ニーナ・シャルロッテ

 アルフィリーナは漁船に乗っていた。


 マグーロという巨大な魚を釣り上げると、クエスト達成報酬でかなりの大金になるというのだ。


「うええええええ……」


 しかしながらアルフィリーナは船酔いにやられ、漁船の客室でダウン。


「ううう、マグーロがぁ、私のマグーロがぁあああ!」


 連日悪夢にうなされ、のたうち回るのだった……


 ちなみにこのマグーロ漁船はギルドホールで貸し出しをしている小型船で、乗組員はアルフィリーナのみ。


 己の力で水揚げしないと報酬にはならないので、今のところアルフィリーナは、ただ船でのたうち回るだけのシスターである。


 いつまでも倒れているわけにもいかず、這いずりながら甲板にでるアルフィリーナ。


 そこには見渡す限りの海が360度広がり、陸らしきものは全く見えないほど流されていた。


「いったいここは、どこなんですかあああああ! わああああああん!」


 海の上で泣き叫ぶアルフィリーナも、それはそれで美しく可愛らしかった。


ーー二日目


 台風に襲われマグーロ釣りはできない。


「ああああ! 水が! 水がああ!」


 船内に侵入してくる水をバケツを使い全力で海に戻す、今日一日はこれで終わってしまう。


ーー三日目


「わぁあああ、クジーラさんだぁ!」


 排水で徹夜明けのアルフィリーナは、海面を舞う一頭のクジーラに感動していた。


ーー四日目


 食料が尽きた。元々マグーロや魚を釣って食料にする予定だったため、早くも計画が破綻に向かう。


ーー五日目


「お腹空いたなぁ……全然釣れないなぁ……」


 ヒット!


「やったぁ! って、ええええ!」


 恐ろしいシャークドンがかかる。


 泣きながらボコボコにしてとどめをさすが、これは食べれない……


ーー六日目


 飲料が無くなった。


「ああ、私はこのまま死んでしまうのでしょうか……お腹が空いたぁ、喉が渇いたぁ……」


 アルフィリーナは釣りをする気力もなくなりベッドに横たわる。


「釣らないと……釣らないと……がくり」


ーー七日目


 この日、アルフィリーナは燃えていた。


 40ノット(約時速90キロくらい?)ものスピードで海域を滑るように疾走するボロ船。


『頑張るのだ、アルフィリーナ!』

『きゃはは、頑張れー!』

『ふっ……お前なら……やれる!』

『気合いだ気合い! やれるって!』

『ん』


 みんなの応援がアルフィリーナに力を与える。とどのつまり幻覚まで見えるようになっていたのだが、そこはあえて突っ込むまい。


 燦々と日が照り、イルーカやマグーロの魚影が見える海域、人類では到達困難といわれる伝説の海域にアルフィリーナは到達していた。


「私なら……やれるっ!!」


 ずれ気味のサングラスをかけ、一本釣り用の釣り竿を構える。その仕草はまるでマグーロ釣りの達人を思わせるようなそれだった。


 釣り竿に祈りを込め、魚影に向かい振りかぶる。竿はアルフィリーナの願いに呼応するかのように、魚影に向かい餌のついた針を投下する。


「いざとなったら食料にする予定だった餌ですけど! 私は……限界まで攻め込む!」


 もう戻れない! 限界ギリギリまったなしの真剣勝負! 勝てば天国、負ければ破滅! 究極のサバイバルに己の限界まで攻め込むアルフィリーナ! 


 まさに今、マグーロが食いつき、アルフィリーナに運命の女神が微笑むかと思った矢先にそれは起こった!


 !?


 釣り竿の糸は切れ、衝撃で激しく甲板に打ち付けられるアルフィリーナ!


「ぁぁあああ! なんで? なんでぇ?」


 しかし! そうは簡単にいかないのが現実! まるで嘲笑うが如くマグーロは反応を示さないっつ……! どうする、どうするアルフィリーナあぁあ!


 破滅! 圧倒的破滅っ!!


「いや! まだですっ!」


 アルフィリーナは海に飛びこむ! 何が彼女をそうさせるのか、無我夢中に海中を泳ぐ! 泳ぐ! 泳ぐっつ!


「ぁぁあああ! 私はまだ……負けないっ!」


『アルフィリーナ、あなたはこんな逆境に負けるような人ではありません……思い出すのです、友の声を……そして、あなたに課せられた勇者としての使命を、今こそ私はあなたの為に祈りましょう、汝に神の御加護があらんことを……』


 アルフィリーナに青白いオーラが宿る。それはかつて伝説の勇者がまとっていたという究極の闘気。


 まるで魚雷のようにマグーロの群れに突っ込むアルフィリーナ、その姿はまるで大気圏へ突入するロケットのようだった。


 アルフィリーナは巨大なマグーロを捕捉する、主だ! クジーラ以上にでかいそのマグーロに飛びつくと、振り切ろうとする力に負けないようがっしりと背びれを掴む。


 マグーロは構うことなく海中を泳ぐ、しかし、伝説の勇者アルフィリーナの眼光は衰えず、振り払われない!


 マグーロは海面から飛び出し空を舞う、アルフィリーナはそんな抵抗を物ともしないでがっしりと食らいつく。言葉通り、ガシガシと噛み付く!


 マグーロは激しく抵抗し、群れから離れると、とてつもない速度で限界までスピードを上げる、その速さ時速140キロ。


(負けないっ! 負けるもんですかぁ!)


 むしろバタ足を速めてその速度についていくアルフィリーナ、気づけばアルフィリーナがマグーロを押しているような状態にまでスピードを上げた!


 海に走る巨大なマグーロの影、それに捕まる小さな影、勝負はアルフィリーナに分があるように見えた!


 が、しかし!


