第6話 地味すぎる!

『蘇生処置開始! 3……2……1!』


 ミカニは体温が上がりすぎショック状態となったため心停止をおこしていた。ティエルの電気ショックを受けミカニの体がビクンと動く。


 そして、しばらく様子を見る。




 ――なんとも言えない嫌な時間が経過する。




 ピーッとなり続けた警告音がピッピッピッと規則正しいリズムを刻み始める。


『心拍再開! 良かった!』


 ティエルの歓喜に満ちた声がスーツ内に響く。


 心肺停止状態を抜け出したミカニの体に適切な処置をしていく。スーツには幸い治療機能が備わっていた。ティエルの活躍でミカニは一命をとりとめたのだった。



 意識を取り戻した私は、ドラゴンに気が付かれないように這いずりその場を離れた。身を隠せる森の中に入ると立ち上がりさらに逃げていく。


 暫く歩くと切り立った崖にたどり着いた。崖の上から石が落ちてきたのか崖が崩れたのかはわからないけど、崖下に岩がゴロゴロとしている場所だった。


「ここまでくれば大丈夫かな……」

『状態チェック開始……スーツ機能、健康状態、共に異常なしです。スーツの外部装甲が融解して多少変形していますが、時間経過でナノドローンが修理してくれるレベルです』

「はぁ~ひどい目にあったよ」


 私は数ある岩から手頃な岩を選びに腰を下ろした。


 軍人と違い私の心停止経験は少なく、人生で3度目なので、いまだに慣れていない。


『あれは生き物なのでしょうか? それとも自立兵器なのでしょうか?』

「ファンタジー作品で最強の一角を担うドラゴンだよ」

『そうですか……。あの……もっと現実的に物事を考えてください……』


 そう言われて腕の端末を操作して記録映像を見返してみたんだけど、現実で見るとドラゴンは、おかしなところだらけだね。


 まずは、ティエルも言っていたけど、体の大きさに対して翼が小さい。空を飛ぶ生き物というのは、意外とどこの星でも翼と体の大きさの比率は変わらない。けれども、先程の赤の化物はどう考えても体の大きさに対して翼が小さい。それと付け根の部分は体の部位で一番細くまともに筋肉もなさそう。


 生き物だったら絶対飛べないよあれは。


 そしてあの火炎放射だ。長時間あの温度の炎を吐いたら口が焼けてもおかしくないけど、そんな様子はないね。


「うーん。不思議生物としか思えないね」


 一緒に映像を見ていたティエルが、納得はできないが一番近いであろう推測を話し始める。


『やはりM粒子が熱エネルギーに変換されたとしか思えません……』

「M粒子は可燃性ってこと?」

『いえM粒子が燃えたのではなく熱に直接変化したのです!』


 生物の体がM粒子になったりM粒子が熱に変化したり……。不思議物質すぎてさっぱりわからない。私は、考えてもどうにもできなさそうなので「分析は任せるよ」と言ってティエルに丸投げすることに決めた。


「さて……これからどうしよう」


 ナノドローン生産機を回収することができなかったので、今後の予定が狂ってしまった。


『どうするも何も生産機を回収しないといけませんよ』


 ドラゴンがいるのにティエルはまだ回収を諦めていないの!?


「ええー! 絶対無理でしょ!」

『大丈夫です。外部からの攻撃で心肺停止したことで、自衛兵器がアンロックされました! 死にかけたかいがありましたね!』

「はぁ~……」


 お気楽にフヨフヨと浮かんでいるティエルを見て私は、大きなため息をついた。ティエルを始めとしたAIというのは現状さえ回復してしまえば無かった事になると思ってるふしがある。


 AIにとってボディの損害など些細なことだけど生身はそうは行かないのよ。しかし生まれてから何度もしたやり取りなのでツッコミ疲れた私はスルーした。


「で? 自衛兵器って?」

『これですよ!』


 ティエルはその兵器の画像を空中投影する。その兵器は、設置型のオートガンタレットだった。


 回転土台の上に砲身が四本あるガトリング砲を搭載した実弾兵器だ。圧縮空気で弾丸を打ち出すタイプだ。


 エネルギーシールドが開発されてお役御免になった旧型兵器である。しかし旧型と言ってもエネルギーシールドがない生物が相手なら十分な威力だ。


 私はそれを見て「オモチャみたいなもんだけど、ギリいける?」と難色を示した。だけどそれも仕方がないよね。私の宇宙船に搭載されていたデブリ排除用ビーム砲に比べたら頼りないのは事実だからね。


 私達は時代遅れの自衛兵器に期待して宇宙船奪還作戦の準備を開始するのだった。


「で、素材は足りるの?」

『ポットの残骸とバックに入っていた金属資源で本体を四基作れます』


 あら? 意外と資源が入ってたのね。後は弾丸と電源だね。


「じゃあ弾丸用の金属採取だね」

『ここで残念なお知らせです。この周辺は地表面に金属資源がまったくないです』


 えーっと、ということは……。


「弾丸を作るための金属を自力で掘り出すってこと?」

『いえ、弾丸を作るための鉛を掘り出すための掘削機を作るための鉄と銅を掘り出すためのツルハシやスコップを作るスチールを川の砂鉄と木炭で作ってください』


 ティエルは息継ぎなしの早口で弾丸までの道のりをまくし立てた。


 ”ための”多すぎて笑えてくるね。要するに金属の弾は無理ってことだよね?


