第3話 墜落してさあ大変!

『船がオートパイロットを受け付けません! 今すぐ操縦桿そうじゅうかんを握ってください!』


 耳元で大声を出したティエルに驚きながらも、すぐに操縦桿を握る。何事かと思い周囲を見回した。


『惑星の重力圏内です! メインエンジン故障! ワープドライブ全損。重力圏からの脱出不可能!』


 どんどん近づいていく惑星と、船内に鳴り響く警告の数々。


「うそでしょ! この惑星に不時着するしかないの!?」


『運がいいのか悪いのか……この惑星には大気があります。生存には都合がいいですが、進入角度が適正ではなく大気圏突入の熱に船体が耐えられません!』


 目の前のモニターにエネルギーシールド装置全損、船体下部のヒートシールドに損傷有りと表示されている。そして他にも色々な機器が損傷している。


 無理なワープの影響で大気圏突入に必要な装置がまともに使えない状態になっちゃった。どちらかが無事なら問題なく着陸できたのに……。


 でも今は、損傷したヒートシールドに賭けるしかない!


「あ! ねえ脱出ポットは!?」

『使用可能ですが、耐熱性能が低くこの速度では燃え尽きます』


 私は熱に強い船体下部を落下方向に傾けた後、頼りないサブエンジンでブーストバックを開始する。


「とりあえずシールドを下に向けてブーストバック始めたよ! 次はどうする!?」『船体がもつギリギリまで減速してから脱出ポットを使用すれば、生存可能です』


 船の大気圏突入が始まり、船体の周囲がまるで燃えているように赤くなり始める。轟音と大きな揺れのが起こり、船体のパーツや装甲が剥がれ落ちていく。


 ティエルはどんどん悪くなる船の状況を報告していく。


『デブリ排除用ビーム砲が脱落! サブエンジン火災発生、逆噴射停止! ヒートシールドまだ持ちこたえてます!』


 私は無心になり機体の姿勢を制御している。


「脱出ポットの作動タイミングの指示をお願い!」


 ティエルは、素早く計算を終えるとカウントダウンを始めた。


『ポット射出まで6秒! ……3、2、1、イマ!』


 私は、カウントダウンに合わせて、ガラスで守られた緊急脱出ボタンを殴るようにして押した。カラスが派手に音を立てて割れると脱出装置が作動し始めた。私が座っている操縦席が丸い装甲に包まれるとすぐに船から射出された。


『脱出ポット正常に稼働しました』


 私は、ティエルの声を聞きながらどんどんバラバラになっていく宇宙船を眺める……。周りを見る余裕もできたので眼下に広がる森も視界に入る。落下時間は、ほんの数十秒ほどのことだったけど、まるで数時間にも感じられた。


 ああ、13年もローンが残ってるのに……。


 ボロボロになった宇宙船は一度大きな爆発をして、少し離れた森へと墜落し土煙を上げた。


『着地のショックきます!』


 ポットは無事に熱に耐え着地するようだ。ポットの中はエアバックが作動し私は過剰梱包された荷物のようにしっかりと固定された。


『3、2、1、イマ!』


 強い衝撃がポットを襲う! どうやら転がっているようで、上がどちらかわからなくなるほど回転し、やっと停止した。


「今度こそ生き延びた……の?」


 不安そうな私のつぶやきにティエルが答えた。


『完全に停止しました。マスターの健康状態は良好です。メカニックスーツの損傷もありません』


 エアバックがしぼみポットのドアが開いた。ドアの隙間から強い日差しが入ってくる。今は昼間みたいだ、運が良かったね。


 私は重い体を起こし外へ出ることにした。ティエルも私の後を本物のクラゲのようにフラフラしながらついてくる。


 外に出て周囲を見回すと、そこは、森の中だった。上から見てわかっていたけど、この星には大気、水、植物がありとても自然豊かな星みたいだね。


「普通に木があるね。よくある光合成する緑色の葉をもつ樹木っぽい」

『そうですね。マスターの故郷と似ている植生ですね』


 私は今までいろいろな星に行き奇妙な植物を見てきました。ピンクとムラサキの縞模様の樹木や眼球のような葉をつける植物です。なので出身の惑星と似た植生に少し心が落ちつきました。


「不幸中の幸いかな……。大気の成分はどう?」


 そうティエルに尋ねながら、足で土を軽く掘り返す。土の中の様子も私の母星と似たような感じだと分かり安心した。


『酸素濃度が少し高めですが問題なさそうで――』


 ティエルが言葉を途中で止めたので、なにか異常があったのかと思い「どうしたの?」と尋ねた。


『大変です! 大気中に未知の原子を感知しました!』

「ええ!? 未知の原子!?」


 ”この世の原子はすべて発見しつくされた”


 そう言われて数万年……未知の物は、発見されてないんだよね……。


 大気成分を調べるぐらいで検出できるようなものが未発見のはずはない……と思うんだけど。


「故障したの?」


 そう言うとティエルは言葉をかぶせるように否定した。


『いえ、正常です。酸素タンクにチャージ中のナノドローンから指定されてない原子があるとエラー信号が出ています』


 そんなことあるはずがないよね……。でも多方面から何重にもチェックされてる機械の故障がわからないことは無い。どちらを疑うかといえば、未知の原子がある方が確率は高い……かな?


