第10話 家庭訪問

(1)


「冬夜君おはよう!」


いつも通りの朝。

しかしいつにもまして今朝は眠い。

布団を体に巻き込み絶対起きない意思を表明する。

しかし、愛莉は秘密兵器を母さんから受け取っていた。

フライパンとお玉。二つを取り出し叩き始める。

カーンカーン!

う、うるさい!

起き上がると止めるように言う。


「だれがこんな古典的な起こし方を……」

「摩耶さんだよ」


だろうと思った。


「下行ってて……」

「は~い」


そう言って部屋を出る。

暫くぼーっとする。

記憶をたどる。

僕はカンナとキスをした。

どんなつもりだったのかわからない。

ただ、突然の事に頭が真っ白になった。

その後愛莉と勉強していたのだが、頭にはいってこない。

そしていつも通り送って愛莉とキスをして帰った。


「親に見られたりしたらやばいんじゃないのか?」

「キスくらいでりえちゃんは何も言わないよ。むしろ冬夜君にもっと積極的になって欲しいみたい」


と、恥ずかし気に言った。

あのおばさんなら言いかねない。

うちの母さんといいどうかしてるんじゃないのか?

ともかく二人と口づけをかわした事は事実だ。

浮気になるのかな?

なんてことをぼーっと考えてると、突然愛莉の顔が目の前に。

思わず顔をそらす。


「どうしたの?まだ着替えてないじゃない?もう45分だよ」


しまった!?


「下行ってて、すぐ着替えるから!」

「は~い、今度は寝ないでね~」


そう言って愛莉は部屋を出る。

慌てて着替える中、カンナの事を考えていた。

今日どんな顔して合わせればいい?

平常心平常心。

顔をたたいて部屋を出ると同時に呼び鈴が鳴った。


「あ、神奈だ」

「おはよう神奈!」


そう言って抱き着く愛莉。


「おはよう愛莉」


抱き返すカンナ。

気まずい様子はないようだ。

階段から様子を伺っていた僕に気づいたカンナが声をかける。


「おっす、トーヤ。何してるんだ、寝ぐせくらい直していけよ」


そう言われて慌てて洗面所に行く。

歯を磨いて、顔洗って寝ぐせ直して……。

再び玄関に出たときは時計は8時5分を回っていた。


「今日はちょっと急がないと厳しいかもね。でも大丈夫間に合うよ」


急ぎ足で学校に向かう。

周りの生徒たちも慌ててる。

急ぎ足だけどのんびりに見えてしまうのは錯覚だろうか?


カンナと愛莉は相変わらず歩速こそ早いものの、のんびりと会話している。

何を話しているのか心配だ。

カンナとのキスの事がばれたら、愛莉は怒り悲しむだろう。

そんな愛莉は見たくない。

だがそれは杞憂だと思いたい。

そんな事をカンナが話したところで何のメリットもない。

いつも通りはなしをしていた。


「ねえ?冬夜君話聞いてる」


急に話を振られて驚く僕。


「ごめん、聞いてなかった」

「もう……、今日の冬夜君おかしいよ。ていうか昨日の夜から変!神奈となにかあったの?」

「べ、別に何もないよなぁ、カンナ」

「何もないよ」


本当に何もなかったことにしてしまったカンナ。


「そう……?」


未だに疑いの目で僕を見ている愛莉。


「ところでトーヤ今日家庭訪問なんだろ?愛莉と私もそうなんだ。」

「あ、ああそう言う話か」


そういやそういう時期だよな。

進路とか学校の様子とか学力とか色々聞かれるけど、本当の狙いは家庭環境の確認らしい。

学校生活の事をあまり知られたくない僕は憂鬱だった。


「あれかったるいよなぁ、進路とかまだ1年以上先の話だろ?」

「神奈、2年ちょっとしかないんだよ」

「私高校行く気ないし」

「え?」

「え?」


僕と愛莉は同時に聞き直した。


「高校行かないってどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ」

「高校くらい出ておかないと」

「私の頭じゃ無理だって」

「そんなのこれからの2年で取り返せるから」

「まあまあ、その話はなしってこで、教室急ごうぜ」


気づけば予鈴がなっていた。

僕たちは走って学校に向かった。


(2)


