アルケミア

「ちょっと待ってええ! 誰か助けててえええ! 奴隷はいやああああ!」


 残念ながら奴隷落ちしたシスターアルフィリーナ。


 首に『私は奴隷です』と書かれた看板が下げられ、今まさに奴隷市場へと連行されていた。


 泣き叫ぶアルフィリーナを乗せた荷馬車は、あまたの奴隷達を載せ、ただ揺れていたのだった。



 時は少しだけ遡り

ーーリファールアルグレオ修道院



 事の発端は、兵士達を引き連れ税務署の役員が修道院にやってきた事から始まる。


「税率10%の内訳は市民税と所得税、年金、県民税、それと修道院の贈与税、雇用手当、保険料、後退職金の積み立て金等であり、アルフィリーナ様は35万ゴールドを納税しなくてはなりません。国民の義務として、クエストで稼いだお金を少し還元していただかないといけないのですよ」


 アルフィリーナは凍りつく。


「私、し、借金が300万ゴールドありまして、今手持ちも無いんですよ、船の修理代で全部支払ってしまいましたし……」


 それを聞いた税務署の役員は態度が明らかに変わる。


「何ですって? 国民の義務を果たせないですと? レジーナ第一王女様も、あなたを村の一員に認める際にしっかりとお伝えしているはずです」


『ただし、この村に滞在するにあたって、きちんと冒険者ギルドに登録をし、毎月税金を納める義務だけはしっかりと果たしてもらうからな! ふんっ!』


 レジーナの言葉が蘇る。


「確かに言っていました……私、どうしたら良いんですか?」


「この世界で税金を支払えない者は、奴隷として働かなくてはならない決まり、聖職者アルフィリーナ殿といえどもそれには従って頂きます! 皆のもの引っ捕らえろ! 修道院は差押えるのだ!」


 という流れである。


「あー! シスターちゃんが! 大変だわ」


 たまたま修道院に来ていたギルドホールの受付嬢ニーナ・シャルロッテは急いで王城に向かう。



ーーアルファン王城謁見の間



「なあにぃいいい! アルフィリーナが奴隷に落ちただと!」


 レジーナ姫は半信半疑ではあったが、ニーナの真剣な姿に事の重大さを感じとった。


「はい! 巨大マグーロを討伐した際に、失った船の修理代として全額置いて逃げていったんです! 確かに無くなった船は高額なものですが、見積もりを出したら150万ゴールドも必要無いので、後日返そうと思っていたんです!」


「そなたは馬鹿か! 150万ゴールドもあれば一個兵団のガレオン船だって作れるわ! それでアルフィリーナは今どこにいるのだ!」


「奴隷市場に連れて行かれました!」


「くっ! アルフィリーナはああ見えて美しく可愛いからな……目玉としてオークションに出されたら、私の小遣いでもセリ落とせるか分からんぞ! くそっ!」


 さっそくメイド服に着替え、装備を整えたレジーナは、奴隷市場に走る。


「ああ! 待ってくださいよー! 行っちゃった……私もなんとかしないと」



ーー貧民街



「お呼びか? レジーナちゃん きゃはははは!」


 屋根の上からクルクル回転して現れる盗賊キャロット。


「すまぬ、奴隷市場があるという場所がどうしても分からんのだ」


「奴隷市場になんのようだ? 姉ちゃん、深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているんだぜ?」


