セリーヌ・ミストレア
地下強制労働施設で働くシスターアルフィリーナ。
「な、なんで、私が……ぜぇ……ぜぇはぁ」
アルフィリーナは黙々と目の前にある鉱山を掘り返す。
残念な事に力を入れすぎると落盤の恐れがあるので、勇者の力は使えない。
「おいこらそこ! サボるんじゃねーぞ!」
働き続けなければならない。
「なんで私がこんな地下の強制労働施設で働かないといけないんですかぁ! わあああああん!」
しかし残念ながら、アルフィリーナの声は地上に届かなかった。
思い起こせば3日前の出来事。
「あら、シスターちゃんじゃない! 今日もクエスト? 頑張るわねー」
「はい、レジーナさんに立て替えてもらったとはいえ、300万ゴールドの大金は、やはり返済しないとですし……」
「そうかぁ、最近は閑散期だから高額のクエストも無くなっちゃって、ますます大変かもしれないわね、ごめんねー」
「いえ、しょうがないですよ……またきますね!」
パッと見てアルフィリーナにこなせそうな仕事はなかった。
ギルドホールを出てため息をつく。
「お給金と薬を売ったお金だけじゃ、300万ゴールドは遠いなぁ……」
貧民街の近くに良質な薬草が群生する場所があるので、最近は毎日のように通ってお金にしている。アルフィリーナの薬は村に存在する薬の中ではかなり上質だが、それでも相場の関係上、一日に500ゴールド稼ぐのがやっとという状態。
物憂げに空を見上げるアルフィリーナも美しく可愛いらしかった。
「あ! レアな調合ができました、これは10ゴールドいけば良いなぁ、ふんふふーん」
「ああ、そこの美しく可愛らしいお嬢ちゃん、お花を摘んでいるのかな?」
「いえ! 薬の調合をしています、ここの薬草は調合するのに便利なので!」
「そうかい、でも薬草もだいぶ少なくなってきているね、それじゃあしばらくしたら調合も出来なくなってしまうだろう、どうだい? 定期的に収入の入る仕事をする子を探しているんだが」
「えー! 本当ですかー? やったー!」
この時どうして契約内容を確認せずに騙されてしまったのだろう。
アルフィリーナは『綺麗な鉱石や貴金属を採取する仕事で、女の子にもできる簡単な仕事です、職業定着率を上げるため一日働くと10万ゴールドもらえる期間限定の特別な高待遇になっています』という、ブラック企業にありがちな求人に引っかかってしまったのだ。
結果、施設利用料や雑費その他の出費により手数料が引かれ、残金はわずか1万ゴールド。
そして地下労働ではビールやつまみは無いが、おやつやジュースが高額で取り引きされ、一か月働いた所で残金は残らないようなシステムになっている。
「ケーキ……ジュース……」
アルフィリーナは欲望に押しつぶされそうになりながらもじっと耐える。借金を返済するまではこの仕事を耐えなければならないのだ。
そんな最悪の環境に置かれたアルフィリーナではあったが、嬉しい事に友達ができた。
「アルフィリーナさん、俺のプリン一個あげるよ、最近寝言でもプリンプリンって呟いてるしなんか可哀想だし」
セリーヌ・ミストレア、一人称は『俺』と、ちょっと変わっているが、昔からここで働いている女の子だ。茶色のショートカットが似合う可愛い子。彼女と同様に就寝時のタコ部屋には、幼い子供達が集まっていた。
「そんな……もらえません! 私なんか新人なのに、昔から働いている皆さんの貴重なプリンをもらえるわけが無いです!」
アルフィリーナはよだれを垂らしながらだが、実に立派な事を言った。
「ははは、しまっておくからいつでも食べてね、俺たちはもうここでの生活に慣れてて、ある程度節約の仕方も分かっているんだよ」
セリーヌは幼い子供達を可愛がりながら、みんなで固まって眠る。
いわばみんなのお姉さんのような存在だった。
そして部屋が狭いので、アルフィリーナもそんなセリーヌ達と一緒に就寝を取る日常が続いていたのだった。
「ううう……寒いよ寒いよぅ」
牢獄のような部屋で、まるで奴隷のように扱われる生活が続く。そんな中でもセリーヌ達は希望の光を失わず輝いて見えた。
この人はきっと良い人だ。
半月ほど経ち、すっかりみんなと打ち解けた。しかし、仕事が順調にこなせるようになると、よりハードな仕事を任せられる。給料は変わらないのにやる事は増えていき、強靭なアルフィリーナといえども精神と肉体的に限界を迎えていた。
そしてそんなある日、ついにアルフィリーナは体力を失って倒れそうになる。十分な食料も与えられず過酷な労働を強いられれば無理もない。
