アルファン王国防衛戦

 年齢でいうと、アルフィリーナの方がスフィアよりも年上。なのでスフィアはアルフィリーナの妹という事になった。


 家族が出来て嬉しいアルフィリーナは、いつにも増してご機嫌。

 鼻歌まじりに身支度をしたりする。


「ぐーすぴーズズズズズ」


 しかし、正午になってもメイドのスフィアは、よだれを垂らして幸せそうに眠っている。


「メイドさんって普通、朝起こしに来たり、朝食を用意したりするもんだと思っていましたが……」


 言いつつ、アルフィリーナは朝食を作る。


 目玉焼き、サラダ、スープ、ホットミルク、パンなどを、かわいい食器に用意、とても美味しそうだ。


「スフィアちゃん、もうお昼ですよ、起きてください!」


「むにゃむにゃ……うっさいブス」


 ……


「なんなんだぁ! この使えないメイドはああああ!!!」


 めずらしく朝からアルフィリーナはキレていたのであった。



ーーアルファン城謁見の間



 無理やり起こされたスフィアはしくしくと泣いている。


「どうしたのだアルフィリーナ、朝からご機嫌斜めではないか、スフィアとけんかでもしたのか?」


「なんでもないです! それよりどうしたんですか? 非常招集の鐘があちこちから聞こえましたけど!」


「ああ、その事なのだが……」


 いつにも増して真剣な顔をするレジーナ・アルファン第一王女。


 その口から出てきたのは意外にも、軍事的な話であった。


 皆のいるアルファン王国は城下にリファール・アルグレオ村を収める巨大国家なのだが、はるか北東に『シノン王国』という、これまた巨大な勢力が存在し、その軍隊がアルファン王国へ進軍を始めたというのだ。


 今までは『アルファンの死神』としょうされた国王陛下が直接軍隊を指揮し、なんとか追い返す状態が続いていたのだが。タイミングが悪いことに現在国王は女王陛下とバカンスに出かけていて、全権をになうのがレジーナ姫という状態。


「恥をしのんで皆に頼みがある! アルファン王国に皆の力を貸してもらえないであろうか! 私が兵を率いても父上のように撤退てったいさせる自信がないのだ……すまん……」


 珍しく気落ちしているレジーナ姫、その理由は個人での戦闘は強くても、軍隊をひきいて戦った実戦経験がないからだ。


 しかも、自分の采配さいはいで多くの犠牲を出すかもしれないと思うと気後きおくれする。国と国民を守る立場からすれば恐怖に支配されて手がふるえるのも無理はない。


「シノン王国へと続く道は、左右がけに囲まれた広い一本道である。回り込まれる事は絶対にないから安心してほしい」


 これはアルファン王国に有利な地の利であると取れる。


「ただ兵の数はこちらが千に対し、敵は五千、約五倍の戦力差があり、さらに相手は『重装歩兵じゅうそうほへい』という軍団をひきいていて、防御に特化しているのだ……」


 レジーナは頭を抱える。


 敵戦力は約五倍、これは正面からのぶつかり合いではあっさりと消し飛ぶくらいの戦力差だ。また巨大な盾に長槍ながやりを使う重装歩兵じゅうそうほへいの軍団というのもが悪い。


 戦力は圧倒的あっとうてき不利であると言えよう。


「わ、私が!」


「ダメだ!」


 アルフィリーナが言うより早くレジーナがアルフィリーナを止める。


「アルフィリーナには最後の戦力として城と国民を守ってほしいのだ……頼むっ!」


 祈るようにアルフィリーナに懇願こんがんする。


 レジーナの気持ちとしては、勇者アルフィリーナにはできれば最前線に立ってほしいのもあるが……


備蓄びちくしている回復薬だけだとどうなるか分からない、唯一調合が可能なアルフィリーナだけは失うわけにはいかないのだ」


 国民や兵士がやられたときを思う気持ちの方が強くなる、やはりその辺は姫という立場上どうしようもなかった。


「でも、アルファン王国が攻め込まれたらそんな事も言ってられないですよ!」


「でも……ダメだ!」


 レジーナ姫の決意は固かった。


「私は後方支援に回った方が良さそうだね、物資輸送や運搬は任せてよ、足だけは速いし! きゃははは!」


「あ、では私も……」


 盗賊キャロットとメイドのスフィアは後方支援に回る事となる。


「すまんな、本当に助かる、私は良い友を持った……」


 パラディンのセリーヌが発言する。


「ダメだぜ姫様! おやじが言ってた! 『総大将が情けない顔をしてたら兵の指揮が下がるんだぜ』って、うちのおやじは英雄だけど、いつも母さんの顔色をうかがってた! とにかく格好良いおやじ!」