 格好をつけてレジーナの近くにある建物によりかかり腕を組みながら話すパラディンアルベルトことセリーヌ。


「ふむ、アルフィリーナが奴隷市場に連れて行かれたのだ、役人の仕事は黙認して来たが、今回ばかりは、ちと私もキレたぞ! この機に一斉排除しようと思う!」


「ええええ! アルフィリーナちゃんが奴隷ってなにさ! 税金だって滞納した所ですぐに奴隷落ちするわけないじゃん!」


「俺の親父なんて英雄なのに日々飲んだくれてたから3ヶ月くらい滞納してたぜ? 『明日から頑張る』っていつも言ってた、とにかくカッコいい親父」


「ふむ、私もそう認識していた、冒険者なんて貯金が無いならず者が多いしな、今回の事件……臭いな……」


「あれじゃん? アルフィリーナちゃんが欲しい人がいるんだよ、可愛いし、私は助けたいな」


「俺も助けるぜ!」


 レジーナはキャロットとセリーヌを仲間にした。



ーー奴隷市場



 アルフィリーナの出品はまだまだ先の事だったが、みればレジーナと同じくらいの年齢に見える女の子達が次々に落札されていた。


「ところで、奴隷って何をされるのだ?」


「え? 姉ちゃんそれも知らないのか? 一応奴隷には強制労働が課せられて、中にはいやらしい事をしたりする輩もいるらしいぜ?」


 …………


「いやらしい事とは?」


「わかんね」


「私もよくわかんない、きゃはは」


「そうか、とにかくアルフィリーナが出品されたら私はセリに参加する」


「じゃあここは姉ちゃんに任せるか……キャロット! 落札された人達を解放しようぜ?」


「アルフィリーナちゃんも一緒に解放した方が早くない? まぁいいか、きゃはは」


《さぁ、本日のメインイベント! シスターアルフィリーナの出品だ!》


『おおおおお!』


 会場がざわつく、美しく可愛いシスターがオリに入れられ会場に現れる。


《今宵お集まり頂いた紳士淑女の皆様がた、今回の目玉はこの美しく可愛いシスターアルフィリーナです》


 アルフィリーナは少し露出の多い服を着せられ、座っていたが、目に涙を浮かべている。


《今回のオークションは一般の方には少々厳しいか? 百万ゴールドからのスタートとなります!》


『三百万!』

『いや、五百万だ!』


 次々に値段は釣り上がり、気づけば一千万万ゴールドまで値段が上がる。


「一千五百万だ!」


「レジーナちゃん!」


 レジーナに気付いたアルフィリーナは鉄格子越しに叫ぶ。


《一千五百万が出ました! 対抗する人がいなければ落札となりますが……》


(我が資金は三千万、対抗が出てくれるなよ?)


『三千万だ!』


 会場がざわつく、いまだかつて三千万などという大金が提示された事などない。


 レジーナがきっ! と男を睨むと、財界のトップ、商人の元締めをやっている男がこちらに不気味な笑みを浮かべていた。


『あのメイド、中々の大金をふっかけて来たが、あの器量のシスターなら×××な事や◯◯◯、あまつさえ×◯△な事をさせれば元が取れるわ』


 アルフィリーナは背筋を凍らせる。


(父に泣きついたとしても残り二千万が限界か……しかし、やむを得まい!)


「さ、三千五百万!」

『五千万だ!』


(くっ! こちらの資金を見破るとは、さすがに商人の元締めをやっているだけはあるな……)


「五千五百万!」


(やるなメイドよ、しかし、私は欲しいと思った物は必ず手に入れる!)


『六千万だ!』


 レジーナはがくりと膝をつく、資金が足りない、このままでは親友アルフィリーナがあんな男のものになってしまう!


「六千五百万! だっ!」


 手持ちの武甕雷をじっと見つめ、泣きながら提示する六千五百万、自らの所有物を全て売り払えばなんとか届く、愛刀すらアルフィリーナのためなら惜しくは無い!


《……六千五百万出ました! 対抗はいませんか? いないならこのまま……》


(頼む! このまま落札させてくれ!)


『一億だ……』


 !?


《な、なんと! 一億が出ました! さすがにこの金額は無理でしょう! 一億で落札……》


(一億……我が国が保有する金なら微々たるものだ、だが、王族としてこの金を私的に流用する事など出来ない! しかし……)


 レジーナは絶望していた、一個人に一億もの金額を使用したとなると、姫は姫でいられない、かといって親友も見捨てられるわけもない……


「い、一億ごせんま……」


(ダメだ……私はこの国を守る王女……しかし、しかしっ!)