「アルフィリーナさん! 大丈夫ですか!!」
「だ、大丈夫……です、ちょっと気分が優れなくて」
見張り兵はそんな二人を気にする事なく、むしろアルフィリーナに対して厳しくあたる。アルフィリーナの労働力は他の人間の比ではない程、作業の進行に影響を及ぼすからだ。
「働け! サボってるんじゃないぞ!」
「……はいっ……」
そんなアルフィリーナを哀れむ子供達。
ギリギリと歯ぎしりをさせながら、セリーヌは冷静さを維持する事が出来ず、心の中は憎悪に燃えていた。
(なんでこんな華奢なシスターさんまで過酷な目に合わなければならない! そして人として扱わないあの態度、俺は許せない……)
その日、アルフィリーナは意識を失って倒れ、病棟に収監されたと言う話を聞き、セリーヌは我慢の限界を超えていた。
夜になり、セリーヌは子供達全員に一つの提案をする。
「俺が囮になって暴れる事で注意を引くから、みんなはアルフィリーナさんを連れて逃げるんだ」
心配そうに見つめ怯える子供達を優しく撫でる。
もうこんなところにはいられない。子供達にはもちろん、アルフィリーナも長くは続かないだろう。セリーヌ自身が虐げられるのは構わない、しかし、正義感の塊のようなセリーヌには、皆をなんとかしたいという気持ちが膨らみ、もはや抑え切る事は出来なかった。
「わ、分かったよお姉ちゃん……」
かくして、皆で地下労働施設脱出作戦を決行する事となった。
「みんな、準備は良いか? ちゃんと集まっているか?」
「アルフィリーナさんがいないよぅ」
「大丈夫、この施設はこの壁一枚壊せば病棟に直接している、そこで助ける事ができるはず!」
鉱脈を爆破する時に使う限爆弾をセットすると、セリーヌは皆に注意を促す。
「アルフィリーナさんを運んで出入り口から脱出する。俺が確認したところ、病棟を抜けてルートを辿れば出入り口までいけるはずだ、脱出したら誰でも良い、村の兵士を呼んでくるんだ」
「分かったよ、お姉ちゃん!」
「作戦決行だ!」
同時に時限爆弾が起爆する、牢獄を遮る壁は破壊され、病棟へ雪崩れ込む事ができた。
「アルフィリーナさん、しっかり! おいみんな! 優しく抱えるんだぞ!」
ぐったりとして意識の無いアルフィリーナ、過労がたたってしまったのか、苦しそうにしている。
「アルフィリーナさん……くそっ! こんなになるまでこき使いやがって!」
遠くから爆破した場所に見張り兵が集まるのを確認し、セリーヌ達は順調に脱出を進める。
見張り兵達を振り切り、セリーヌ達は順調に脱出への歩を進めるのだった。
「あそこを曲がれば出入り口だ! 抜ければ外に出られるぞ!」
セリーヌ達一行は希望に満ち溢れていた。
「お姉ちゃん、私、お母さんに会えるかな? 好きな絵本もたくさん読めるかなぁ
」
「もちろんだ! なんだってできる! 俺たちは自由だ! さぁ早く脱出するんだ!」
!?
しかし、現実は残酷だった、曲がり角を曲がると見たことの無い巨大な鉄の扉に外界を遮断されている。
「なんで……こんな……」
叩いてもびくともしない、鍵もついていない、ただ、無機質な扉がセリーヌ達の未来を遮断していた。
これは……きっと時限爆弾でも破壊出来ないだろう……
鋼鉄製の扉の周りは異様なほど鋼鉄に囲まれていた。
「お姉ちゃん、こんなの開けないよぅ」
「俺が来た時にはこんな扉なかったって言うのに……こんなのありかよ……」
冷静に考えてもセリーヌが連れてこられてから5年、警備システムや、内装が変わっていないはずもないのだ。
食いしばる唇からは血が滲み、セリーヌは拳を地面に叩きつけるしかなかった。
「見つけたぞ! こっちだ!」
次々と集まる見張り兵、気がつけばあっという間に、恐ろしい量の兵士達に囲まれていた。
せめてこの子達だけでも守りたい……
俺はどうなっても良い! 最悪殺されたって構わない、でもこの子達だけは!
しかしセリーヌの願いは届かず、見張り達の剣がセリーヌ達に向けられ、今まさに攻撃されようとしていたのだった。
「守らなきゃ! みんなを守らなければ! うああああああ!」
だめだ、俺にはみんなを守る力が無い、そもそもどうやってみんなを守れば良い。
英雄アルベルトは、どうやってたった一人でみんなを守り抜いたんだ。
左右から攻撃されたらみんながやられる、この人数ですらそうだ。
四方八方から攻撃されながらも、誰一人傷つけられる事なく村を守り抜いた英雄アルベルトは一体どんな手段を取ったんだ。
挑発か? 特攻か? 違う! そんな簡単な事ではなかったはずだ!
