第5話 憧れの赤いヤツ!
『リトル・グリーン・ドローンというのはどうでしょうか?』
黙々と森を進んでいるとティエルが話しかけてきた。
突然にどうでしょうかと言われても意味がわからなかったので、何の話? と聞き返す。
『先程破壊した生物兵器の呼称です』
「え? どう見てもあれはゴブリンでしょ?」
私は、物語に出てきたゴブリンそのものだったので、私はそう答えた。でもティエルは気に入らなかったようです。
『何を言ってるんですか!? 記録にない星ですよ? 架空の生き物の名前のまま歴史に残ってしまう場合もあるんですから、もっとしっかり考えてください』
「わかった。じゃあ、記録はそれでやっておいてね」
その味も素っ気もない提案にティエルは少しすねたような態度で『分かりました。記録はリトル・グリーン・ドローンとしておきます』と言って黙り込んでしまった。
陽の光がかすかに差し込んで来るほどの深い森を警戒しながら進んでいく。ピンク色のメカニックスーツはとても目立つのに、ゴブリンとはそれ以降遭遇せず何事もなく森を進んで行く。
なんだか妙な感じがするけど、わらわら出てくるよりよっぽど良いので気にしないことにした。
腰より高い下草が生えている場所や、石がゴロゴロと落ちている崖際などを通り抜けていく。
そして、ついに宇宙船がなぎ倒したであろう木々を見つけた。
なぎ倒された木々はところどころ焦げておりぶつかった物体が高熱だったことを示している。スーツが周囲の木が焦げた匂いを再現し私に嗅がせてくる。
「そろそろ見えるかな~」
『ええ、そろそろ目視できます』
私は自然と木が倒れている方角へと進路を変えて進んでいく。しばらく進むと、宇宙船がこすったと思われる地面の跡を見つけた。まるで目的地に案内する道のようにまっすぐ続いている。私は歩きやすいその場所たどって行くことにした。
道の終着点は、森が開けていて明るくなっていた。自然とそうなったというより何かがなぎ倒したようで、根が持ち上がり森側へ倒木している木々が見える。
カメラが光量の変化に対応すると、そこにはボロボロに壊れ焼け焦げた宇宙船が見えた。見慣れた船の面影があるので私の船に間違いない。
船をじっくりと観察すると操縦席があった部分が完全に焼け落ちているがわかる。あそこに残っていたら……と思うとゾッとした。
『到着しましたね』
「うん……」
船の惨状を見た私は気落ちした。狭いとはいえ、あの船は癒やしの空間だった。そんな船がボロボロになっているのを見るのはとても辛い。
癒やしの空間の消滅……それと残り13年ローン……。ツールのモードアンロックで上がった気分はどんどんと下がっていく……。
『とにかく生産機を回収しましょうか』
「そうね……生産機を回収したら、船を分解してきちんとリサイクルしてあげよ……」
船に近づき生産機を探そうとすると、船の先が土の山に突っ込んで停止していることがわかった。そして、その土山の頂上になにか光るものが見えた。
『マスター、船の先端付近に何かあります。あれは何でしょうか?』
「なんだろうね? 登ってみようか」
私は船先が突っ込んでいる土山の頂上へ移動し覗き込む。するとそこには、様々な
「あれは、武具?」
歴史博物館で見たような鉄製の剣や鎧が散乱していた。中には宝飾が施された大きな剣もあった。武器や鎧の形状からそれを使用していたのが私と同じような人型の生物だということがわかる。
『どうやら、ゴブリンより高度な文明を持った生物がいるようですね』
「あのレベルの製品だと、私達の文明換算でどのぐらいの時代かな?」
ティエルはデータベースを検索しすぐに答えを出す。
『金属の精製具合や厚みなどから見て、火薬が発明される以前だと推測されます。中世後期から近世ぐらいでしょうか』
私は歴史の授業風景を思いだした。動物に引かせる荷車のイラストや、血で血を洗う闘いの歴史が思い浮かんだ。王と名乗る領主が自ら軍を率いて別の領主を叩き伏せ配下に加える。武力こそ正義の時代……。
「ええと……。武力がある者が王を名乗り国としてまとまり始める戦国時代だよね……。もしかしなくても物騒な時代じゃない!?」
『植生や武器が似ていたからと言って、私達の歴史と違い平和かもしれません』
ティエルの希望的観測に今後の不安を感じたその時だった……。
グルオアアア!
