カルディナ

 少し前の事にはなるが、過去にアルフィリーナが闇の魔人と対峙した出来事を覚えている人はいるだろうか。


 クエストで石版の運搬をしていた最中、突如襲ってきた恐ろしい闇の魔人の事である。


 無より長剣を生み出しアルフィリーナに襲いかかってきた、とてつもない潜在能力を感じさせる存在。

 

 元来魔人は『攻撃魔法』か『魔法の効力を持つ武器による攻撃』以外は一切通らないという厄介な性質を持ち、これにより崩壊を余儀なくされた城や街は後をたたない。


 一騎当千と言っても過言では無い彼らの、卑怯なまでの強さは、古より人類を恐怖のどん底に叩き落とした。いわば魔人は人類の宿敵なのである。


 しかし、この世で唯一『どんな理不尽や不条理をも破壊できる勇者』は、魔人達にとっての脅威でもあった。


 今一度思い出して欲しい。


 伝説の勇者アルフィリーナによる、見事なまでのかかと落としにより、本人すら気付く事無く倒したあの魔人の事を。


 そして本人は依然『私はシスターだ』と言い張ってやまないこの物語では、とうとう彼らを本気で怒らせた。


 魔人達は報復の為、一か所に集う。


 ついに魔人達は、人類への反撃を始める。彼らによる人間界への侵攻が今始まったのであった。


ーー魔人ルーム


「人間どもめ! 四天王の一人、闇の……なんだっけあいつの名前……まぁ良い闇の使い手を倒したとは断固として許しがたい! しかし、あいつは四天王の中でも最弱、我ら四天王の力を味合わせてくれるわ!」


「そうか? あいつ結構マジで強かったけどな、水の四天王なんて、隅っこで震えてるぜ?」


「怖いよ怖いよ……」


「まぁ良い! 火の四天王よ、お前名前なんだっけ? とにかく行ってこい!」


「火、水、闇、雷、最初四天王ってもっといたはずなんだけどな、これからは三天王か、なんか言いづらいな」


「怖いよ怖いよぅ……」


「良いから行け! そこの震えてるやつもいい加減おさまれ! 全く」


「じゃあ行ってくるわ!」


 というわけで、三天王(笑)の復讐が始まったのであった。


ーーリファールアルグレオ丘


 月に一度、アルファン王国では大規模軍事演習が行われる。そしてその最後に恒例行事としてリファールアルグレオ丘にたどり着かなくてはならない儀式がある。


 湖が見晴らせるその丘は、主にデートスポットとして人気だが、疲弊した兵士達がたどり着くには少し大変だ。


 しかし、地獄のような訓練を乗り越えた兵士達は、最後に丘の上に集められ、守るべき村の姿を、素晴らしい景色と共に実感することができるのだ。

 くたくたになった者も、同士に肩を借りなんとかたどり着いた者も、みな一様にこの素晴らしい村を守るために俺は頑張ったと胸を張れる、そのくらい見晴らしが良く素晴らしい景色が望める丘だった。


「皆のもの! 本日は良く頑張ったな! 我がアルファン王国兵はリファールアルグレオをしっかりと守る事ができる強者達がこんなにも多く存在するという確信を得た! また、他国の脅威に対抗できる気合を気概を特と見せてもらった! 本当に私は嬉しい! 皆を誇りに思うぞ!」


「レジーナ姫様! うああああ!」


 感極まって泣きだす兵士達。レジーナ姫は一人一人に涙を流しながらではあるが、うんうんと優しく頷きながら賛辞を告げ、皆を労う。


『我々王国軍兵士の忠誠は! 国王陛下とレジーナ第一王女のために!!』


 ありがたいレジーナ第一王女のお言葉をいただき、兵士達は号泣していた。この軍事演習のおかげでアルファン王国軍兵士の士気は最高に高まるのだ。


 レジーナ姫はご機嫌だ、このたび敵国の領内にあったいくつかの中立村が、こぞって配下に入ったのだ。これもオークキングを素手で殴り殺したり、ドラゴンを切り刻んだりした時に流れた噂のおかげである。


「今回は珍しく、攻撃魔法に特化した魔法使いの先生にお越しいただけた! カルディナ殿、どうぞこちらへ」


 ぼーっとした女の子が杖を持って位置に着く。


「カルディナです……」


 いかにも魔法使いです! というようなとんがり帽子に魔法の杖、そして魔法使いの服。


「魔法使いに憧れる者もおるだろう、敵国に魔法使いがいて『すいません無理です! 相手になりません!』という事もありうる! それにはまず魔法というものがどのようなものか知らなくてはならない! もう軍事演習は終わったのだ、皆は見るだけでよい、花火のようなものだと思って楽しんでくれ! それでは先生、よろしくお願いします!」