 バタン!



「一億五千万!」



 ニーナ・シャルロッテは叫んでいた! ギルドホールに集まる冒険者達に協力を仰いだのだ。


「みんな、アルフィリーナちゃんの為に、全財産をはたいて協力してくれました! 一億五千万! まだまだいけます!」


『一億六千万だ!』


「一億七千万!」


『くっ! 一億八千万だ!』


「二億!」


 会場が静まり返る、二億という提示額。


 ニーナ・シャルロッテは二億という全財産を、提示した。


 悪徳商人は心の中で葛藤する。


(くそっ、全財産はたいても三億が関の山、どうする? 負けたくないぞ!)


『三億だ……これ以上は出せないっ!』


《対抗いませんか? 三億です、いませんね? では、シスターアルフィリーナ、異例の三億という入札にてこちらの商人様による落札……》


(勝った!)


 かくしてシスターアルフィリーナは三億という値段をつけられ、落札されてしまい……



 バン!



「ちょっと待ちな!」


 扉を荒々しく蹴り上げた男はポケットに手を突っ込み、タバコをくわえながら主催者を睨みつける。


 前髪のせいで右目がよく見えないが、すらっとした体型でものすごく怖い雰囲気の男。


 あれは絶対に人を殺した事がある。


 見るからにそんな男だった。


「俺もセリに参加させてもらいに来た……嫌とは言わせねぇ」


 かつてアルフィリーナに借金を負わせた張本人、エターリア・フォルテスの参戦である。


《三億もの大金が提示されているんですよ! 何考えているんですかあなたは!》


 エターリア・フォルテスは、視線だけで人を殺せそうなほど恐ろしい眼差しで主催者を睨みつけ、ニヤリと不敵に笑みを浮かべたかと思うと、指を一本立てて見せた。


「十億だ……」


 会場がざわつく。


「……さぁ、ゲームの続きを始めようじゃないか、富豪さん方よ……」


『なにいいい!』


「フォルテスさん……」


 タバコに火をつけ、何事もなかったのように、フォルテスは脚を組んで席につく。


 その姿はまるで王者のようだった。


 その姿のあまりのカッコよさに、レジーナは涙を流し見惚れていた。


『くっ! 商工連合の皆々様、手を貸してください!』


『おう!』


 悪徳な役人達が結束を固め、お金を集める。


『十億一千万!』


「ははは、おいおい、ふざけてんのか? 一億単位で攻めてこいよ、全力で俺を楽しませて見ろよ……この村の富豪とやらはこの程度なのか?……二十億」


『くっ、隠し財産や土地、集めればそれくらいあるだろう! 若造に舐められてたまるか! 三十億だ!』


「ははは、中々やるじゃないか……そうだ、それでこそやりがいがあるってものだ……まさかとは思うがそれで限界か?」


『くっ、こちらの限界は三十億だ、もう無理だ、周りの商工全て絡めた全財産だ、しかしお前にこれだけの金を払うことができるのか! さぁ! 提示してみろ!』


「……そうか、四十億だ」


 フォルテスは指を四本立てる。世界でもっとも美しい指の立て方なのではないかと思えるほどにスマートだった。


『四十億だと!? こんな若造に……誰か私に金を貸せ!』


 ギャンブルなどでは良くある事だが、こうなると冷静さを保てない。意地とプライドが先行してしまい、悪徳商人は後先考えずに投資する、すでにアルフィリーナの事など関係ない、金で勝つのだ、この生意気な若造を金の力で屈服させるのだ、とにかく勝てば良かろうなのだ。


「では、十億の融資を行いますのでこちらの書面にサインをお願い致します」


『よしっ! 五十億だ!』


 エターリア・フォルテスは不敵な笑いを浮かべると、やれやれというジェスチャーをする。


「俺は無理だ降りるよ、あんたの強さには感服だ……残念だったなお嬢ちゃん」


「そんなぁ……フォルテスさん……」


《五十億で落札が決まりましたー!》


 アルフィリーナは泣き叫ぶ、今まさに勝負が決定したのだった。


『あはははは! 勝ったぞ! 私は勝ったぞおおおおお!』


 絶頂に上り詰め叫ぶ悪徳商人!