一体アルベルトは……
アルベルトは……
『相変わらず頭が固えな、お前はよお』
はっ!?
『守るという事』
セリーヌは大事な事を思い出す。
…………
かつて英雄アルベルトは言っていた。思い出せ、あの台詞を……忘却された記憶を辿れ……今、俺はアルベルトにならなければならないんだ……
「命をかけて守るという事は、つまり守るお前が命を失えば全滅だ。守られる者は守るお前に生殺与奪を握られている。守ると決めた時、お前は守る者の命をも危険に晒す事になる。しかし、お前は守るべき者を、絶対に守りきらなければならないんだ」
全ては俺が招いた結果だ、今俺はみんなを守らなければならない。逃げる事は許されない、そして逃げる気もない。
守る者の強さとは何か……
「守る時は高らかに笑い、絶対にコイツは倒せないという恐怖を、相手の潜在意識に叩き込め。同時に絶対の自信をもって守るべき人間の信頼を勝ち取れ。不安になるな、慌てるな、お前はどんな相手であろうが、どんな理不尽な力に阻まれようが、堂々と立ち塞がるんだ」
守る者の強さとは……
「己の命を犠牲にしてでも守る事は出来る、だが、敵が一体でも残っていたら、お前の負けになる。守るって言う事はそう言う事だ。絶対に倒れるな、相対する敵を、絶対に敵を全滅させろ、そして、絶対に仲間を窮地に追い込ませるな」
守る者の……
「そして、最後に絶対に忘れるな、お前は絶対に倒れない、なぜならお前は」
強さとは……
「俺が生涯をかけて守り抜いた、一番大切な娘なんだからな……」
……
父さんの最期はかっこよかった、俺はあの日からずっと英雄アルベルトに憧れた! 女だって良いじゃないか、俺は最高に憧れた英雄アルベルトの唯一血を受け継いだたった一人の人間なんだから!
今なら鮮明に思い出せる。絶対の自信を持って村を救った優しく素晴らしい英雄アルベルトの姿を。そして思い出す、あの時の巨大だったアルベルトの後ろ姿も!
セリーヌは目をつむり、アルベルトと同じ構えを取り、オーラを燃やす。
セリーヌは絶対の自信を持って敵と対峙する。その姿にはかつて存在した恐怖や絶望はなく、気づけばニヤリと笑みが溢れた。
「……やっと分かったぜ! 父さん!」
セリーヌは覚醒する、かつて英雄アルベルトがやってのけたように、己の命をも犠牲にして、全てを守る力に集中させる。
ーーオールレンジマルチプルディフェンス
あの時託されたこの技を、今なら使いこなせるよ……父さん……
セリーヌのスキルは子供達を優しく包み込み、絶対防御の防御壁を完成させる。
かつて英雄アルベルトが、たった一人で村を守り抜いた究極のスキルだ、村一つ分とはいかないが、このくらいなら俺にも使える! 俺は子供達を守りぬいて見せる!
「祈れ……今夜がてめぇらの命日だ……」
眼光を相手に叩きつけ、不気味な笑みを浮かべるセリーヌ・ミストレア、彼女は英雄アルベルトの娘だった。
両手を広げて子供達の前に立つ、どんな攻撃だろうが怖くない、今のセリーヌは光り輝く防御壁。例え時限爆弾の雨嵐が降って来ようが俺は耐え抜いて見せる、そして守り抜いてやる。
「……かかって来いよ……守る者の恐ろしさを、特と味合わせてやる……」
「抜かせ! 丸腰状態で何を言ってやがる、貴様が死ねばおしまいだろうが!」
ガンガンガンと、あちこちで音はするが、セリーヌはびくともしない、子供達も同様だ。
「コイツ、まるで鋼鉄のようにびくともしない、どうなってやがるんだ! だがな……その体勢だと攻撃も出来ないだろうが!」
「そうかな?」
セリーヌは懐から時限爆弾を取り出した。
「この爆破で扉が破壊出来るとは思わない、だから俺は使うのをやめたんだ、だがな、お前たちを道連れにする事だけは可能なんだぜ?……」
光り輝くセリーヌは、時限爆弾を口にくわえると着火する、敵兵もろとも自爆してやる。
父さん、こいつらを全滅させれば、俺の勝ちなんだよな?
セリーヌは一番むかつく兵士を羽交い締めにすると、全力を持って叫んだ!
