第17話 神奈と誠

(1)


放課後

教室の中を風が吹き抜ける。

私ともう一人とあと何名かが教室に残り話をしている。

皆自分たちの話に夢中でこっちに気づいてる者はいない。


「いいよ」


私は一言そう言った。


「へ?」


なんとも間の抜けた声。


「『いや』って言ってほしかったの?」

「そ、そんなことないけどさ。……マジでいいの?」

「いいよ」

「やったあ!」


目の前の男は大声をあげて喜んだ。

流石に周りの注目を浴びる。

そもそもどうして告白の場所に教室を選んだのか?

周りの目を気にしないのか?

サッカー部のユニフォームを着たそいつはいつまでもはしゃいでいた。

どうして私を選んだのかわからない。

でも、私も誰でもよかった。

誰でもってことはないか。

最低限のラインは持ってる。


「話が済んだなら行くな。トーヤ達待たせてるから」

「あ、待って待ってスマホの番号教えてよ」


男は慌てて、鞄からスマホを取り出す。

そして男に番号を教え、私も番号を登録した。

名前も入力する。

【多田誠】と……。


「じゃあ、よろしくな」

「こっちこそよろしく」


教室を出ようとする私に背中から声をかける。


「帰ったら電話する!」

「メッセージにして。トーヤのところにいるから」

「何で冬夜のところにいるんだ?」

「愛莉と3人で勉強会だよ」


嘘はついてない。


「……分かったメッセージ送るよ」


よほど、浮かれてるのか声がでかい。

これじゃ、すぐバレるな。

別にバレて困るようなことじゃない。

むしろバレた方がいいかもしれない。

だけど、自分から言いだす気にもなれなかった。

嫌じゃないけど、ことさら嬉しいとも思わなかった。


(2)


謹慎があけて、登校初日。


「冬夜君起きて♡」


お姫様が王子様のキスで目が覚めるという話はあるが、逆は聞いたことがない。

だが、そういうこともあるものだ。


「%$#&@*+◇※▲∴÷;¥!”#$%&’()=◎~|▽♪>?+*‘P`={}_?>□●@:」


僕は飛び起きた。


「あ、起きた」


呑気に喜ぶ愛莉。

油断した、今日から学校だった。


「愛莉、本気でするとは思わなかったぞ」

「フライパン叩くよりましでしょ?」


嬉しそうに喜ぶ愛莉。

愛莉には恥じらいという言葉がないのか?

時計を見ると7時25分だった。


「……まだ5分あるじゃないか」

「準備とかで時間とるでしょ?先に下に行ってるね」


そう言って部屋を出る愛莉。

準備して下に降りご飯を食べる。

ご飯を食べた後洗面所にむかい準備をしていると呼び鈴が鳴る。

カンナだ。


「おーっす!」

「あら神奈ちゃんおはよう。あれ?そちらの男の子は?」


男の子?

微かに聞こえる声にピクリと反応した。


「ああ、私と付き合うことになった。多田誠君です」

「多田君……ああ、多田君ね。素敵な彼氏ね。お似合いだわ」

「ありがとうございます」

「おばさんお久しぶりです」


誠と付き合ってる!?

何かのドッキリだろ?


「まあ、二人とも上がって頂戴。冬夜もう少し時間かかると思うから」

「お邪魔します」

「お邪魔します」


3つの足音が聞こえる。

どうやら誠がいるのは嘘ではないらしい。


「お、冬夜。おっす」

「トーヤおっす」

「……おはよう」


本当に誠がいた、カンナの隣に。

悪い夢だろ?


「冬夜君、そろそろ出ないと初日から遅刻したらまた波介先生に怒られるよ」


波介波平。生徒指導の先生の名前だ。


「冬夜!もう問題起こすんじゃないぞ」


父さんの声が後ろから聞こえる。


「大丈夫だって」


そう言って家を出た。




僕と愛莉が並んで歩いてる前方で誠とカンナが楽しそうに会話しながら歩いてる。


「楽しそうだね、神奈」

「そうだな」

「急でびっくりしたでしょ?」

「まあな、いつから付き合ってるんだ?」

「先週末くらいじゃなかったかな?メッセージで知らせが着たの」

「そうなんだ……」


俺には連絡なかったぞ。

気がついたら自然に腕を組んでいた。


「ラブラブだね神奈……」

「どうして?」

「だって、神奈にも幸せになって欲しいし」

「そうだな……」


自分では気づかなかったがなんか不満そうにしていると思ったのか。

急に愛莉が僕の腕をつかむ。

スタイルは圧倒的に神奈の方が良い。ただ、胸のサイズは愛莉の方が上のようだ。

制服越しに胸の感触が腕に伝わる。


「どうしたんだよ急に!?」

「私たちもラブラブする~!」


嬉しそうな愛莉。こっちは焦っていた。


「こんなところ見られたら……」

「見られたら困る人いるの?」


愛莉が尋ねてくる。


「いないけどさ、バカップルに見えちゃうだろ?」

「バカップルでいいも~ん」


意地でも腕を離さない愛莉。

カンナ達に対抗してる?