「ふっ……そうだな……」


 レジーナは吹っ切れた。


「セリーヌの言う通りだ! かつて英雄アルベルトが一人で村を守り抜いたように! 私も笑ってこの国を守らなければ、申し訳が立たぬな!」


「そうですよ! レジーナさん! いざとなったら私が!」


「それはダメだ」


 あくまでもアルフィリーナを止めるレジーナ。


 しかし、圧倒的に不足している兵力と、自分の経験が不足している事を考えると、なかなか行動に移せない。時間はあるが決定的な案は出ず、気づくとただただ無駄に時間を消費していた。


 子猫と遊びながらもいろいろ考えていた大魔法使い、カルディナが発言する。


「名案が……ある……」


 カルディナはレジーナに耳打ちをした。


 !?


 それは、レジーナには到底とうてい思いつかないほどの戦略だった。


「勝てるっ! 勝てるぞ! さすがカルディナだ! そして皆が今この国にいることを、私は誇りに思うぞ! あーっはっはっは!」


「抱っこ……」


 レジーナはカルディナを抱っこすると、頬ずりしながらかわいがる、全てを吹っ切ったレジーナ・アルファン第一王女は、全軍に威厳を持って命令を下した!


「全軍に告ぐ! 今よりアルファン王国の防衛戦、並びに『シノン王国殲滅せんめつ戦』を開始する! 皆の者! このレジーナ・アルファンに誓え! 『誰一人欠けることなく』任務を達成する事を! そして国王陛下に『シノン王国を滅ぼしたのは俺だ!』と、全員で胸を張って報告するのだ!」


『我らが忠誠は、国王陛下とレジーナ・アルファン第一王女様のために!!』


「良い気合いだ! 全軍配置に付けー!」


『うおおおおおおおおおおおおお!!!』


 かくして、大魔法使いカルディナによる起死回生きしかいせい妙案みょうあんを取り入れ、アルファン王国とシノン王国との生き残りをかけた戦争が開幕したのであった!



ーー最前線



 五千もの大群がせまる中、一人のパラディンが待ち受ける。

 その姿はかつて村を守り抜いた英雄アルベルトを思わせる。

 絶対の自信と余裕を持ち、不敵な笑みを浮かべる、そんな存在だった。


「カルディナ様、なかなか見どころがありやがる、まさか俺に全軍を任せて突っ込ませるなんてなぁ! おまえら、安心しろ『ここにいる誰一人』俺はやらせはしねぇ!」


『セリーヌ様に絶対の忠誠を!!』


「アルベルトだっての! 何度言ったらアルベルトって呼んでくれるんだよ……まぁいいよ、嫌でもそう呼ばせてやるんだからな!」


 アルファン王国はセリーヌに全軍を預ける。その兵数は千! 対するシノン王国は重装歩兵じゅうそうほへい五千を投入!


