土地神様の花嫁御寮 09

だよ――」

 ぺちゃり、ぺちゃりと、生ぬるく濡れた感触が眦をなぞる。

 自分がいったい、何をされようとしているのか。寝起きの満足に回らない頭で悠長に考えているうち、それはぬるりと眼窩を侵した。

 霞がかった視界の半分が湿った闇に閉ざされて――ぐちゅり――頭の中で、酷い音が立つ。

「あ……」

 例のごとく、痛みらしい痛みは感じなかった。


「もう少しだけ、我慢して?」

 ずるずる。引きずり出された神経を、いつか私の肉さえ食んだ切歯がぶちりと噛み千切る。

 それから、

 器用な舌先で抉り出した私の目玉を、叶は丸呑みにした。


「ちゃんと代わりをあげるから」

 空っぽの眼窩がどうなっているか、確かめたくて。動かそうとした腕は、いつの間にか――あるいは、叶が私の目玉を抉ると決めたその時から――幾本もの触手によって褥へと押さえつけられてしまっている。

 私が動けないでいるうちに。叶は自分の指で無造作に抉り出した左眼を、主のいない私の眼窩へ押し込めた。

「これ、二つ目……」

「片目じゃ困るだろう?」

 既に真当な徒人ひとのものとは言い難い。叶の魔力によって生身のごとく維持されている体は、足りない部品を叶の一部で代用することに躊躇いがない。


「おそろい」

 叶の空いた眼窩には、呑み込まれたはずの青い目玉がした。


「血だらけ……」

「飲む?」

 状況に、今ひとつ感情が追いついてこない。私がさほど意識することもなく零した言葉を、どう取ったのか。伸ばした指先で無残に濡れた体の表面をなぞり、集めた血を、叶は――はくり――口へと含んで。触手による拘束が緩んでも、だらりと四肢を投げ出したまま。無気力に横たわっていた私を、無理矢理一歩手前の強引さで引き起こす。

 口移しで飲まされる鮮血は相も変わらずとろりと甘く、ついつい「もっと」と強請ってしまいそうになる。上質な魔力の味がした。


「私を酔わせて、どうするつもり?」

「お前が嫌がることはしないよ」

 魔力によって叶が操る触手から、二本の腕へ。私の意思に関係なく引き渡された体は、あれよあれよという間に叶の膝の上。伸ばした足を跨いで座らされ、墨染よりも深く黒い襦袢の裾が際どく肌蹴る。

 後ろに倒れたくなければ、叶にしがみつくしかなくて。重い体をぐったり預けると、今更のよう気遣わしげな手の平が背中を支えた。

「かなで?」

「上に乗る気分じゃない……」

 それらしい触れ方をされると、どうしても最初の痛みを思い出して気乗りしない。

 かといって。これもと、もう一度潔く割りきってしまうには、叶に対する感情があまりに変わりすぎている。

 なんとも、頭の痛い話。


「また今度にする?」

 そう言いながら、叶は襦袢の帯に手をかけて。どうせそんなことだろうと思っていたが、案の定。魔力を混ぜ込んだ影で形作られていた帯は、解かれるまでもなく自らするりと解けて落ちた。

「それじゃあ私が困る」

「そうだろうけど」

 顔の見えない叶の声は、どういうわけか笑い混じり。どうしようかとからかうような調子で囁きながら、肌蹴た襦袢の裾からなぞりあげた指先で、私の背中を撫でさする。


「――少しだけ囓っても、いい?」


 返事をするのも億劫で、顎を乗せた肩の上。こくりと頷き返した私を、またもや叶の触手が持ち上げる。

 体中、いたるところに走る傷痕の一つがちょうど叶の口元へ。「どうぞ」とばかり恭しく差し出されてしまう体は、まるで捧げ物のようだった。


 ねっとり唾液をぬりたくり、肉を食んではまた舐める。

 その繰り返し。

 一つ、二つ、三つと比較的大きな――それだけ目につきやすい――傷痕を消し終わる頃。私の体は影の触手にぶら下げられる、不安定な体勢からは解放されていて。引き起こされる前と同じよう、四肢を投げ出し褥に横たわっていた。

「叶……」

「『もっと』?」

 ぴちゃり、ぴちゃりと、肉の抉れた腿を熱心に舐め上げていた舌が、笑い混じりに下へと逸れる。

 叶のなすがまま。膝裏を掴み上げられて、普段とは逆転した上下の結果。そこにあるのは、とろとろと涎を垂らすだらしのない蜜壺で――

「ひぁっ」

 血と唾液にまみれた唇は、まだ顔を出してもいない雛尖を情け容赦のない強さで吸い上げた。


「いい声」

 なんとなく、体の反応で遊ばれているような気がして。顔をしかめながら振り上げた片足は、ぱしりと容易く掴んで下ろされる。

 ついでとばかり押し開かれ、隠しようもなくつまびらかにされる秘所。迫り上がってくる羞恥から褥をずり上がって逃れようとした体は、乱暴一歩手前のやりようで引き戻された。

「もっと聞かせて?」

「んっ…………んんっ……」

 折りたたまれた指の背が、ぬるぬると秘裂をなぞる。

 そうして与えられるあるかないかの快楽へすっかり身を任せてしまうには、あと少しだけ残った理性が邪魔だった。

「叶――」

 足元で身を屈める気配がして、またあらぬところへ口付けられる寸前。そっぽを向いて、垂らされた帳を見るともなしに見つめたまま。

 たった一声呼ぶだけで、叶は齟齬なく私の望みを汲み取った。


「私とキスするの、好き?」

 好きとも嫌いとも答えずにいても、結果は変わらない。

 奉仕としか表現しようのない慎重さで、叶は私に口付けた。


「――そんなこと、いちいち訊かないで」

 くどいくらいの甘さが、嫌いといえば嘘になる。

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