 カルディナはお姫様に敬語を使われるのが嫌で少しむっとする。


「カルディナで……良い……」


 魔法の杖を掲げると、カルディナはファイヤーボールやアイススラッシュを湖の上空に放って見せ、その度歓声が湧いていた。


『すごいぜ! 魔法の力!』


 兵士達は歓喜した。こんなに強い魔法使いがアルファン王国軍兵士団長として就任しようとしているという噂を知っていたからだ。


 カルディナはレジーナに耳打ちする。


「そうか……カルディナは雷の魔法は使えないそうだ、しかし、火炎魔法や氷魔法はこのように絶大な威力を持ち、敵国から放たれれば脅威となる。皆の者! 打たれたら逃げるように気をつけるのだ!」


「先生! 俺に打ち込んで見てくれよ! 敵に魔法使いがいたときに、みんなを守りきれるか不安なんだ……」


 アルベルトことセリーヌ・ミストレアが挙手をする。


 それに対してカルディナはレジーナにそっと耳打ちする。


「死ぬけど良いか? だそうだ、手加減はできんとも言っている、どうする」


「上等!」


 アルベルトは両手を広げて目を瞑る


 絶対防御の魔法壁が周囲の兵士達と共に自らを優しく包み込む。


ーーオールレンジマルチプルディフェンス


「まだまだ村全体とは行かないか……だが一個兵団くらいなら、俺でも守れるようにはなったんだぜ?」


 アルベルトは絶対の自信を持ってニヤリと笑みを浮かべる。


「なんだあの技は! 我が軍にあのような者はいたか? まるで英雄アルベルトではないか!」


 アルフィリーナは得意げに返す。


「私の友達です! 守るべき力を特化した

、誰よりも優しく誰よりも頼もしい英雄なんです!」


「さぁ! 俺は決して倒れない! あんたの幻想をぶち殺してやるよ!」


「本気……なんですね……」


 魔法の杖にオーラを流し込むと、徐々に能力を高めていくカルディナ。


「本気で対峙する者に、手加減をしたら無礼というもの……我も本気で相手をさせてもらう!」


 先程までボーッとしていたカルディナとは思えないくらい饒舌になったかと思うとまるで別人ではないかと思えるほど活発な動きをし、アルベルトを冷たい眼差しで見つめながら魔法の詠唱を始める。


「絶対破壊と絶対防御。最強の矛と最強の盾、どちらが勝つかの勝負というわけか面白い」


 カルディナは力強く杖を天に掲げる。


「レジーナさん! ダメです! 彼女アルベルトさんを殺す気ですよ!」


「止めるなアルフィリーナさん! 俺は倒れない! 英雄アルベルトが忘れ形見セリーヌ・ミストレアをなめるなぁ!」


 姿をかくし、二人を湖の上で眺める火の魔人。


「なんだかすげー事やってるな、邪魔するのも悪いし黙って見ておくか……ああいう熱いのは嫌いじゃないぜ」


 カルディナは詠唱を開始する。


──母なる大地の精霊達よ、害なす悪の存在に大いなる呪縛を──


 空中に大きな魔法陣が現れる、カルディナは両手を高く掲げて叫んだ。


「覚悟は良いか! パラディンよ、我が魔法は絶大! 塵一つ残さず消し去ってくれようぞ!」


 詠唱が終わり、合図を待つ魔法『早く撃て』とばかりに若干暴走し、はちきれんばかりに力が濃縮膨張を繰り返す。


「プレッシャーオブ・ザ・グラビティソウル!」


 !?


「くっ、こんな巨大な力、見たことねぇぜ! だが耐えてやる、俺はこんなところで終わるわけにはいかないんだ!」


 カルディナは杖を湖上空に向ける。


「そこだ! 魔人よ、我が目をごまかせると思うな!」


「なにいいいいい!」


 気配を消し、一般の人間には気づかれないほどのステルス能力を、カルディナは見抜いた! 火の魔人は完全に不意をつかれ回避ができない。


「ぎゃああああああ!」


 大重力が魔人を圧縮すると、魔人は消滅した。


「なんだなんだ? 全然違う方向に飛んで行ったぞ?」


 兵士達はざわつく。


 シューンという音と共に元に戻ったカルディナは、ハイテンション時の記憶を無くす。


 クラクラと目を回しながら、カルディナはよたよたとお詫びをしていた。


「失敗……すいません……」


「お? おう! もういっちょこいや!」


ーー魔人ルーム


「すまん、重力魔法にやられた」


「まじか! ていうかなんでお前無事なんだ?」


「怖いよ怖いよぅ」


「いや、別に闇のやつだって傷心の旅に出ただけだし、俺たち死なないじゃん」


「そうだったな、次、水の! 怯えてないで行ってこい!」


「やだよ! 殺されるよ! こんなのって無いよ! あんまりだよ!」


「そうだよ、お前が行けよ、三天王最強なんだろ?」


「そうだそうだ!」


「……仕方ない、私が行くしかなさそうだ、我が雷の力、思い知らせてやる!」


「ちょろいな?」


「うん、ちょろいね」


 かくして魔人軍団三天王最強の、雷の魔人が地上に現れた。


 雷の魔人は周囲の天候を一変させ、いつでも雷を操れるよう雨雲を呼び込む。


 火の魔人同様ステルス状態で飛んでいると、何やら皆で騒いでる現場に出会す。


「あれが火の魔人を倒したやつらか、面白い、速攻で片付けてやる!」


──古より伝わりし

闇を穿がちし光の十字……縦は破滅を、横は平穏を、集いし光は一翼の十字架と形をなせ……我われは望む忘却の彼方に邪悪なるものを葬りさらん事を──


「エンシェント・ライトニングクロス!」


 杖から現れた光の集合体が、やがて光の十字架に姿を変え、上空から現れアルベルトを捕捉する!