 人間であるがゆえ、思いもよらないところで優劣が決まる。


(こ、呼吸ができないっ!)


 水中を疾走する両者ではあったが、所詮魚類と哺乳類の違いは決定的、哺乳類は水中で呼吸ができないっ!


 アルフィリーナは祈る! それがたとえ届く事の無い無為な行為であったとしても、このマグーロを逃してしまえばもう大金をつかむことなどできない、そして食料や飲料のないアルフィリーナは、引き返す事などできないのだ!


(神よ! 今一度私に力を! この戦いに、打ち勝つだけの、ほんの少しの力でいい、私に力をっつ!)


 アルフィリーナは蹴った、水を! 巨大マグーロを捉えたまま、水を蹴り、空と海との間に突っ込む!


「ぷはぁ!」


 巨大マグーロとアルフィリーナは宙を舞っていた『一呼吸』たったこの一呼吸が勝敗を、不利有利をひっくり返す。


(あ、危なかった……今のがなかったら私は……)


 しかし依然100キロ以上のスピード、船で言えば40ノットを軽く越す勢いで水面を疾走するのは変わらなかった。


 ガスガスガス!


 アルフィリーナはボディブローを打ち付ける、そのたびに『ドゴンドゴン!』と水面に振動を与える、今まさにマグーロに命がけの戦いを挑んでいるのだ。


(海底が見える! 浅い! これならっ!)


 アルフィリーナは巨大マグーロを捕まえたまま海底の岩を強く蹴り、再び水面を飛び出す!



ーーアルファン王国ビーチサイド



「姫様! 巨大マグーロが接近しております! 早く! 早くお逃げください!」


 ビーチサイドで水着姿のレジーナ姫は、パラソルの下でトロピカルジュースを飲みながら、くつろいでいた。


「何? 巨大マグーロなどこの浅瀬で現れるわけがなかろう」


 あっはっはと笑って海を眺めるレジーナは、水面から巨大マグーロを捕まえ空中に飛び出してきた少女を見て、思わずジュースをこぼす。


「やったぁ! 私の勝利です!」


 空中でガッツポーズを取りはじゃぐアルフィリーナ、巨大マグーロと一緒に空中からビーチに飛んできた。


 砂浜に巨大マグーロが突き刺さる!


 アルフィリーナは優しくレジーナ姫にキャッチされた。


「アルフィリーナ……」


 戦闘を終えたアルフィリーナは力尽き、レジーナの腕の中で寝息を立てていた。

 その姿は美しく可愛らしかった。


「全軍に告ぐ! この巨大マグーロを水揚げ場に運び、アルフィリーナの手柄とするのだ!」


 レジーナは優しくアルフィリーナを見つめ、無茶しやがって……というような、清々しい笑顔を向けるのだった。



ーーアルファン王国王城内謁見の間



 レジーナ姫はご機嫌だった、マグーロの主、巨大マグーロを仕留めた事で、海の秩序が守られ、水揚げ量が上がるのは目に見て分かるほど簡単だ。これでアルファン王国もより栄える。


「この度、聖職者アルフィリーナの手により、高難易度のクエストが達成された! これにより海の秩序は保たれ、我が国もより発展していくであろう! 皆のもの! ここにいるアルフィリーナ・フォン・クラウンに敬礼!」


『アルフィリーナ様万歳!』


「そしてここに、アルフィリーナへの褒賞金100万ゴールドを用意! そして今までの『見習いシスターさん』という称号を、第一王女レジーナアルファンの名の下に『頑張り屋なシスターさん』にクラスアップする事とする! 皆のもの! 異論は無いか!」


『おおおおお!』


「『初心者シスターさん』を飛び抜けて『頑張り屋なシスターさん』の称号だと! これは異例の快挙だぞ!」

「かつてこんな勢いで認められた者を、俺は見たことが無い!」

「俺は、俺は奇跡を見ちまったんだ……」


 兵士達は感動のあまり号泣する。


 アルフィリーナは皆の目の前で、恥ずかしそうに『頑張り屋なシスターさん』の称号を手に入れたのだった。



ーーリファールアルグレオギルドホール



「おおおおお! あの人が『頑張り屋なシスターさん』だ!」

「だから言ったじゃん! あの子パーティーに入れようよって!」

「すまない! 俺が馬鹿だったぁぁあ!」


 様々な賛辞がここでも聞こえた。


「あら、シスターちゃんじゃない、すごいわね! まさか巨大マグーロのクエストを達成しちゃうなんて!」


「あはは、たまたまですよぉ」


 アルフィリーナはもじもじと照れていた。


「賞金は少ないけど50万ゴールド出てるわよ、王女様から頂いた100万ゴールドと合わせても結構な大金になったじゃない!」


「あの……その事なんですけど……」


 アルフィリーナはお姉さんにそっと耳打ちする。


「えええええ! あの船、どこに行ったか分からないですってええええ!」


「す、すいません! でも、でも弁償はしますので!」


 アルフィリーナはお金を全部置いて、とりあえず逃げた。


「ああ、いっちゃった! でも、あの船結構高いからどうしようかな……」


 軍事利用で海から攻める際に貴重な船は、たとえボロ船でも結構高い。


 受けつけのお姉さん、ニーナ・シャルロッテは悩んでいた。


 かくして、巨大マグーロを水揚げしたものの、報酬は全て船代として支払ったアルフィリーナ。


 目標金額300万ゴールドはなかなかの壁。


「はぁ、今回も成果が無かったです」


 ……


『勇者アルフィリーナ、あなたは偉大な事を成し遂げたのです。あなたの勇姿が誰に届かなくても、私はちゃんと見ていますからね……ふふふ』


 今回、そっと卒業ポイントが20ポイント加算されていた。その事にアルフィリーナが気付くのはまだまだ先の話であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る