 セリーヌは両手を広げて目をつむる。


「おまえらぁ! 一匹たりともここを通すんじゃねぇぞ!」


『おう!』


ーーオールレンジマルチプルディフェンス


 セリーヌを中心に全軍、絶対防御の優しい光に包み込まれる。


『アルファンの犬どもが! 重装歩兵じゅうそうほへいの力をめるなあ!!』


「おまえは次に『な、なぜだ! 攻撃が通らない!』と言う!」


『なぜだ! やりの攻撃が通用しないだと!』


 ちょっと違った。


 顔を赤らめながらもセリーヌは五千の重装歩兵じゅうそうほへいに無傷で対峙たいじする。


 千の壁で五千の兵士を食い止める、こちらからは進行を止めるのがやっとで、兵士達も気合いと根性で『押す』しかできない。


「今だぜ、カルディナ様!」


 兵士の間をスッとすり抜け、カルディナは現れた。


「ほぅ、さすがだなパラディン、貴様、日を追うごとに強くなっている……」


 覚醒かくせいしたカルディナはニヤリと不気味な笑みを浮かべ詠唱を始める。


『まずいぞ! 魔法使いを先にやれええええ!!』


 これが恐らくシノン王国軍兵士の最期の言葉になる。


 セリーヌ達もつられて不気味な笑みを浮かべていた。


「やっちまえ、カルディナ様!」


御意ぎょい


ーー煉獄れんごくの炎の力よ来たれ

灼熱しゃくねつの渦巻く漆黒の炎、それは全てをちりとなす存在。が精神をらいて力とせ。


「エンシェントファイヤーインファルノ!」


 シノン王国兵士上空に魔法陣が現れ、閃光せんこうが縦に一閃いっせんする、その閃光にみちびかれるかのように業火が兵士達を包みこんでいた。





 カルディナはセリーヌにニヤリと笑みを浮かべると、兵士に担がれ後衛に下がる。


(カルディナ様……全精神力を持って俺たちをみちびいてくれたんだな……)


「カルディナ様の火炎が敵を一掃した! 今のうちに前進するぞ!」


『甘いな! アルファン王国……確かに凄まじい魔法だったが、俺たちを倒せるほどではなかったようだ……』


 次々と立ち上がる重装歩兵じゅうそうほへい、まだまだ半数以上の戦力が残っていた。


「……」


『棒立ちしか出来ないおまえらが、重装歩兵じゅうそうほへいに勝てるとでも思ったか!!』


 重装歩兵じゅうそうほへい軍団のやりが防御壁にガンガン当たる、こちらは防御体制を取っているため受け身に回るしかない。


「って、普通は思うよなぁ? くっくっく、本当にカルディナ様の言ってた通りだぜ!」


 セリーヌは懐から時限爆弾を取り出し着火する。


『なっ! 何いいいいいいいいいい!!』


「誰一人欠けることなく帰るなんて、ありゃあうそだ。カルディナ様には撤退てったいする様に言われていたが、おまえらよく頑張ったよ、予想以上に残っててびっくりだ!」


 セリーヌは時限爆弾を口にくわえると、両手を広げたまま、ジリジリと前進する。


(これだけ離れればアルファン兵は耐えられるはず!)


 セリーヌは一番ムカつくやつを羽交はがめにすると、口に時限爆弾をくわえたまま叫んだ!


「てめえらの負けだああああああああ!」


 その声をかき消すかのようにセリーヌを中心にした爆発が起こる!