 !?


「また現れたか! 魔人よ、貴様の好きにはさせはしない!」


 光の十字架は雷の魔人を貫き、勢いよく空中を疾走する。


「なにぃ! ばっ! 馬鹿な! 我の我の身体が!」


 押しやる力に対抗できず、雷の魔人はぐいぐい押しやられ、遥遠くの山へと突っ込んだ。


 それでもなお消えることの無い光の十字架は圧倒的な威力を持ってやがて魔人を消滅させた。


「失敗……すいません……」


 カルディナは恥ずかしそうに俯いていた。


「そっか……でもさ、あんな巨大な力がきたら危ない事は良く分かったよ、俺も頑張らないとな!」


「そうだ! アルベルトよ、日々精進して己を鍛えあげるのだ! カルディナよ、本日は本当に感謝する、皆のものよ! 宴だ! 城で宴を行うぞ!」


「おう!」


ーー魔人ルーム


「だから言ったじゃん、無理だよあんなの、逃げようよぅ」


「すまん、人間の力を侮っていたようだ」


「しかし、よく俺たちを見つけて攻撃してこれたよな、とてつもない相手だろあれ」


「うむ、何度やっても我々では無理だ、あのお方が目覚めるまで、しばらく戦闘行為をやめよう」


「そうだね、私が行ってもたぶん結果は変わらないよ」


 かくして、魔人軍の侵攻は止まった。


「魔法ってすごいですねー!」


 回復魔法を使えないアルフィリーナは魔法を見て興奮冷めやらぬようだ。


「勇者なら雷の魔法くらい使えてもおかしくないのだがな、本当に使えないのか? アルフィリーナ」


「使えないんです~」


 カルディナは魔法の杖をアルフィリーナに渡し、基本的な身体の振り方を無言で教える。


「ん」


 片足爪先立ちで、右手の杖を持った手を一生懸命伸ばす。


「カルディナちゃん可愛い! え? 私もやるんですか? こうですか? えいっ!」


 何も起こらない。


 カルディナは優しくアルフィリーナの身体に触れ、一生懸命に動作を教える。


「あはははは、なんだかくすぐったいですよ、やってみますね、えいっ!」


 ドンガラガッシャーン!


 一筋の雷が遥彼方に落雷した。




ーー魔人ルーム


「ま、まさか、この本拠地に攻撃を仕掛けて来るとは!」


「ここに雷を落とすなんて、とんでもない戦闘センスをしてやがるぜ!」


「怖いよ怖いよぅ」


 アルフィリーナが放った雷の攻撃魔法は何度も何度も魔人の拠点を攻撃する。


「できましたよ! 攻撃魔法!」


「いや、あれはただの落雷であろう、ほら、アルフィリーナとは関係なく何度も続けて落雷が起きているではないか」


「あ、本当だ、まだ落ちてる、できたと思ったんですけどねー」


 カルディナは杖を返してもらうと、アルフィリーナの頭を無表情のまま撫で撫でしていた。


 カルディナはレジーナに耳打ちする


「あのような雷の魔法は非常に長い詠唱が必要で、空中に魔法陣が現れるのだそうだ、今のはカルディナもただの落雷ではないかと言っておる、残念だったな! あはははは!」


「良いですもん、どうせ私は回復魔法すら使えないシスターですよーだ」


ーー魔人ルーム


「くっ! この拠点はもうもたない! 魔界だ、魔界に撤退するぞ!」


「なんて奴らだ、俺たちに気づいただけでなく、魔法を持って殲滅しにかかるとは! 水の魔人、俺におぶされ! 魔界に撤退だ!」


「怖いよ怖いよぅ」


 かくして、恐ろしい魔人達は人間界より姿を消した。


 魔法使いカルディナと、伝説の勇者アルフィリーナの戦いの末、撤退を余儀なくされた魔人軍。

 人類の恐ろしさはやがて魔界にも広がり始めていた。

 あの方が復活するまで侵攻はやめよう、なんか怖いし。という結果に終わったのだった。


 一方、何も知る事なく魔人を殲滅した人類は、今日も平和に賑わうのであった。


「カルディナちゃん、今後もよろしくお願いしますね」


「……ん」


 カルディナは無表情で抱きついた。

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