「悪影響はある?」

『今の所はありません……。しかし、スーツが壊れたら身体にどのような影響が出るか不明なので注意してください。それと、この謎の原子を[M粒子]と仮称します』


 私とティエルはしばらく黙り込んで考えていた。けれども今はどうすることもできないので、現状整理をすることにした。


「とにかく現状を確認しよう……ここはどこ?」

『通信電波が全くないので、ここは確実に”未知の惑星”です』


 私とティエルは問答をする形で現状を確認し始める。


「酸素供給に問題はないの?」

『ナノドローンの設定は変更済みです。問題なく酸素だけを取り込めています』


「エネルギーは?」

『太陽光発電があるので無茶をしなければ、問題ありません。充電が切れても半日動かず日向にいれば回復します』


「栄養は?」

『幸いこの星は有機物が豊富なので問題ありません。ナノドローンが周囲から自動で補給します』


 生存に必要な情報を聞き終わると私は少し安心した。


「生きていくには問題ないね……」

『はい、とりあえずは……』


 私はあたりを見回す。脱出ポットがなぎ倒した木が数本ある他は特に変わったところのない森だ。とりあえず脱出ポットになにか使える物がないか調べてみよう。


「ポットになにか入ってるかな?」


 座席の背もたれのうらにある一度も開けたことのない非常用具入れを開ける。するとスーツの腰に接続できるヒップバックタイプのバックパックが入っていた。形は筒型で大きさは背中の中央からお尻の少し上までのサイズだった。このバックは[空間圧縮スペース]と予備エネルギータンクにソーラーバッテリー機能までついていた。


「機能はいいけど、オレンジベースに黒と黄色のストライプって工事現場感がすごいダサい……」


 文句を言いながらもそれに腰を近づけるとスーツが自動的にバックパックと接続した。


 するとスーツ内に音声案内が流れた。


《通信ナシ現状ヲ遭難状態ト認定シマス。遭難用設備 ノ アンロックコード ヲ 送信中デス》


 それを受け取ったティエルはすぐにコードを使用したみたい。


『ええと、多数の機能がアンロックされました……』

「どうしたのティエル? 歯切れが悪いよ?」


 アンロック項目を見ているであろうティエルの態度に嫌な予感がする。


『どうやら、銀河連邦は未知の惑星で遭難者に植民地を作らせたいようです。その後に自力で宇宙船を製造して脱出しろという方針のようです……』

「んん!? なんだって!?」


 遭難といえば、まずナノドローンによる救難信号送信機の作成がアンロックされる。そしてポットの残骸でそれを作って待機するのが普通のはずだよね……。


『どうやらワープ航行を使用しないで届く範囲に銀河連邦の文明圏がないようです……』


 その言葉が意味することは、いくら信号を送っても助けが来ないということだった。最低でも一度ワープ航行した後に救難信号を送信しなくちゃいけない。運が悪ければもう一度……それでもダメならもう一度……。そして方向を間違えれば逆に遠くへ行くことだってありえる。


「ええ……。自力で帰ってこいってことなの……」


 私は不安に押しつぶされそうになる。


 ティエルは、そんな私の精神の異常を読み取りすぐにポジティブな話に切り替える。


『対艦軍事兵器以外の基本設備が使用可能ですよ。これなら以前よりいい生活ができますね』


 私は、腕の端末をいじりアンロックされた機能を見る。


 おお! マニュピレーターのモードに建物を建てられる[ビルダー]や素材を分解してバックパックに収納する[ディセンブラ]が追加されてる! 設備は居住地の[ハウスポッド]に数億種類レシピがある料理マシンの[クッカー]まで!


「よし……。ここに私の楽園……じゃなかった。この星を脱出し再びメカニックとして社会に貢献するために造船所を作ろう!」

『マスター……。本音がだだ漏れです……』


 斜め上だけど私のやる気が出たことにティエルは安心したみたい。なぜなら私の性格だと「助けが来るまで土に埋まって寝て過ごすから、千年ぐらいしたら起こしてね~」なんて言って寝てしまうと思うから。


「とはいえ何から始めたら良いかな……」

『まずは脱出ポットを解体して資源にしましょう』

「わかったマニピュレーターの出番だね!」


 私は右手の空間圧縮スペースからマニピュレーターを取り出す。それは、ハンドガンのような形状で色はバックと同じ警告色のオレンジだ。


「それで使い方は?」

『他の工具と同じでモード切り替えは脳波操作で、使用はトリガーを引くだけです』


 私はディセンブラ機能に切り替えると脱出ポッドに向かって照準をあわせ軽くトリガーを引く。するとマニピュレーターからガイドレーザーが照射され目標を設定する。更にトリガーを引くと脱出ポットが、ガタガタと震え出し数秒後には光の粒子へと変わった。目視はできないが、ナノドローンが対象物を分解して運んでいる。そして光の粒子はバックパックへと吸い込まれるように消えていった。


 ポットが消えたのを見て腕にある端末を操作しバックパック内の鉱物資源が増えているのを確認した。


 マニピュレーターは、正常に稼働しているようだね。


「おおお……」


 私は初めて使ったマニピュレーターの別の機能に感動している! なぜなら普通は、分業されていてメカニック職には使用許可が降りない機能だからだ!


 ますます機嫌を良くした私は、次にするべき行動をティエルに聞くのだった。

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