第2話 新しい職場

王都アスタロト――。

 そこは危険なことで有名な都市だった。

 四方八方からあらゆる魔物が襲撃を掛けてくるのだ。魔物だけではなく、山賊や盗賊といった悪党たちも引っ切りなしにやってくる。


 なぜそんなに狙われてしまうのか――。

 その秘密は王都に安置されている秘宝にあった。

 光のオーブ――魔王を打ち倒すために必要とされる秘宝が安置されているのだが、それが魔物や悪党たちを引き寄せるのだった。

 魔王からすれば、自らを滅ぼしかねないものを放ってはおけない。そのせいもあって全勢力を投入してでも奪おうとしている。

 悪党たちからすれば、光のオーブを奪えば莫大な財を築くことができる。魔物の襲撃に乗じて悪事を働こうという魂胆もあるが。

 そう言ったこともあり、王都アスタロトは日々外敵からの襲撃に追われていた。次から次に襲い掛かってくるものだから、必然、警備の騎士や兵士の人手は足りなくなる。かと言って誰でも彼でも投入して良いというわけではない。実力不足の者を雇っても、即座に魔物の餌食にされてしまうのがオチだからだ。


 王都の警備は多大な危険を伴う仕事であり、それに耐えうる実力があるのなら、冒険者をしていた方がよほど金儲けが出来る。

 大義や使命感がなければ、とてもやっていられない割の合わない仕事。それが王都アスタロトの警備に対する人々の認識だった。

 そんな警備の仕事であったが、俺は受けることにした。

 大義や使命感があったわけじゃないが、パーティをクビになり、冒険者の道を失った今の俺にとっては職を斡旋して貰えるだけありがたい。


 もう二十代も半ばだ。新しく技能を身につけるよりは、今まで冒険者として培ってきた技能を生かせる職の方が良いだろう。

 なので早速、ギルドからの紹介状を貰って王都アスタロトに向かった。

 一週間ほど移動すると、そこに着いた。

 王都は円形の石壁に囲まれていた。

 度重なる襲撃に追われたせいだろう。石壁はどこもボロボロになっていた。

正面の門へと移動する。

 そこには門番が二人立っており、検問をしていた。


「お前はこの街に何をしに来た?」

「冒険者ギルドから職を紹介されてきたんだ」


 俺は懐から取り出した紹介状と通行許可証を提示した。


「むっ。これは……紹介状と通行許可証か」

「偽物の許可証を出して、街に侵入しようとする輩もいるからな。本物かどうか確認させて貰う」

「ああ」


 随分と念入りだ。

 それだけ普段から色々な手段で侵入しようとする輩が多いのか。これくらいの警戒心は当然必要となるのだろう。


「この承認印は――間違いない。本物のようだ」

「であれば、通ってよしだ」


 まずは追い返されずに一安心といったところか。


「街の衛兵の仕事に応募しにきたということなら、兵長の元に案内してあげよう。私の後についてくるといい」

「助かるよ」


 門番の一人が俺を案内してくれるようだ。

 俺は彼の後について、街の中を歩いていく。


「あんた、エストールの冒険者ギルドの紹介なんだろう? あそこには【紅蓮の牙】って有名なパーティがいるんだってな」

「え? あ、ああ。知ってるのか」

「そりゃ有名だからな。超攻撃的なスタイルで、火力では右に出る者なし。彼らは誰もが認める実力者たちだよ」


 門番がしみじみと呟いた。


「彼らのうちの誰かがこの街の衛兵になってくれたら、助かるんだけどなあ。今の状況も少しは好転するはずだ」

「…………」


 一応、俺はそのパーティの一員だったんだけどな。

 まあ、クビになったけども。


「この街の状況はそんなにマズいのか?」

「度重なる魔物の襲撃で、建物も人も疲弊しきってる。商人も中々来られないから、物資も常に不足してるしな」


 門番はため息をついた。


「いっそ、光のオーブを手放してしまえば楽になれるんだろうが……この国は貧乏くじを引かされたんだよ」

「…………」

「おっと。暗い話をしてしまったな。これからここで働くっていうのに。すまない。今の話は忘れてくれ」


 門番はそう言うと、


「しかし、あんたも結構、腕に覚えがあるみたいだな」

「……え?」

「この紹介状――べた褒めされてるじゃないか。【紅蓮の牙】の面々にも劣らないほどの素晴らしい人材だってさ」


 そんなふうに書いて貰っていたのか。


「それが本当だとすれば、俺たちからするととても心強いよ。ぜひ、この街を守るためにいっしょに働きたいもんだ」

「俺としてもそのつもりだ」


 門番に連れられて詰め所へとやってくる。

 そこには衛兵たちが待機していた。

 奥にある部屋へと通される。


「ボルトン団長。こちら衛兵の志願者です。エストールの冒険者ギルドの紹介状を持ってきていたので通しました」


 奥の机から、ボルトンと呼ばれた大柄な男がこちらをギロリと見据えてきた。

 荒々しいオールバックの髪。

 額や頬には古い切り傷が刻まれている。

 数多の戦場を潜り抜けてきた者だけが宿せる貫禄があった。


「ふうん。冒険者ギルドの紹介ねえ。連中からの紹介となると、どこの馬の骨とも知れない雑魚が派遣されて――って、ん?」


 紹介状に落とされたボルトンの視線が留まった。


「ジーク。お前。Bランク冒険者なのか」

「ええ。一応」

「それが衛兵の志願者ねえ……。お前も大義や使命感に駆られたクチか? そんなもんは犬にでも喰わせた方がマシだぜ」


 ボルトン団長は鼻を鳴らした。


「うちは薄給のくせに、常に危険と隣り合わせな職業だ。それに冒険者とは違い、危なくなったら逃げるなんてことは許されねえ。労働環境としては最悪だ。その上、騎士団たちには見下されてるしな。それを理解してるのか?」

「はい」


 と頷いた。


「俺に他の選択肢はありません。覚悟は出来ています」

「――はっ。お前、もしかしてワケありか? そうでもないと、Bランク冒険者がこんなところに来ねえもんな」


 ボルトン団長は顎のひげを手で撫でる。


「うちとしては使える奴なら喉が出るほど欲しい。だが、誰でも彼でもはい採用――ってわけにはいかねえ。腕のない奴を雇ってもすぐに死ぬのがオチだ。ここは死体収容所じゃないんでな。それに多少なりとも情の湧いた奴が死ぬと、飯が不味くなる。だからお前の実力を測るために採用試験をさせて貰う。Bランク冒険者と言えど、パーティメンバーに寄生して実力がない奴も中にはいるんでな。お前の実力を見極めさせて貰う。採用試験に受かることができれば雇ってやるよ」

「ええ。分かりました。よろしくお願いします」


 こうして俺は衛兵の採用試験を受けることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る