放課後


僕たちは一緒に帰った。

カンナは今日は家に親がいるからって言うことで家でご飯を食べるらしく、勉強会には参加しないらしい。

思えば変だ、進学しないと言いながら勉強会には出てるカンナ。

カンナの考えてることがわからない。

家に帰るとリビングがきれいに掃除されてあった。

普段から掃除はされていたが、今日はいたるところまで掃除されている。


それからしばらくして呼び鈴が鳴った。

パタパタと母さんが慌てて玄関に向かう。


「こ、こんにちは」


まゆみちゃんの声だ。


「いらっしゃいませ、どうぞおあがりください。冬夜、先生がお見えになったわよ」


母さんに呼ばれたので下に降りる。


「……そうなんですよ~」


母さんの軽快なトークに押され気味のまゆみちゃん。


「あ、それで冬夜は学校ではどうなんでしょうか?」


会話の主導権は母さんにあった。


「そうですね、何の問題もないと思います。成績も問題ないですね、このままいけば大丈夫です」


まあ、普通に生活してるからなあ。


「片桐君の志望校は防府高校でいいんですよね?」

「はい」

「そうですか……それならよかった」


何か含みのある言い方だ。


「片桐君は遠坂さんから何かきいてませんか?心境の変化とか?」


愛莉の話になった。しかもなんかよくない話のようだ。


「愛莉……遠坂さんがどうかしたんですか?」


僕は聞いてみた。


「遠坂さん……急に進路を三重野高校に変えたのよ」

「え!?」


愛莉はもともと成績が優秀だ。上野丘や、藤明の特特進でも余裕で通る実力なのに「冬夜君といっしょが良い」と防府高校を志望してたはずなのに急にどうして?


「音無さんも高校行かないって言ってるし困ったよね」


やけに口の軽い教師だな。


「あ、音無さんのとこにもいかなきゃいけないんだった。それではそろそろ失礼します。お茶ご馳走様でした」


と、そそくさと家を出て行った。


「遠坂さんどうしたんだろうね、あんた何か聞いてないのかい?」


母さんが尋ねてきた。


「知らないよ、僕も今初めて知った」

「まさか非行に走ったりしてないだろうね?」

「それはない、後で来た時に聞いておくよ」


僕も心配だった。

愛莉、どうしたんだ?


(3)


その晩カンナは来ないと連絡があった。

何でも家で母親ともめてるらしい。

愛莉は多分普通にくるだろう……たぶん。

ひょっとしたら進路の事で親ともめてるかもしれないが。


呼び鈴が鳴った。

愛莉だ。

僕が玄関に出た。


「冬夜君!!」


ドアを開けるなり突然抱き着いてくる愛莉。

ちょ、ちょっと待てここだと色々まずい。


「と、とりあえず上に……」


ちらりと後ろを見ると母さんたちがじっと見てる。



部屋に入っても暫く泣いてた。

母さんがお茶をもってくる。

それを一口啜って愛莉は落ち着きを取り戻した。


「りえちゃんとパパさんに怒られた」


父親の事はパパさんなんだな。

そんなことはどうでもいいか。


「何があったんだよ?」


聞かなくても大体察しがついていたんだが。


「志望校三重野高校に変えたら怒られたの。冬夜君ともお付き合いやめろって……」


俺の……せいなのか?


「でも僕は防府で十分行けるって言われたのになんで三重野高校なんだよ?」

「神奈……、三重野なら行けるかな?って」


カンナ!?