一瞬太陽の光が遮られ何事かと思い上空を見上げる。すると上空を大きな影が通り過ぎ、同時に獣のような唸り声が聞こえた。
その影が起こした暴風を受けながらも、しっかり目で追う。どうやら旋回しもう一度こちらに向かってきているようだった。こちらに近づいてくるとその大きさがはっきりと分かってくる。
宇宙船を超える大きさがある飛行物体の迫力に思考が鈍る。私はなんとなく目で追う事しかできなかった。
『呼吸と血流を確認! 今度こそ生物です!』
ティエルの言葉に我に返ったときはすでに遅かった。
その大きな影は、私の前に降り立ち、前足の一方を宇宙船に乗せた。そしてその長い首を空へと伸ばすと怒り狂ったように咆哮を上げた。
「え? ちょっとまって? これヤバくない?」
目の前に現れたのは、巨大な赤だ。手のひらほどの大きさがある硬そうな鱗や私の腕ほどもある鋭い牙、それに宇宙船を包み込めるほど大きくて鋭い鉤爪を持つトカゲのような生物だ。
しかし私が知っているトカゲとは決定的に違う部分があった。それは、大きく広げた翼だ。
細い骨と翼膜で構成された大きな翼をバタバタと羽ばたかせ、あたりに風を巻き起こしている。
その迫力のある姿に……。
私は……。
嬉しすぎて平常心を保てなくなった!
「ドッッドオドッドオオラ! ドラゴンだ! ドラゴンだよ!」
『あの体に対して小さく薄い羽でどうやってあの体格を浮かせているんでしょうか!?』
目の前にいる巨大生物はいまだに咆哮を上げている!
空気の振動を感じられるほどの轟音で、VR体験とは桁違いの衝撃だ! あまりのことに私は”この状況で疑問に思うところそこ?”とティエルに突っ込むことすら放棄している。
ドラゴンは首をもたげると大きな口を開いた。
『口内に高密度のM粒子反応があります!』
ティエルはそう叫ぶとM粒子を可視化した。内部ディスプレイに映るドラゴンの口内は塗りつぶしたように濃い紫が表示されていく。
『いえ! 高エネルギー反応に変わりました! 逃げてくださ、グエッ!』
「言われなくても逃げてる!」
ティエルが叫び出す前に嫌な予感がしたので、すぐにティエルのクラゲボディを掴んで逃げ始めていた。どう考えてもアレが来る! 振り返ることなく全力疾走だ。しかし、ご丁寧にもティエリがバックモニターを表示し恐怖の根源を映し出す。
そしてついに……。
『高熱反応! 火炎放射器と推定!』
「やっぱりドラゴンブレスだ!!」
バックモニターが赤いゆらめきで埋め尽くされると同時に私は後ろから熱風に押され転倒した。
『スーツ温度上昇中! 200! 600! 1,200! 冷却間に合いません!』
「まだ! まだ動ける!」
灼熱の炎の中で私は立ち上がり、再び走り始める。
『1,500! 2,000! 冷却装置オーバーヒート! 3,000! スーツ融解まであと180!』
「いやああ!」
私は、死から逃れるように全身にムチを打ち走る。
スーツの冷却可能温度を超えスーツ内が熱くなってくる。
体が焼ける感覚を感じてなお私は走り続ける!
もうだめかと思ったその時、私の視界に岩陰の草が飛び込んできた。草が燃えていないあの場所なら! そう思いすぐに岩陰に滑り込んだ。
『高温域を脱しました温度低下中! すぐに正常値まで戻ります!』
私は岩陰に隠れ危機が去ったことに安堵すると意識を手放した……。
◆
ドラゴンは、火炎放射の跡を一瞥すると、完全に焼き尽くしたと勘違いし土山の上で丸くなり眠り始めた。
ドラゴンの勘違いで追撃の心配はなくなったが、ミカニはピクリとも動かない……。
スーツ内にピーーーー!と警告音がなり始める。
そしてすぐに切羽詰まったティエルの声が響く。
『心肺停止!』
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