2nd LIFE!(蛇足:書きっぱなし)

忘れた女、忘れられない男 01

「おやすみ」

 魂を封じた魔力漬けの屍体を地脈に繋がれ、ほとんど真当な人外と成り果てて。最早、日毎体を休める必要などありはしないはずなのに。純然たる徒人として生きていた頃の感覚に引きずられ、度を越した行為にすっかり疲弊したよう感じられる体はあまりに重く、労るような声音で眠りの合図を囁かれた途端、あっけないほどあっさり意識を手放した。


「香夜子――」

 かといって。そのまますんなり眠り込んでしまえたかといえば、そんなことはなく。

 気がつけば。体を放り出されたはずの意識はかなでではない香夜子わたしの姿を纏い、いつかの廃墟でくたりと四肢を投げ出していた。


「たまにでいいから、君とこうして話したい」

 傍らには叶とよく似た美貌の少年。

 性懲りもなく、人の夢に潜り込んできたらしい鬼王谷――『先代鬼王の成れの果て』という意味では叶の同類と言えなくもない、地脈の現身――は、香夜子と出会った頃の鬼王そのままの姿で私に微笑む。

「それくらいは、いいだろう?」

 の美貌にあかせて強請り倒そうというろくでもない魂胆が、ものの見事に明け透けな笑い方。

 何気なく持ち上げた手の平へすかさず頬をすり寄せてくるのは、きっと私に媚びる叶を真似ての所業だろう。

 私が知っている限り、鬼王は香夜子に対してそういうことをしなかったし、するような性格でもなかったはずだ。


「私と話がしたいなら、呼びつけるんじゃなくそっちから出向いてくるのが筋じゃない?」

「手頃な依代がないから大人しく地脈に引きこもってるんだ。あんまり意地の悪いことを言わないでくれ」

「私が深山の蔵においてきた人形は?」

「霊格が足りない」

「なら――」

 夢に干渉されるのは、あまりいい気がしない。

 それくらいなら……と、短い髪を掴んで引き寄せた耳元へこそりと囁く。

「――を、使ってもいいわよ」

「本当か!?」

 顔を上げ、真意を探ろうとでもするよう私の顔をまじまじ覗く。

 そうして、二の句を継げないでいること数秒。そう短くもない時間をかけて、告げられた言葉が性質たちの悪い冗談でも、自分の聞き間違いでもないと理解できたのだろう。鬼王谷は――ごくり――生唾を飲むと、横たわる私から顔を背けて呟いた。


「あとで気が変わったなんて、言っても聞かないからな」


 それからは、夢から覚めたあとの話。



 ぺたぺたぺたぺた。

 正殿へと近付いてくる、裸足の足音と一人分の気配に気がついて。目が覚めたのは、御帳台の中まで薄明るくなってくる朝方のこと。

「かなで……」

 物言いたげな叶を押し退け、体を起こした。私の見つめる先で、床まで垂らされた帳がばさりとめくれる。


「おはよう!」


 まだ朝も相当早い時間だろうに。正しく元気溌剌と言ったていで帳の向こうから顔を覗かせたのは、私にとって酷く馴染みのある少女。

 後生大事にとっておいた香夜子の屍体を新たな器とした、鬼王谷。地脈の現身は、入り込んできた帳の内で「どうだ」とばかり胸を張る。

 口惜しいかな。胸のボリュームではかなでわたしの完敗だった。

「どうせとってあるだろうとは思ってたけど……千年前の屍体にしては、とんでもない保存状態ね。制服もそのままだし……」

「裸じゃ怒るだろう、君」

「そういう問題?」


 こっちにこいこい。

 指先で呼び寄せた私の前にやってくる、鬼王谷入りの香夜子は喜色満面。深く考えると、私の精神衛生上あまりよろしくなさそうな喜びを隠そうともしないでいる。

 逆に、褥の上で私にぴったりとはりついて離れようとしない叶はあからさまに不満気だ。

「叶?」

 宥めるつもりで肩を叩けば、私の首元へ顔を埋めて。ぐずるよう首を振って見せるのは、せめてもの抗議のつもりだろうか。

「適当な曹司へや鬼王社おもてと繋いで、宝物殿の連中をこっちに呼び寄せてもいいかい?」

 そんな叶に、鬼王谷は構わないでいることに決めたらしい。

「地脈と神域についてはそっちが専門。差配は任せるから、好きにして」

「そのために身体をくれたんだしな?」

「そうよ。あげたものに見合うだけの働きは期待してるから」

「任せてくれ」

 来た時と同様、帳を跳ね上げた香夜子鬼王谷が御帳台から出ていくと。押しつけられる重量にいよいよ耐えられなくなって、私は叶諸共褥へ逆戻り。

 ぎゅうぎゅう抱き込まれながら、絞り出すよう息を吐く。

「お前には必要ないものでしょう」

「お前が使えばよかったのに……」

「こっちの体は?」

「……予備」

 あんまり聞き分けのない、子供のようなことを言うものだから。ついつい笑ってしまうと、批難がましく体を抱く腕に力を込められる。

「予備には困ってない」

 指通りのいい髪をぐしゃぐしゃにして。もう一度押し退けると、叶は思っていたよりすんなり離れていった。


「ねぇ、お風呂」

 褥の上に並んで座り、わざわざ両手を差し出して強請る。そんな甘えが、単なるご機嫌取りでしかないとわからないはずもない。

 叶は複雑な内心がありありと見て取れる、なんとも冴えない表情で、したり顔の私を抱き上げた。

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