キャッキャとはしゃぐ愛莉に気を取られて全く気付かなかった。

たまにちらりと後ろを振り返るカンナに。




学校に着くとすぐに机に突っ伏して寝るカンナ。

勉強するようになったのはいいけど、授業中寝てたら意味ないだろ……。

まあ、いいや。

寝てる間に誠に話しかけた。


「いったいどうなってんだよ」

「神奈さんのことか?いや、先週ダメもとで告ったんだよ。そしたらあっさりOKもらってさ」


まあ、この学校で誠に告られて断る女子の方が少ないだろ。


「なんでカンナなんだ?」

「なんでって良い子じゃないか。冬夜、お前さ欲張り過ぎだぞ。神奈さんも遠坂さんもなんて」

「別にそういうわけじゃねーよ」

「じゃあ、何の問題もないじゃん。お互い仲良くやろうぜ!」


そう言って誠は僕の肩をたたく。

僕は何も言えなかった。

今まで当たり前だったから気づかなかった。

傍から見たら二股かけてたようにでも見えたのだろうか?

僕の視線はカンナに釘付けになっていた。

そしてそんな僕を見ている愛莉の浮かない表情に気づかなかった。




帰りはいつも通り3人だった。

誠は部活があるから。

愛莉とカンナが楽しそうに喋っているのをただ眺めていた。

愛莉は一旦家に帰りカンナは家についてくる。

そして、晩御飯を食べて先に勉強を始める。


「何で黙ってたんだよ」


僕はカンナに聞いていた。


「……別に報告することでもないだろ」


何の事かは察したようだ。


「愛莉には話して俺にはだんまりかよ」

「トーヤには関係ない話だろ!」


急にカンナの語調が荒くなった。


「トーヤに話したらどうにかなるのかよ!?喜んでくれるのか?それとも止めてくれるのか?」


思いがけない問いに僕は戸惑った。

どっちだろう……?

喜ぶべきことなのに、素直に喜べない。


「肝心な話になるとダンマリになるんだな。この卑怯者!!」

「愛莉が言ってたよ。カンナにも幸せになって欲しいって」

「愛莉は関係ないだろ!お前がどう思ってるかだよ。どうなんだよ!?」

「分からない……」

「なら余計な口挟むなよ。前も言ったろお前は愛莉の心配だけしてりゃいいんだよ」

「ど、どうしたの?なんかもめてるみたいだけど」


いつのまにか愛莉が部屋に来ていた。


「なんでもないよ……さ、勉強しようぜ」



ぴろりーん


ぽちぽち


ぴろりーん


ぽちぽち


ぴろりーん


「……神奈。勉強中はメッセージやめようよ」


余りの頻度に流石に愛莉が注意をした。


「お、悪い悪い。結構マメなんだな、誠って」


そう言ってカンナはぽちぽちしてスマホをしまう。


「そうなんだ、部活はもう終わったのかな?」

「終わったみたいだぜ」

「誠君はサッカーで進学するんだっけ?」

「みたいだな、私立だから一緒の高校ってわけにはいかないけど」

「そっかあ、寂しいね」

「まあ、学校が違うからって、遠くに行っちゃうわけじゃないしな」

「地元の高校なんだ」

「そう言ってた」


誠の話で盛り上がってた。

なんか面白くない。



9時前くらいになると呼び鈴が鳴った。


「お、本当に来たか。本当にマメだな」


カンナは来客が誰かを知っているようだ。

僕もなんとなく察しがついた。



誠だ。


「お、冬夜。神奈さんが世話になってたらしいな、今日から俺が送るから心配するな」

「ありがとな、誠」


カンナは靴を履くと僕を見て言った。


「じゃあまた明日な、トーヤ」


そう言って二人は帰って行った。

あとから愛莉がやってきた。


「……私もそろそろ帰るね」

「え、ああ送るよ」

「うん……」


(3)