「金属が無理ならどうするのよ」

『周りを見てください幸いにも周囲は硬度の高い花崗岩だらけです』


 私が腰掛けている岩を含めここには多数の岩が転がっている。花崗岩は白をベースに黒い粒が混じっている岩で、これがなかなか硬い石だ。ふんだんにあるこれを弾丸の材料にするんだね。


『石ペレット弾が一万二千発ほどあれば撃退または討伐することが可能でしょう』


 ペレット弾というのは球に三角錐を刺したような形の弾丸で、エアーライフルで使われる形式の弾だね。本来は金属を使うのだけど弾切れした時に現地にあるもので適当に作ったりしていたらしい。


『とりあえず、バックパックに花崗岩を入るだけ入れてください』


 私は、ティエルの指示に従いマニピュレーターを取り出しディセンブラモードにして端から岩を素材に変えていく。


 岩はガタガタと震え出し数秒後には光の粒子へ変わりバックパックに吸い込まれる。


 ガイドレーザーを当ててトリガーを引く!


 おお! やっぱりこれは、何度やっても楽しい!どんどん回収していこう。


 ガイドレーザーを当ててトリガーを引く!


 光の粒になってバックパックに吸い込まれるたびなんとも言えない快感があるね。


「なんか面白いやこれ。ずっとやってられそう」

『それは良かったです』


 石の回収をはじめて一時間後


 ガイドレーザーを当ててトリガー……。


 ガイドレーザーを当ててトリガー……。


「ああああああ! もう飽きた! まだなの!? まだ足りないの?」

『もう少しの辛抱です』


 さすがの私も新しい道具に慣れてしまった。そうなるとこれはただの作業だ。大きな岩が少なくなって後半のペースが落ちたのがよけいに面倒だった。


 それから結局、日が暮れ始めるまで作業は続いた。


『もう十分でしょう。次は弾丸に加工しましょう』


 加工? そう言えば、加工ってどうするんだろう? 大型の工作機もないし、あるのはネジやナットを作るためのメカニックスーツに内蔵されてるミニアセンブラだけだ。これは一個一個ゆっくり作るから結構時間がかかるはず……。


 私は嫌な予感をビンビン感じながらティエルに加工方法を聞く。


「えっと……加工はどうやって……」

「はい、ミニアセンブラで一発づつ作ってください』


 やっぱり嫌な予感が的中したみたい。本当に一万二千発作るの?


『一発が三秒ほどでできますので、三万六千秒……十時間四十分もあれば出来上がりますね』

「うへぇ今日は徹夜確定だね」

『未知の危険だらけなのに寝る気だったですか?』

「うっ、それもそうか……」


 私は、腕の端末で[花崗岩ペレット弾]の製造指示を出す。最大予約数が100個までなので寝るわけにも行かず思わずため息が出る。


「ぐえぇ~十時間はきついよ」

『船を取り返しさえすれば、リサイクルで資源を手に入れて機器を作って楽ができるようになりますから』


 私は未来の楽ちんのために、一分半ちょっと毎に弾丸の生産ボタンを押す地獄のような作業に入った。


「ゆっくりするほど長くなく、作業に追われるほど短くなく……絶妙な地獄だわ……」


 私は二時間ほどですでに音を上げ始めた。クラゲのようにフヨフヨと漂うだけのティエルに手伝ってほしい……。


「ねぇ……ティエリが押せるように違法改造してよ……」

『AIに決定権をもたせるのは重大な違反行為ですので無理です。犯罪者になり娯楽に制限が掛かったら、データボックスにある新刊が見られなくなりますよ』

「うえぇ……」


 底辺の懲役囚と優良市民の間にも様々なランクがあり、その中で一番軽い罰に娯楽権喪失がある。このランクになると自由は効くがすべての娯楽が禁止される。


 そして何よりも恐ろしいのが”食事”も娯楽に入ることだ。スーツの生命維持装置か完全栄養ブロックだけで過ごさなくてはいけないので、これが精神的にかなりきついのよね。


 といっても現状私は食事できる環境でないのだけど……。


「映画より食事禁止のほうがキツイよぉ。今もだけど……」

『そうですか? 私は食事をしないのでよくわかりませんね。でも生産機とデータベースを取り返せばクッカーで好きなもの食べ放題ですよ』


 クッカー! 料理系のライセンスで使えるようになる機械で、データベースから料理を3D プリントできる夢のような機械だ。これが設置できれば料理店を開けるし、オリジナル料理をデータベースに記憶させることもできる!


「クッカーもアンロックされてるの!?」

『はい、生活に使用する機器は全部あります。ここでなら業種分けして社会の破綻を防ぐ必要がないですからね』


 おおお! これは本当に楽園が作れるんじゃないの!?


 私はやる気満々になり微妙な空き時間をこの先の輝かしい生活の妄想で埋めることで無事に弾の生産をやりきった。

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