「3人一緒の学校に行きたいなって……。そしたら冬夜君が不良になったと勘違いして、もう付き合うなって」

「よくそれで今日これたな」

「説明したもん、まゆみちゃんも違うって言ってくれたし」

「そうか、じゃあカンナが原因か?」


僕がそう言うと、愛莉はこくりと頷いた。


「でも三重野は正直愛莉には向いてないと思うぞ」


説明しよう。

偏差値限りなく0に近い1。

県内の中学の不良の吹き溜まり。

毎日学級崩壊……というより学校崩壊。

どこの不良も三重野の制服を見たら逃げだす。

や〇ざの就職率99%と悪い噂を上げたらきりがない。

とても愛莉に耐えられる環境じゃない。


「でも神奈のいけそうなところって……」

「それカンナに言わないほうが良いぞ」

「え?」


どうして?って顔してる。


「その考え方カンナを馬鹿にしてる。そんなことで志望校のランク下げるなんて侮辱行為以外の何物でもない」

「そんな言い方しなくても……」

「大体カンナ高校行かないって言ってるじゃん」

「それよ!高校くらいは出とかないと。冬夜君も説得してよ」

「それな」


僕もカンナには高校くらいは行って欲しいと思う。

だけど、行きたくないカンナを説得する手立てはあるんだろうか?


「私が言っても、ダメだよね……」


愛莉のトーンが落ちる。


「分かったよ。僕が説得するよ」

「本当!おねがいね!」


……とはいえどうしたものかな?



その晩勉強を終え、愛莉を見送るとその足でカンナの家に向かおうとしたときだった。

見覚えのある人影だ。


「カンナどうしたんだこんな時間に」

「神奈どうしたの!?」


二人してカンナに声をかけると「よっ!」と声をかけてきた。

そして神妙な顔をして愛莉に頭を下げる。


「ごめん!今夜泊めてくんない!?」

「ええ!どうしたの!?突然」

「実は……」


どうやら進路の事で母親と大ゲンカしたらしい。

まあ、普通そうなるよな。


「そんな、突然言われても……」


愛莉は困っている。

そんな愛莉を見てカンナはとんでもないことを言い出した。


「そうだよな。仕方ないな、じゃあトーヤ泊めてくれよ。トーヤの家なら大丈夫だろ?」


僕は焦った。

母さんなら快諾するだろう。それどころか同室に布団を用意しかねない。

そんな母さんの性格を知っている愛莉は焦った。


「それはだめ!わかった、ちょっとりえちゃんに話してみる」

「ありがとう!恩に着る!女子トークしようぜ」

「うん、ちょっと待っててね」


そう言って愛莉は家に入って行った。


「ところでさ、お前本当に進学しないつもりか?」


カンナにそう切り出すと露骨に嫌な顔をした。


「トーヤまでその話かよ。どうせ私が勉強してもたかだか知れてるし。それに……」

「それに……?」

「進学には金かかるだろ?うちにはそこまで余裕ないよ」


それが親子喧嘩の原因か。

一個は解決できそうだ。


「確か奨学金ってあったろ?あれ使えば……」

「学力たらねーよ」

「それは僕がなんとかしてやる」

「迷惑かけるだけだろ」


確かに毎日の勉強ではカンナひとりスマホ弄って遊んでるだけだ。


「僕が毎日見るよ、その方が僕の勉強にもなる。あとはカンナのやる気次第だ」

「そこまでして高校行かなきゃいけないのか?」

「高校生活もカンナと過ごしたいんだよ!」


言って「しまった!」と思った。

突然の告白ともとれる僕の言動に動揺するカンナ。


「……そこまで言うなら」


小さい声だけど確かに言った。


「でも、本当に迷惑にならないか?」

「カンナがまじめにやるなら。とりあえず今度の中間テストでためしてみようぜ」

「……分かった」


カンナは小さくうなずく。


「神奈!りえちゃんが泊まってもいいって!」


愛莉が家から出てきた。


「帰らなくていいのか?」

「せっかくだしぷち女子会でも楽しんでくよ。トーヤも参加するか?」


そう言って笑うカンナ。


「女子会になんないだろ?」

「確かに」

「神奈!早く!!」


急かす愛莉。


「じゃあ、また明日な」

「ああ、また明日な」


そう言うと二人は家の中に入っていった。

どうやってカンナを説得したか説明しないとな。

あとでメッセージでも送っておくか。

とりあえず、家に帰るか。

そういや、あのキスはどういう意図だったのか?

聞くの忘れてた。

まあ、いいや。今度聞こう。

その時はあまり深く考えてなかった。

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