5月下旬の日。

僕たちは那奈瀬川の公園に来ていた。

カンナはいない、僕と愛莉の二人だ。


「うわあ、綺麗」


夕闇を舞う蛍の幻想的な姿に見とれる愛莉。

確かにきれいだ。

他にもたくさんのカップルや家族連れがきていた。


「うーん、うまく撮れないなぁ」


なんとかインスタに載せようと奮闘する愛莉。


「動画取ったほうが早くないか?」

「それはそうなんだけど……ってあれ?」


愛莉が何かに気づいたようだ。


「どうした?」


愛莉は一点を指さした。


「あそこのカップル、神奈と多田君じゃない?」


僕は愛莉の指差す方向を見た。

暗がりでよくわからないが、あのシルエットは間違いなく神奈だ。


「おーい、神奈あ!」

「馬鹿、やめ……」

「お、愛莉にトーヤじゃねーか!」


遅かった。

別に止める必要もなかったが……。


「お、冬夜。こんばんは。そっちもデートか」

「まあな」


そっち”も”ってことは向こうもデートか。

4人でベンチに座り話をする。


「仲いいんだな」


誠がきゃっきゃと話し合う愛莉とカンナを見て呟いた。


「まあな」

「二人でいる時も大体冬夜の話ばかりだよ」

「へ?」

「本人は気づいてないようだけどな。だいたい冬夜の話ばかりになる」

「そうなのか……」


いやいや、それはまずいだろ。


「今日は神奈さんから『蛍観に行こう』って言いだしたからびっくりしたけど……こういうことか」


どこか寂し気な誠。

なんて言えばいい?


「今日はたまたま偶然だろ?」

「本当にそう思ってるのか?」


誠が聞き返す。


「ああ」


誠がため息をつく。


「まあ、まだ付き合い始めて短いんだし。そのうち変わるさ」

「だと、いいけどな」


自信家の誠がここまで気落ちするとは……。


「いつものお前らしくないぞ。しっかりしろよ!」


精一杯誠を励ましたつもりだった。


「そうだな……」


はしゃぐ愛莉とカンナとは対照的に僕たちは沈んでいた。


「どうしたんだ誠?らしくないじゃん!」


カンナが誠の異変に気付いたらしく、話しかけてきた。


「なんでもないよ神奈さん」

「そうか?トーヤ。なんか変な事誠に吹き込んだんじゃないだろうな」

「何も言ってねーよ」

「ならいいけど……」

「大丈夫だよ神奈さん。……そろそろ帰ろうか」


そう言って誠は立ち上がる。


「え?もう帰るのか?」

「初めてのデートで夜更かしも良くないよ。少々早い方が良い。送るよ」

「うちは大丈夫だぞ。母さんは夜遅いし」

「それに、二人の邪魔しちゃ悪いしね」


そう言って誠は僕たちをちらりと見る。


「そうか……そうだよな……」


カンナも立ち上がる。

暗くてよく分からなかったけど、どことなく寂し気な感じがした。


「じゃあ、またな」


そう言って二人は去って行った。

そんな二人をただじっと見ている僕。

そんな僕を不安そうに見ている愛莉に気づかなかった。


「いっぱい喋ったから喉渇いちゃった。飲み物買ってこよ」


そう言って僕の腕を引っ張る愛莉。


「そうだな、あっちに自販機あったっけ?」

「うん!」


笑顔で返す愛莉。

こっちは元気そうだ。

今は愛莉の明るさだけが頼りだった。




しばらくして僕たちも家に帰る。

愛莉の家の前で別れる。


「じゃあまた明日な」

「休みだからって寝てたらだめだよ」

「キスで起こされるのは敵わないしな」

「キスはいや?」

「え?」


次の瞬間愛莉はキスをしてきた。

そして僕を抱きしめる。


「嫌だよ。冬夜君の彼女は私だよ。冬夜君は私だけを見てなくちゃイヤだ!」

「見てるよ」

「嘘!今日何を見てたの!?」

「え……」

「多田君ともそう。神奈との話ばっかり」

「それは誠が……」


誠のせいにしたけど、確かにずっとカンナの事を考えていたかもしれない。


「ごめん……」

「大丈夫。私は冬夜君だけを見てるよ。冬夜君だけが大好きだよ!」

「……分かったよ」


そう言って愛莉を抱き返す。


「そうだよな、あの時言ったもんな。『僕は愛莉と付き合っている』って。僕の彼女は愛莉だけだ」

「冬夜君」

「ごめんな、これからはしっかり愛莉だけを見てるから」


そう言って今度は僕から愛莉にキスをする。


「じゃ、また明日な。しっかり寝てるから」

「もう……馬鹿!」


いーっだと顔をして。見送る愛莉。

もうカンナの事を考えるのは止めよう。

カンナの事も気になるけど、愛莉の悲しむ顔はもっと見たくない。

カンナには誠がいるんだ……。

僕はなぜか涙を目に浮かべていた。

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