「みやがれ! てめえらの、その両眼が存在するうちになあああああ!」
カチッ!
それを合図に敵兵士全てを巻き込みセリーヌは吹っ飛んだ。
セリーヌは成し遂げた。
守るべき者を守り抜き、彼女の正義は迫りくる悪を全滅させた。しかしながらその代償は比べ物にならないくらい大きなものだった。
それは自らの命……
「セリーヌさん、セリーヌさあああん!」
アルフィリーナは目を覚ます、子供達もセリーヌのスキルで無事だった。
「ああ、アルフィリーナさん、目を覚ましたんだね……」
アルフィリーナはうなずくと、泣きながら鉄の扉を破壊した。
「なんで……なんで、私なんかを助ける為にっっ!」
外界から光り輝く日光と、森林の綺麗な空気が流れ込んでくる。
「ああ、これが5年ぶりに浴びた、外の空気なんだね、美味しい……」
涙を拭いたアルフィリーナは、セリーヌの最期の話を優しく見守ってあげた。
「ええ、これはあなたのくれた素敵な景色、みんなも喜んでいます」
「アルフィリーナさん、俺、なんだか楽しかったよ、もし生まれ変わったら、また友達に、なってくれるかい?」
「ええ、もちろん、ですっ!」
セリーヌの勝ち取った自由はみんなに引き継がれる。
「へへへ、良かった……守った甲斐があった……かな……」
セリーヌはアルフィリーナに膝枕をされたまま、息を引き取った。
享年17歳、思えば若くして自由を奪われ、この世の不条理に巻き込まれた存在だったのかもしれない。
誰よりも英雄アルベルトに憧れ、誰よりも人に優しく、誰よりも人を守りたいと願った若者は、最期に大事な人達を守り抜いた。
安らかに眠るセリーヌの顔は、優しく笑顔を浮かべていた……
ーー数日後
小さな子供を集め、強制労働を強いていた悪徳業者は、レジーナ姫の名の下に成敗された。
子供達は修道院で預かり、アルフィリーナと一緒に暮らしている。
でも、セリーヌがいない今、修道院の中ではみんなが寂しがっているのがわかる。
「ねぇ、アルフィリーナさん、お姉ちゃんはどこに行っちゃったの?」
「……遠い所、多分私たちには分からない所です」
「そうかぁ、早く帰って来ると良いねー!」
「はい……」
一体どこに行ってしまったのか、という子供達の質問に返答することも出来ない。
アルフィリーナにできる事は、みんなに美味しい料理をつくってあげたり、一緒にお風呂に入ったり、遊んであげるくらいしか出来ないのだ。
セリーヌが今この場にいたら、彼らに何をしてあげられるのだろうか。
焼き上がったおやつを用意し、アルフィリーナは明るく振る舞う。
「美味しいリンゴパイが焼けましたー! 皆さんで美味しく召し上がって下さいね」
「はーい!」
「ほらほら、慌てちゃダメですよ、みなさんの分はまだまだ沢山用意しているんですからね?」
セリーヌの分として、テーブルに盛り付ける。誰も座っていない席に存在する寂しいリンゴパイ……
セリーヌさん、みんな元気に暮らしていますよ? あなたも早く……
その瞬間、勢いよく扉が開いた。
「みんな聞いてくれ! 俺のレベル、またあがっちゃったよ! 今日はちょっと遠いダンジョンに潜ったんだけどさぁ、敵が強いのなんのって!」
「こいつガードばっかで使い物にならないから、私がほとんど殲滅しちゃったよ! きゃはははは!」
キャロットとセリーヌがクエストの遠征から帰ってきた。
キャロットは言わずもがな、目の前にあるリンゴパイをとりあえずがっつく。
「もう! セリーヌさん! 行き先だけはちゃんと言ってから出て行って下さいよ! みんな心配していたんですからね!?」
「ごめんごめん! あと俺『アルベルト』って名乗ってるからよろしく」
「女の子なのにアルベルトですか? まぁ、良いですけどセリーヌさん」
「アルベルトだっての!」
「あはははは!」
あの日、修道院でアルフィリーナは薬を調合した。蘇生薬はしっかり効いて、セリーヌことアルベルトは生き返ったのだ。
誰よりも優しく、誰よりも頼りになる、彼女が選択した職業は盾職パラディン。
ちょっと攻撃面では難ありだけど、人を守れる職業を選んだセリーヌちゃんは、やっぱり良い人だと思う。
修道院で賑やかに騒ぐみんなの声と、ちゅんちゅんとさえずる小鳥の声に、アルフィリーナはしばらく目をつむり、今日も楽しむのであった。
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