 フォルテスはやれやれと言った態度でアルフィリーナに近づいていた。


「お嬢ちゃん、帰るぞ」


 フォルテスはオリを開け、アルフィリーナを解放する。


「え? どういう事ですか?」


「あいつが五十億という自分の限界を超えた提示額を出した時点で勝負はついた。落札したあいつに金を貸したのは俺のツレだ、落札者が破綻したらお嬢ちゃんの居場所は無くなるだろう、簡単な事だ」


「でも、あの人五十億ゴールド用意できたんじゃ……」


「ああ、借用書の記載に一週間後に十億の融資を行うとあってな、その間金利は一日十割のカラス金だ、融資する頃には借金七十億の利息と引き換えだ」


(この人……悪い人だ……)


「まぁ、お嬢ちゃんが解放できたし、ほとぼりが覚めたらこんな金利は外してやるさ、どうせ捕まる奴からは絞れないしな」


「という事は、私は自由になったって事ですか?」


 フォルテスは優しくうなずいた。


「フォルテスさん! わああああん! 怖かったよお! ふぇぇえん!」


「おいおいお嬢ちゃん、泣くのは後にしてくれないか……おいおい鼻水つけるなって、やめろ! 胸が当たる」


「ちなみにフォルテス殿、そなたはいくら持っていたのだ?」


「野暮な事は聞くなよお姫様」


 エターリア・フォルテスはアルフィリーナを振り払うと、片手を振って去って行った。


「あやつ、あの胆力といい何者なのだ? 一歩間違って落札していたら……」


 レジーナはこみ上げてくる胸のときめきと、甘酸っぱい気持ちで、目を潤ませながらフォルテスを見送っていた。



 空を見上げて伸びをするエターリア・フォルテス。

 百億と書かれた小切手を破り捨てる。


「お嬢ちゃん、あんたも中々面白いな、あんなオリくらいぶち壊して、自力で逃げる事すらできただろうに……」


 エターリア・フォルテスは、笑いながら歩く。


『エターリア・フォルテス。いえ、魔王アルケミア……復活を遂げたあなたは、一体何を目論んでいるのですか?』


「ああ、あんたか……直接脳内に話しかけてくるのはやめてくれ……そういえば、過去にそんな名前もあったな……最近色々と思い出したよ」


『魔王よ、勇者アルフィリーナを助けてくださった事は感謝致します、しかし……』


「ああ、わかってるよ、俺は世界をどうもしねぇ、あの時、お嬢ちゃんに誓った言葉、俺は忘れてはいないさ……」


『……』


「まぁもっともお嬢ちゃんの方は、まだ全て忘れているみたいだがな……」


 青空を見上げたフォルテスは寂しそうにその場を去った。



ーーアルファン王城謁見の間



 レジーナはご機嫌だった。結局あの悪徳資産家は破産、そこから芋づる式に悪徳役人を捕まえる事に成功。また、奴隷市場は後から情報を聞きつけた兵士達により閉鎖。今まで奴隷として買われた女の子達も被害無く釈放されたのだ。


「いやらしい事をされたものはいるか?」


「……」


「いったいどんな事をされるのだ?」


「いえ、私はされていません、みんなは?」


「誰か一人くらいいないのか?」


「いえ、されてないです」


「そうか……隠さなくても良いのだが……」


『いやらしい事』というワードが結局よく分からなくて、少し残念そうにするレジーナ姫だった。


 かくして奴隷として売られる所まで落ちたアルフィリーナではあったが、エターリア・フォルテスにより救われ、村にも平和が訪れた。


 魔王の存在、あの時の約束、魔人の言っていたあの方の復活、など、まだまだ分からない事が多いこの世界ではあるが、解放され皆と共に抱き合うアルフィリーナの姿は、美しく可愛らしかった。

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