宝を守る実力があればそれでいい」

「なるほど。それは分かりやすくていいですね」


 教養や礼儀作法を求められたらどうしようかと思った。

 孤児から冒険者になった俺には、その類のものが欠けている。それよりは実力が全てだという社会の方が生きやすい。


「まずは手始めに打ち合いといくか。――兵士三人を相手にな。それもジーク。お前から攻撃するのはナシだ」

「防戦一方ってことですか?」

「ああ。衛兵――それも守衛に必要なのは攻撃力よりも防御力だ。耐える能力がなければやっていけないからな」


 それには自信があった。

 攻撃力を求められることよりもずっと。

 兵士が三人、前に出てきた。剣、槍、斧を手にしている。


「これはあくまでも実戦形式だからな。当たりどころが悪ければ死ぬ。それが嫌なら、必死に避けたり防ぐこった」


 俺は腰に差していた木剣を抜いた。左手に盾を構える。


「おいおい。俺の話を聞いてたのか? お前は攻撃しちゃいけないんだぜ。だったら、剣を持つ必要もねえだろ」

「実践形式なんでしょう? なら、剣を持っていないとおかしい。盾一つで戦場のど真ん中に飛び込むバカはいないですから」

「ハッ。確かにそりゃそうだ。――その余裕が仇にならなきゃいいがな。剣の重さ分だけ動きが制限されるんだぜ」


 ボルトン団長はそう言うと、振り上げた手を下ろした。


「それじゃ、スタートだ」


 兵士たちが同時に駆け出してきた。

 右、中央、左とばらけている。

 まず最初に右側の兵士が槍を突き出してきた。

 ビュンッ。穂先が勢いよく走る。

 俺は身を退いてそれを躱した。

 ステップしたところに、左側にいた兵士が剣を振り下ろしてくる。盾を差し出した。剣は鉄の盾の前に阻まれる。


「――ここだっ!」


 最後に真ん中の兵士が斧を振り下ろしてきた。

 体重の乗った一撃――これは盾では受けきれない。

 だったら弾けばいい。

 俺は振り下ろされる斧をタイミングよく盾で弾いた。


「――っ!?」


 斧を持っていた兵士は完全に重心を崩された。後ろによろめき、隙だらけになる。俺はその喉元に木剣を突き立てた。


「実践だったら、これであんたの首は飛んでいたな」


 兵士の目に恐怖の色が滲んだ。


「複数の敵に対峙した時の冷静な立ち回り――中々やるな。さすが元Bランク冒険者を名乗ってただけのことはあるな」


 ボルトン団長は不敵な笑みを浮かべる。


「じゃあ、次はこいつだ。ジーク。今からお前の後ろに風船を一つ置く。これを兵士たちに割られないようにして戦え」

「防衛戦ってことですか」

「そういうこった。この風船を街の人々だと思って守り抜け。割られることは、街の人々が殺されるってことだ」


 兵士たちは互いに顔を見合わせた。


「ボルトン団長。無茶言うなあ……」

「あんな厳しい条件、俺たちが入隊する時には課されなかったよな? あのジークって人にだけ厳しくないか?」

「ボルトン団長はよそ者と冒険者が嫌いだからな」

「おい。うるせえぞ。てめえら」

「「「すみません!」」」

「言っておくが、手加減するんじゃねえぞ。お前らはあの風船を魔物だと思え。割ることが出来なければ、大切な人に被害が及ぶんだ」

「……(ごくり)」


 兵士たちの目つきが変わった。真剣な表情だ。

 一斉に突っ込んでくる。

 俺は風船よりも前に出て、守る態勢に入った。

 こっちから攻撃してはいけない。だが、全員を一斉に相手にしていれば、いつかは抜かれてしまうだろう。

 なら――防御すると共に無力化するしかない。


「はああっ!」


 兵士の繰り出した槍の一撃を、盾でパリィした。

 力を受け流し、その反動で兵士の手から槍が飛んだ。続けざまに放たれた剣と斧の攻撃もタイミングよくパリィした。

 剣と斧を兵士たちの手から弾き飛ばす。


「な、なんだこれ……」

「少しでもタイミングがずれれば、直撃するかもしれないんだぞ。どうしてあんなに完璧に何度もこなせるんだ」


 それは日頃の鍛錬の賜物だった。

 冒険者になりたての頃、死ぬ思いをして鍛え上げたからな。

 並みの攻撃であれば、目を瞑ってでもパリィすることが出来る。


「――よし。今だ! てめえら行けっ!」


 ボルトン団長がどこかに向かって指示の声を飛ばした。

 すると、傍らに立っていた兵士たちが風船を目がけて走り出した。彼らは今までただの見学者だった者たちだった。


「――ハッ。実戦ではどこから敵が現れるか分からねえからな。こいつらに風船を割られてもお前の負けだ」

「き、汚ねえ!」

「へりくつだ!」

「この距離じゃ、兵士たちに追いつくことは出来ねえだろ。ジーク。どうやらこの勝負はお前の負けみたいだな」

「いいや。まだだ。――【アイアンターゲット】」


 俺はその場でスキルを発動させた。

 すると、乱入してきた兵士たちが風船に向かって放った攻撃が、全て歪曲して俺の元へと向かってきた。

 俺はそれを受け止める。


「何っ……!?」

「バカな……!」


 兵士たちは起こった現象を受け止められていないようだった。

 彼らからすれば、確かに風船に向かって攻撃を放ったにも関わらず、風船がまるで割れないという現象が起こったのだから。

 この場で事態を把握していたのは、俺と――そしてボルトン団長の二人だけだった。彼は感嘆するように息を吐いた。


「ほう。攻撃を全て自分に集めるスキルか? 今まで数多くの人間を見てきたが、そんなスキルは見たことがない」


 ボルトン団長は表情の笑みをかき消した。


「どうやら、お前は思っていた以上に面白い男のようだな」


 そう言うと、腰に差していた剣を抜いた。

 俺に向かって突きつけてくる。


「……おい。ジーク。次は俺と一対一で勝負しろ。――てめえの本当の実力、この俺が直に見定めてやるよ」

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