『ば、馬鹿な……こいつ自爆ををを!!』


 シノン王国兵士五千はカルディナの魔法とセリーヌの時限爆弾によって倒された。


『セリーヌ様! セリーヌ様ああああ!』


 絶対防御壁におおわれたアルファン兵は誰一人欠けることなく生き残っていた。


 これはセリーヌが守り抜いた奇跡。


『セリーヌ様が突破口を作り出したぞ! みんな! 前進……だ……ううう』


 セリーヌのぎわを思い出すと、足がガクガクと震えて立っていられない。涙があふれてしまい、兵士達は皆その場に座り込み号泣する。


 それでも、はってでも前進する強い精神を持つ者さえいた。


『セリーヌ様がやったんだ、突破口なんだ、俺たちがこんなんでどうするっっつ!』


 爆煙が風に流れ、シノン王国兵士達が倒れている中、ある兵士は気づいた。


『お、おい! あれ!』


 指を刺された場所には、空を仰ぎ立ち尽くす英雄がいた。


「おい……おまえら、前進だ……」


 片目をつぶったセリーヌが、天を見つめつぶやいた。


『はっ! ハイッ! セリーヌ様! いや、アルベルト様!』


 セリーヌは皆に親指を立てると、兵士の肩を借り、シノン王国へと前進した。



ーーシノン王国場内



《たっ、大変です! が軍の重装歩兵軍団全滅! 全滅です!》


『なんだと! して、敵の残存勢力は……』


《そ……それが……》


『何いいい! 千人丸々残っているだと!』


 シノン王国国王が驚くと同時に、大きな高笑いが響き渡った。


「あーっはっはっは! が軍には貴様らのように貧弱な兵卒などおらぬわ!」


 さっそうと現れたその女性はアルファン王国第一王女レジーナ・アルファン、いや暗殺者レジーナだった。


『敵国の王女が自ら乗り込んで来るなんて! こんな馬鹿な事があるか! あってたまるか!』


「セリーヌには撤退てったいする様に言ってあったのだが……まぁいい『』と、部下の進言があったのでな、まさか敵国の王女が暗殺者だと思うものもおるまい」


『ば、ばかな……』


「さあ選べ、が国の属国となるか……」


 レジーナは武甕雷たけみかづちをスッと抜くと、耳元で。


「……死を選ぶか……だ」


『い、いつの間にいいいいいいいい!!』



ーーアルファン王国謁見の間



 兵士達の労をねぎらいつつ、王様に内緒でささやかな祝勝パーティーが開かれていた。


「というわけで! 皆の者良くやってくれた! 私は……私はおまえたちを誇りに思うぞ! 本当に……本当にっつ!」


 レジーナ姫は泣いている。


『王女様! セリーヌ様が我々われわれをお守り下さらなければ、我々われわれは……我々われわれはっ!』


 兵士達も熱い涙を流れていた。


「そうだセリーヌ! ……っく……セリーヌ……馬鹿馬鹿! 誰一人欠ける事なくって言ったではないか! おまえは大馬鹿だ!」


「だってさ、出陣前にカルディナ様が泣きながら頼んで来るんだもん『お願い……お願いします』って、レジーナねぇちゃんがステルスで城にたどり着くまででいいからって」


 泣きながらセリーヌを抱きしめて離さないレジーナ。


「そんなカルディナ様だって、無理して五千人もの相手に無理やり爆裂魔法を放ったんだぜ、俺が守らないでどうするよ?」


「しかし、死んだらどうするのだ! アルフィリーナの蘇生だって、何度もできるものではないのだぞ? アンデッドになっていたかもしれんのだ!」


「いや、俺だいぶレベル上がったからさぁ、今回はいけると思ったんだよね、良くない? 絶対防御と時限爆弾のパラディンって」


「自爆して死なないとか、どんなスキルだっての、もうそれチートじゃん! きゃははは!」


 キャロットは相変わらず笑っていた。


「そしてキャロット! 見事な陽動ようどうだった! 城内にすんなり入り込めたのも、キャロットが場内の兵士を引き付けてくれたおかげだ!」


「怪盗キャロットで慣れてるからね、宝物庫の財宝を盗んで演説しただけだってば、きゃははは!」


 とっさにキャロットを後方支援から外し、レジーナ姫に同行させたのもカルディナの機転だった。


 全てカルディナ一人の戦略がこうそうし、シノン王国取りという快挙を成し遂げたのであった。


 アルフィリーナとスフィアが入ってきた。


「言われた通り、敵兵さん達の治療してきましたよ、最初は抵抗されましたけど途中からなんか皆さんと仲良くなっちゃって」


「私もアルフィリーナ様を手伝って来ました、疲れちゃいましたよ、ふぅ」


「ご苦労だった! そしてそこで子猫と遊んでいるカルディナよ、そなたが一番の功労者だ」


「……楽しかった」


 カルディナは子猫を抱きながら姫様にり寄る。


『アルファン王国バンザーイ! レジーナ・アルファン第一王女様バンザーイ!』


 こんな感じでしばらく祝勝パーティーは続いていたが、なんだかんだと強国シノン王国を打ち破り、領土を拡張したアルファン王国。


 どこからか『』といううわさが広まり、不戦協定ふせんきょうていの申し込みが殺到さっとう


 属国となったシノン王国との経済取引も順調じゅんちょう推移すいいしていった。


「全てはアルフィリーナとの出会であいから始まった事……感謝しておるぞ」


 つぶやき夜空を見上げるレジーナ姫も非常に美しかった。



ーー修道院



「ところで、なんでアルフィリーナ様って回復魔法を使わないんです?」


「聞かないでえええ! うわああん!」


 何も知らないスフィアの質問が胸に刺さったアルフィリーナは、今回出番が少なかったなと悲しんだ。

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